- 注意、これは「エルフを拾った日」シリーズの続きです
夢を見た
高校生の頃のことを
僕は文化祭の準備をしていた
教室の入り口に飾る看板に色を塗るのに時間がかかっててしまって
出来上がるころには日も傾いて
一緒に作業していたクラスメイトと
「やっと終わったね」
なんて言っていて、見回りの先生に
「そろそろ帰りなさい」
って言われて
慌てて帰り支度をして
階段を駆け下りて
一緒に作業をしていた子も帰り道がおなじで
暗くなった校内
玄関へ続く廊下
抱えた荷物がガチャガチャと鳴って
あの子が振り返る
そう、それで
その時その子が何かを言った、ような
顔に当たる冷たい空気を感じる
まどろみの中から意識が浮上する
けれども眠りは深くて、瞼は重い
頭は回り始めても体は動かず、いつまでもこの暖かい布団の中にいたいと思う
さらに温もりを求めてまるまろうとする体に別の何かが触れる
それを感じると同時に香ってくる花のような香り
香水などとは違うやさしいその香りはここ数日毎朝感じるもので
しかし毎回どこか違うような気もする香り
やっとの思いで瞼を上げれば、目の前にはもうだいぶ慣れてきたいつもの光景
小さくて、暖かくて、白い
雨の降る寒い日に道端にうずくまっているところを見つけ、拾ってきた少女
異世界から来て行き場がないというワケありのエルフ、ニィア
正しい名前とは違うけれど、そっちのほうは僕にはどうやっても発音できそうになかった
なので正しい名前の中からなんとか聞き取れた一部をあだ名として呼ばせてもらっている
僕が昔使っていたジャージを寝間着代わりに来ている彼女はまだ僕の布団の中で眠っている
エルフは寒いと死んでしまうらしい
最初はただ心細くて一緒にいてほしいから言っているのだと思っていたその話も、
こうして毎日一緒に寝るように言ってくるとなると信憑性がでてきた様に思う
実際のところどうなのかは異世界に疎い僕には分らないけれど、彼女にはなるべく暖かい格好をさせるように心がけている
もしも本当だったらと思うと怖すぎる
だから朝起きて朝食を作る時もなるべく布団の中に冷たい空気が入らないように気をつけなくてはいけない
ゆっくりと布団からはい出すと朝の冷たい空気が肌につきささる
この家は古い木造ということもあり本当に冷える
やや急ぎながら服を着替え台所へと向かう
畳張りの部屋を出て廊下に一歩踏み出すと、冷えた床の冷たさについつい足早になってしまう
こりゃあスリッパも買いに行かないとな、と考えながらも思い浮かぶのは子供の頃の記憶
昔も朝の廊下の冷たさは苦手だった
冷たい廊下を裸足で歩いては足を赤くしていたなぁと思い出して、
今も変わっていないなと苦笑いが浮かぶ
両親が死んで、家を出て一人暮らしをして、
しかし未だに対して成長できていない
何も変われていない
変わらなければ、と思っていたわけではないし変わるために家を出たわけでもないけれど
それでも色々あったわりに成長できていないのもいかがなものか
「いつまでも子供のままか」
ふと声に出る言葉
それでもいいのではないか、と思わなくもないけれど
変わることがいいことばかりとは限らないけれど
家を出ても、一人暮らしをしても、バイトでそれなりの人とかかわっても変われなかったけれど
いま僕の部屋で眠っているだろう彼女と出会って、
両親のいない家に帰ってきて、
そして、彼女と暮らして
「何か、変われるかもしれない」
何となく、そう思った
今日も簡単な朝食を作り二人で食べる
僕の料理の腕は決して良くはないけれどニィアはいつもおいしいと言って食べてくれる
あまり顔には出さないようにとは思っているけれど、きっと僕の顔は緩んでしまっていることだろう
ほめられ慣れていないというのもあるけれど、一人暮らしを体験すると誰かと食事するのは楽しいことなのだと感じるようになったというのが大きいだろう
だからというわけでもないけれど僕はいつも食事の後には、食事の空気を名残惜しむようにコーヒーを淹れるようになった
コーヒーは別に嫌いではなかったけれど、毎回のように食事の後に飲むほど好きでもなかった
ただ何となく二人でいるのなら飲み物の一つもほしいと思って淹れ始めて、定着してしまったことだ
さて、いつもならそのあとはこちらの世界の植物に興味があるというニィアのために寒い中軽く散歩にでも行くところだけれど
今日は実に意外なことに来客があった
姉さんは今もたまに来るけれど今日は来るという連絡はなかった
正直、つい先日まで空家同然であったこの家に身内以外が来るとは思えないけれどいったい誰なのだろう
そう思いつつもニィアに一声かけて玄関まで向かう
「はーい」
いいつつ戸をあけてみるとそこにいたのはやはり姉さんではなく
茶色い髪を肩のあたりで揃えた、少し小柄な、けれどおそらくは僕と同年代くらいであろう女性だった
「あのー」
少し呆けたような顔をした女性に声をかける
するとその女性は少しあわてた様子で
「えっと!久し振り!や、やっぱり帰ってたんだね!」
と言ってきた
「えーと・・・」
「あっ・・・ええと、おんなじ高校通ってた桐谷風香だけど・・・覚えてないかな・・・」
「桐谷・・・同じクラスだった?」
桐谷風香、元クラスメイトで同じ村の数少ない同世代の人間の一人
一応、幼馴染ということになるのだけど、お互いにあまり社交的ではなかったため、そこまで親しいというわけでもなかった
とはいえ学校でも会えば挨拶位はしていたし
部活も同じ美術部だったので、仲が悪いわけでもない
けれど、と思う
「うっうん!その桐谷!
この前、そこの道を通りがかった時に人が見えたから、もしかしたら帰って来たのかなって、気になっちゃって」
つっかえつっかえ話す彼女の話し方は、確かに僕の知る桐谷さんと同じだけれど
しかし彼女は果たして僕が村に帰って来たかもしれないからと言ってわざわざ家まで尋ねに来るような人だっただろうか?
僕の記憶にある彼女ならば道で出会ったなら声をかけてくれることはあっただろうけど
家まで確認にやってくるようなことはなかったような気がする
僕の桐谷さんに対する印象には、オドオドしてるというか、おとなしいというか、そういうものがあったから
髪も昔は染めたりはしていなかったけれど今は軽くではあるけれど染めているし
こうして目の前で名前を聞かなかったら僕は彼女が桐谷さんであるとは気付けなかったかもしれない
「あのっ、これっ、うちの畑でとれたやつなんだけど、」
そう言って彼女が差し出すビニール袋には大きな白菜が丸々一個
「えーと、手ぶらもなんだからっておばあちゃんが・・・」
「ありがとう、えっと、よければ上がっていく?」
結構立派な白菜を受け取りながら
このまま玄関で話すのもなんだから、と聞いてみれば
「あっえっ?えっと、そのぅ」
と急に慌てだす桐谷さん
なんか変なこと言ったかなと考えてた
ああ、もしかしていまこの家に僕一人だと思っているのかな
「奥にもう一人いるし、紹介するよ」
そう言えば桐谷さんも落ち着くかと思ったんだ
思ったんだけど
「えっ」
そう、言葉にもならない声を口からもらした彼女は
固まっていた
「どっどうかした?」
思わず焦りのにじんだ声になりつつも尋ねる
「あの・・・紹介したい人って・・・もしかして、その、
恋人・・・とか?」
その言葉に、ちょっと納得した
僕も久しぶりに会った知人に恋人を紹介されたら戸惑ってしまうだろうから
というかどんな反応をしていいかわからない
「恋人ではないよ」
まぁ上がりなよ、そう言って促す
ニィアも僕とばかり接しているのも飽きるだろうし
しばらくこの村にいることになるのだろうから、この村で知人を作るのは悪くないだろう
居間へと案内すると、そこではニィアがコーヒーを飲みながらくつろいでいた
部屋に入ってきた僕の方に視線を向けた彼女はすぐに僕の後ろについてきていた桐谷さんに気付いたようだった
「ニィア、紹介するよ
幼馴染の桐谷さん」
そう言って桐谷さんの方を見てみれば
「・・・」
また固まっていた
「桐谷さん?」
「えっあっそのっ」
慌てる様子を見て思わず苦笑いが浮かぶ
結構変っちゃったかと思ったけど、彼女のこういうところはあんまり昔と変わってないかもしれない
「まぁちょっと二人で話しててよ、僕はお湯を沸かしてくるから」
そう言って部屋を出る
まだ慌てている桐谷さんに何のフォローもしないのはちょっと意地悪かもしれないけど
でもニィアも自分の横でベラベラと異世界出身だのなんだのと紹介されるより自分で話したほうがいいだろう
と、心の中で言い訳をしながら
僕は桐谷さんの分のお茶を用意するために寒い台所へと向かうのだった
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最終更新:2014年12月18日 20:16