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【執事の物語】


 暗くなっております。
足元にお気を付けください。

 私でございますか。
四十年ほどになります。

 いいえ。
実のところ、かなり大人しくなられました。
ドレスをお召いただけるようになりましたし、身投げもなさらなくなりました。
御身が傷つくのを見ていられず、お止めくださるよう申し上げたのでございます。
車を引いて領地を走り回られる時も、大声はお上げにならなくなりました。
領民どもがうるさがると思召されてのことでございます。
そのようなお方ですから、皆も伯爵様をお慕い申し上げております。

 おかしゅうございますか。
狂っているのに愛されるとは。

 伯爵様は、狂ってなどおられないのですよ。

 伯爵様は吸血鬼ですから、血を飲まれます。
ただ同時に、ほかのものも飲んでしまわれるのです。
それは記憶です。
伯爵様は食事のたびに、他者の人生の記憶を取り入れられるのです。
現実よりはるかに色鮮やかで強烈な思い出が、伯爵様の心に根を張るのです。

 そして自分の記憶と異なり、決して忘れられないのです。

 恐るべき呪いです。
欠かすことのできない吸血という行為が、心を侵食していくのです。
他人の人生に押しやられ、自分というものがどんどん小さくなっていくのですから。

 伯爵様が奇行を繰り返されるのは、自分を保つためなのです。

 飲んだ記憶の中に決して現れない、誰もやらない行為を自らの意思で行う。
それこそ、他者の圧力の中で自分を保つ唯一の方法にほかなりません。
これが正気でなくて何ですか。
おいたわしや、わが君。

 はい。
直にお聞かせいただく光栄に浴したことがございました。
この通り私は少々風通しのよい体でございますから、血を差し上げることかなわず、忸怩たる思いを抱いておりましたもので。
お恥ずかしい話です。

 ですから、これはぜひとも申し上げねばなりません。
伯爵様はあの伝記の作者ではありえません。

 あれには敬意が欠けております。
他人の人生を切り貼りして、自分の技巧を誇る道具に貶めています。
名を明かして責任を取ることさえしていません。
伯爵様は他人を尊重なさいます。
御身をあんなにも抑圧しているものをです。
正反対なのです。

 失礼いたしました。
ただ、どうしても申し上げておきたかったのですから。

 いいえ。
存じません。
こちらに参りました時にはすでにありましたもので。
伯爵様の深いお考えあってのことに相違ございません。

 さあ、こちらの部屋でございます。
どうぞごゆっくり、心行くまでお読みください。



 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
 千文字。

  • 奇行の理由を執事然とした口調で語る壮絶な呪いの説得力よ -- (名無しさん) 2014-09-27 00:28:19
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最終更新:2014年09月07日 00:24