【水越入道】


※SS内に登場する妖怪とは、『生物としてミズハミシマに存在する河童や天狗のような妖怪種』ではなく『自然現象の延長線上において、姿形を形成するに至った高位の精霊たち』のことです。
季節を左右するほどの力をもった高位精霊たちの姿は、ミズハミシマの人々から良く知られており、天気や明日の運勢を占う指標の一つとなっています。
これらの高位存在は大妖怪と呼ばれ、彼らと対話を行う祀族を陰陽師とよんだりするかも知れません。

水越入道

 雨が降れば空を見上げる。
 早く止まないか、と。
 あるいは、このまま雨が続けばいい、と。
 地上の生き物は雨を追い越すことはできず
 ただただ通りすぎることを待つ。


 
 夕刻に、水越入道を目撃する機会が増える。

 日も傾き始めた頃
 平屋並ぶ町を歩いているとき、海側の人影に気付いた。
 大きな人影だ。
 水越入道と呼ばれる、異世界の精霊様だ。
 影は、橙の陽に当てられて輪郭がぼやけている。
 海に映り込む、夕陽のようでもある。

 水越入道は雨の前兆だ。 
 案の定、雨が降ってきた。
 住人の気配がない廃屋の屋根を借り、雨宿りとする。
 雨の中、廃屋の庭をムジナが駆けていった。
 目が、あった。
 お前も廃屋で雨宿りするつもりだったのか。
「悪いな。今回は譲ってくれ」
 手持ち無沙汰な雨宿りは、年甲斐もない一人喋りとなってこぼれた。

 中々、雨がやまない。
 早く止まないか、と身勝手な思考に耽る。
 廃屋の屋根から顔を出し、空を見上げる。
 と
 大きな人影が、目の前に立っていた。
 見覚えのある人影だ。
 そうだ。
 いつもならば海側に見える、水越入道の姿だ。
 地上に立つ水越入道を見るのは初めてなので、大きさに威圧される。
 これだけ近いと、見上げるのも大変だ。
 私が見上げる分だけ、水越入道はどんどん大きくなっていく。
 目のない人影から、“目が離せない”
 地球の伝承を思い出す。
 このまま見上げ続けた人間はたしか―――

 羽音。
 羽音でふと、我に返る。
 空をとぶ青鷺火がことさらに大きなカゲを落として、水越入道の影は消えていた。
 気付けば、雨も止んでいる。
 地上で水越入道をみることもあるらしい。
 貴重な体験をした。
 気付けば、先ほどのムジナが、またも目の前の庭にあった。
 ずぶ濡れのムジナは一層恨めしそうに私を睨みつけて、そそくさと草むらの中に消えていった。


見越し入道の正体は、ムジナだと言われることがあります。
あるいは異世界でも、ムジナは水越入道の真似をして、人を化かすことがあるのかも知れません。

  • 大きい大きい何かというのは気づいて欲しくて大きくなった何かなのかもとふと思った -- (名無しさん) 2014-09-15 01:49:38
  • 物静かで自然をそっと見つめるような雰囲気が好きなシリーズ。締め方に情緒がある -- (名無しさん) 2014-09-17 03:16:20
  • 風情ある夏の日だった。やわらかい -- (名無しさん) 2014-09-20 01:18:11
  • しみじみする。時代劇にあるような情緒 -- (名無しさん) 2014-09-30 22:59:42
  • 入道雲?と思ったら目の前にどーんと現れた。カゲに怯えて消えたのならばやはり大きな影はムジナであった? -- (名無しさん) 2014-12-02 21:50:54
  • 精霊なのか動物のようで動物でないものなのかとかあれこれと想像できるのが面白い -- (名無しさん) 2016-04-03 13:46:47
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最終更新:2014年09月15日 00:22