【孤児院の夕餉】

 ニシューネン市の中央区、ツドーヴァ広場を背に建つネア大聖堂。
 その前にあるイストモスの風香る二つが片方、【星の園】。孤児院である。
 身寄りのない子らを星教会が育てる。そんな背景から湿っぽい先入観を持たれがちではあるが ──

「ホラホラ、アンタら早く並ばんと飯なくなるやろがー。一日の労働の報酬がパーやぞ」
夕飯時、少し高い天井に岩蜥蜴人シスターの声が響く。
孤児院内の聖堂は飯の時間になると食堂になる。 たまにその慣例を知らずにやってきた業者などがそれを目にして驚くことも。
テーブルはすでに並んでいる。思い思いに椅子は並べ直される。皆家族で一つはみ出すなどない。
洗っても落ちない黄ばみが年季を感じさせるテーブルクロスが広げられると、料理を受け取った子から順に座っていく。
「ハイヨ、お疲れさん。今日も勉強がしたか? 忘れんなや、この先生きるのに重要なことやが」
「荷獣品屋で大きな獣とか竜とかゴシゴシ洗ったよ! 洗うと喜ぶ場所があるんだ!あとうんこおっきい!」
「こら、飯の時間がアホ! 筋肉痛になんようが揉んどけよ」
「俺家具屋で修理の手伝いしてきたぜ。 金鎚の使い方が上手いって褒められたぞ!」
「オウ、もっと上手くなったがもっと褒められんぞ? 振る先を間違えなが必ずお前の力になるかんな」
「私とウメは、フタバ亭に行ったんだけど…あんなシィちゃん見たの初めてだった。 何か格好良かったの」
「うん!色んなこと知ってててきぱき動いて給仕服も似合ってて頼れるお姉さんみたいだったよ」
「ホ~ゥ。フタバ亭もラニちゃんが抜けて忙しいんやがなぁ。 あそこで長いシィの奴もそろそろ一人前がなったっちゅーことか」

 ラニがドニーに二号店のアドバイザーとして出て行ってから多忙を極めるフタバ亭。
 その後、シィの提案でフタバ亭に給仕の追加を出すことになった孤児院。
 社会勉強も兼ねてということで半人前が二人出して一人分の給金払いという話に落ち着いたのである。

「パスタ♪パスタ♪」
海賊帽の両脇ににゅっと出てくる皿二つ。
「アーニーてーめー…腕三本あったが皿一つしか盛らんゆーたやろが! でもまぁ腕の分だけよーさん働いたみたいやが、ちょい盛ったるわ」
「てへぺろ!野菜パスタ大好き!」
装具屋【クルスの鍵】が抱える工房から突き出す煙突三本の大掃除で、他の子らより上に登っては降りての大奮闘で真っ黒になったアニー。
店の方からも「助かった」と給金に色を付けてもらったのである。
大盛りの皿を戦利品の様に持ち上げたまま、子供の間に入って座る。手に持つフォークは三本。

 大ゲート祭の度にふらっと孤児院にやってくるアニー。
 肉ミミズ料理が余程気に入ったのか、孤児院を手伝いつつ料理を堪能してはふらっといなくなる。
 今年は更に珍客を連れての来訪になっていた。

「確かにこれは美味しそうだわぁ。あの食材が調理で見事に化けたわぁ」
最後、端に座った着物の狐人に子供らの視線が一気に集まる。
女子はそのあまりの美しさに見惚れ、男子はそのたわわんと揺れる胸に見惚れた。
「普通で考えればあれは【大きすぎる】部類に入るでしょう。 しかしあの人はそれを全くマイナスに感じさせないのです」
「デイラン!それは一体どういう意味なんだ?」
「あの人に満ち溢れ放たれる【優しさ】が器そのものを大きく感じさせているのです。
現にあの人が孤児院にやってきてから幾度となくパイタッチの襲来に合っていますが一度たりとも怒ってはいません。むしろ微笑んで返すのです!
この器の大きさが乳の大きさを包み込んでいるのですよ!」
「流石乳ソムリエ!見るところが違うぜ!」
「ところでデイラン…お前もやったのか?」
「…すごく、柔らかかったです…」

 アニーとお供にやってきた珍客は流れるような下がり目尻と風に揺れる青黒の長髪。潤う唇は言葉を発する度に艶やかに震える。
 長身にも見劣りしないどころか存在感を発する豊満な双丘は着物からはみ出んばかり。
 そんな狐人が「院への寄付」を申し出、その代わりに院の見学と生活体験をさせて欲しいと願い出た。

「やれやれ…あんな額を目の前に見せられてほいほい受け入れるなんて、あたしもまだまだかねぇ」
「いいんじゃないですか?こんな風に騒がしくなるのは滅多にないことですし」
長い眉毛をさらに垂らし、孤児院の責任者である老婆狗人シスターが鋼鉄の右腕に油を注す。
その後ろからデザートの果物の大皿を持って来た、耳が千切れ眼帯のケンタウロス神父が優しい眼差しで賑やかな晩餐を眺めた。


  • アンーがmy love元気で場が明るくなりそう。金羅様は美味しそうな料理あるところならどこにでも現れるのか -- (名無しさん) 2014-07-28 22:16:49
  • シィの奮闘と孤児たちの逞しさが見えた。料理の本質に安いも高いもないんだな -- (名無しさん) 2014-07-31 23:41:15
  • 働いて学んで遊んで食べて…シィの成長を納得させる明るく前向きな雰囲気がいいね。珍しい来客も彩を添えた -- (名無しさん) 2014-11-20 23:56:28
  • 一つの町として完成しているニシューネンは話の舞台としては最高ですね。活気あふれる孤児院の子らの生活や訪れる人々との触れ合いも思わず笑みがこぼれます -- (名無しさん) 2018-02-02 23:32:21
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最終更新:2014年07月27日 19:58