昏い水底に立ち並ぶ苔むした石柱の森。
削り取られて露出した岩肌に宿る躍字が、見る者の心に意味を投げかける。
蛇神
ルガナンの古い祭殿である。
ミズハミシマに生きる水棲の民の中でも特に深水域に住まう者たちは、古来よりルガナン崇拝を中心とする独自の文化をはぐくんできた。
盲目の鰻人や白子の蟹人たちは生存すら多大な労苦を要する深海で、知識を集積し次世代に継承する技術を必要としていた。
彼らはルガナンのもたらした古式の躍字を岩に写し、暗い世界に知の光をともして守り続けた。
深海人の伝えるところによれば、ほかならぬルガナン自体が深海から現れた神であるとさえいう。
だが古い信仰はやがて衰退する。
妻を得て力を増した龍神の神威が深海に及び始めたためであるとも、資源の枯渇により深海棲民の社会自体が維持不能になったためともいわれる。
言の蛇信仰は徐々に姿を変え、半陸棲の蛇人たちや、果ては大延国にまで伝わっていき、現在に見られるような蛇言宮へと組織化されて行ったとされる。
こうした経緯はミズハミシマ中期の歴史家ハブによる『三海鏡』に詳しい。
古式蛇言信仰の遺跡としてはトヨノアミシマ沖合のクシナダ遺跡が有名であるが、見学には水中での呼吸手段が必要となる。
ミズハミシマの地上や浅海においては、古くから陸棲鱗人や竜人たちが書物の担い手となってきた。
これは水中における筆記具の使用や書籍の保存に難があるためである。
彼らはこの強みを生かし、公文書や歴史に携わる司族として一定の地位を確保する一方、特に文学の面でも活躍をみせる。
ある程度の身分を保証されているとは言え、ミズハミシマにおいて支配的なのはあくまで水棲の民であり、地上は傍流に過ぎなかった。
こうしたコンプレックスは哲学や軍学、統治論などへと昇華されて数々の名著を生み出した。
こうした文書は竜人の士族スサノミが収集した『荒海文庫』に数多く収められている。
当時の主要な著者はほとんどが無禄であり、安い海藻紙を用いていたため、保存状態は芳しくない。
最近の事情として、地上に近代的な図書館を建造する動きがある。
日本とミズハミシマの文化交流事業としてオトヒメと文科省双方の肝煎りで進められていた。
だが保守的な一部の祀族が国風を損ねるとして反発していること、地球の書物は水棲民の利用に向かないこと、建設予定地の買収が進んでいないことなど課題が多く、順調に進展しているとは言いかねる状態である。
但し書き
文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
千文字。
- 古代ルガナン信仰を伝える深海遺跡!ロマンだ!そして思わずディープワンとかルルイエとか言いたくなってしまった -- (名無しさん) 2014-09-04 22:52:58
- 「妻を得て力を増した龍神」にちょっと笑った -- (名無しさん) 2014-09-04 23:02:08
- 『三海鏡』に詳しい。 ここ上手い -- (名無しさん) 2014-09-05 02:17:17
- 古代ミズハミシマに思い至るロマン。書と知識が種族の立ち位置を作ったのも面白い -- (名無しさん) 2014-09-05 22:43:54
- 雰囲気ある名前付けが素晴らしい。保存修復が目下の課題だろうか図書館 -- (名無しさん) 2014-09-17 03:20:24
- ミズハミシマで生まれた歴史とミズハミシマに集まった歴史と広大な海と密接につながる地であるためか秘蔵や深い謎の書も多そうだ -- (名無しさん) 2014-12-08 19:05:39
-
最終更新:2014年09月04日 22:43