【図書館事情 クルスベルグ】

 クルスベルグの歴史における大きな転換期として、帝政打倒と民主革命があげられることは論を俟たない。
革命期には国が荒れ、騒乱によって多くのものが失われた。
書物もまたその一つである。

 このことに心を痛めたドワーフがいた。
名はヴェルク。
彫金加工師であったヴェルクは、無類の本好きでもあった。
彼は国の惨状を目にし、一つの決意をする。
破壊不能な知識の要塞、金剛不壊大百科事典の編纂である。

 金剛不壊大百科事典は、ありとあらゆる書物の写本を作ることを目的とする。
それもただの写本ではなく、破壊不能な書とするのである。

 一メートル四方もある頁は鉄板で作られ、表面にはめっきによるコーティングが施される。
刻み込まれた文字の溝には金が埋められて凹凸を消し、さらに透明な硬化樹脂が塗りこめられる。

 こうした頁は非常に重くなるため、特別な機械仕掛けが用意される。
鋼鉄のフレームにはめ込まれた頁が、ハンドルを回転させることでゆっくりと持ち上がり、めくれていく。
複雑な構造を持つめくり機であるが、コンポーネント化されているため故障しても交換は容易である。

 さらに、こうした本と補助の機械仕掛けを移動させるための台車が付属している。
巨大な重量を乗せた台車はレールに沿って移動する仕組みになっている。
レールの伸びる先は保管庫である。
非常にかさばる本を無数に収納するトンネルは廃坑を利用したものだ。

 ヴェルクは生涯をかけて編纂に没頭したが、完成できたのはわずか十八冊であった。
多大な手間暇と費用を必要とするこの事業の理解者は少なく、ヴェルクの子孫たちは長年資金不足にあえぎ続けた。
だがある時、スポンサーの登場によって事態は急変する。
″焚書の″ヨハンである。

 ヨハンは銀行業を営み財産を築いたノームである。
彼は同時に歴史家でもあり、その著作『劈開』において、過去の帝国に対する礼賛を表明し物議をかもした。
議会の決定によって『劈開』が焚書の憂き目にあい困り果てたヨハンは、自身の著作を永遠に保存する場所として大百科に目を付けたのである。

 かくして、大百科は禁書保管事業としての側面を得た。
禁書指定された書物は、ほかのすべての写本の破棄を条件に議会により免責され、大百科へ納められる。
制御不能な頒布の防止を目的とするこのやり方は、現在のところうまく機能しているようである。

 大百科の所在地はヴェルクスブルグ。
主産業は(もちろん羊皮紙と印刷による)出版である。


 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
 千文字。

  • 中身よりも外見に心血を注いだ本… -- (名無しさん) 2014-08-28 02:08:32
  • 破壊不能な知識の要塞って例えがしびれるな。内容じゃなくて装丁の話とか思ってもみなかったわ -- (名無しさん) 2014-08-29 22:36:25
  • 大怪盗もてこずりそうなギミックが動く様子が目に浮かぶわくわくする -- (名無しさん) 2014-09-11 23:29:24
  • 燃えない破れないけど防具としては一級品!本じゃねぇ! -- (名無しさん) 2015-05-08 23:44:55
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最終更新:2014年08月27日 22:38