ここは十津那学園山之上校の旧校舎第四PC室である。要は情報処理部の部室である。
ベニコマチの手によってジャーッと滑車の音が響き、全てのカーテンが開けられる。
西日が眩しい。外はすっかり夕暮れだ。
「アリスケも名探偵も不健全だなー。男が二人で暗がりでコソコソやってー
そんなだから漫画研究会にBL本を描かれるんじゃない。アレ読んだ?結構凄いよー
あ、コーヒー淹れてあげるね。お茶菓子は買ってきてるからー」
複数の手を器用に取り回しながらベニコマチは部屋の隅にあるコーヒーメーカーを動かす。
このあたりは蟲人の面目躍如といったところだろうか。
「勝手知ったる何とやら、か。
さてと名探偵。お前が持ち込んだコレだけど、結局パスワードは未だ不明。
どういうワケか知らないけれど、バラせばバラすだけ意味不明なクイズが出てくる。
クイズの傾向も答えもまるでバラバラだ。なあ、一体これは何なんだ」
部屋の主、アリスケは困惑した表情で来客の方を見る。
客、先ほどから名探偵と呼ばれている学生はスマホから目を離して顔を上げた。
彼は私立十津那学園高等部2年の鳩村耳音(はとむらじをん)である。
「クイズは全部で5問。パスワードに設定されたのは、最初の文字のOと残り5つの枠。
つまり、クイズの答えを埋めろって話なんでしょうね。
でも、先ほどからの回答では、まったく埋まる気配もありません。
1問目の答えが『スタテン島』
2問目が『ニューヨーク市地下鉄』
3問目が今の『ティルトウェイト』
4問目が『バットマン』
5問目が『キングコング』
一見するとアメリカかぶれのナードが捻り出した設問の羅列にしか見えませんが。
3問目の答えと理屈でようやく本当の答えがわかりました」
「回りくどいな。結局のところ、答えは何なんだよ」
「スタテン島はリッチモンド州です。だからR。
ニューヨーク市地下鉄の別名はAトレインです。A。
ティルトウェイトは核爆発の意味もあるんですよね。ならニュークリア。N。
バットマンはゴッサム市のヒーローです。G。
で、キングコングと言えば」
「エンパイアステートビル、Eか」
「だから、O、R、A、N、G、E。オレンジです。
タネを明かせば簡単なものですが、オレンジで種5つも使わせるとか面倒この上ないですね」
鳩村はつまらなそうにそう言った。
アリスケは長めに嘆息し、再びディスプレイの方を向いた。
「パスワードはORANGE・・・通った。
本気でロックするつもりは無いらしい。
中身の方もよくわからないな。プログラム構文は見知ったものだが。
コードDLCCから始まるプログラムは最近も学園内クラック騒動で使われたもので、異世界がらみだ。
プログラムを走らせれば恐らく特殊な文様が出力されるはずだけど、何を使って何をしたいのかまではわからない。
そうだな・・・こういう感じだ」
部屋の主、アリスケがプログラムを起動させると、複数のPCが唸りを上げ始めた。
しばらくすると部屋の正面にある大画面プロジェクタに魔法陣のような文様が浮かび上がった。
「これは・・・まるで
ゲートだ」
鳩村が絶句する。
「ふーん。『神々の代行にてこの門を穿つ。鍵たる娘をこれへ』ねー
これで本当にゲート開くのかな。お手軽でいいよねー
コーヒーここに置くね」
ベニコマチが文様の中の文字をスラスラと読む。
おそらく古式の字なのであろう。学園内の翻訳システムが追いついていない。
「仮にこれが本当に機能するとしたら、出回れば大事になる。
名探偵、お前こんなものをどこで・・・」
アリスケは慌てて鳩村の方を見る。
しかし鳩村は至って冷静であった。
スマホを取り出して文様の写真を撮り、どこかにメールを送っている。
「そこそこ先手は打てました。これで先んじれます。
まだポイントは『敵』の方が多いみたいですけど。
アリスケ先輩、ありがとうございました。
3つの事件が同時進行というのもなかなかキツいですね。
とりあえず2つ片付いて、これが最後だったものですからどうにも落ち着かなくて。
ではコーヒーいただきます。最近は新聞部でゆっくり出来なくて」
鳩村はそう言うと、ほぼ無音でコーヒーをすすり始める。
「モリヤの愛情が濃すぎるからかなー
あの娘そういう空気は読まないもんね」
ベニコマチも茶菓子のエクレアを頬張りつつコーヒーを飲む。
「お前ら、余裕ありすぎだな。このプログラムは下手すれば・・・
いや、まあいい。名探偵のお前が先手を打ったって言っているんだから。
一応教師にも伝えておけよ。かなりの大事なんだからな」
アリスケはそう言うと、深いため息をついてからエクレアに手を伸ばした。
「で、事件が3つってのは」
鳩村はコーヒーカップをコトリとデスクの上に置く。
「ん、まあ大した話ではないです。
一つは先日アリスケ先輩にオークションの過去ログをとってもらった、不正事件。
一つは身内のゴタゴタ。最後の一つがこの案件です」
「さすがは学園の名探偵ねー
そうだ。事件が2つも解決してるんならさ、私の知ってる事件も解決してよ」
ベニコマチはチキチキと音を鳴らして楽しそうにそう言った。
「・・・あまり気は進みませんけど、ベニコマチさんの頼みなら無碍にも出来ません。
とりあえずどんな話ですか」
ベニコマチは、んーとしばらく考え込んでから話し始めた。
「友達の地球人の女の子なんだけどねー
最近好きな人が出来たみたいで『白馬の王子様とお付き合いしてる』って喜んでたんだ。
ケンタウロスのカレシだったんだけどね。白馬の王子様って何かしらね。
デートした話もたくさん聞いてたし、遠目だけど一緒にいるところも見てたんだけど、
最近になって急に『もう会えない』ってメールが来て、それっきりなんだって。
それで彼女も諦めきれなくて学園の名簿を調べてみたら、その白馬の王子様の名前が無かったみたいで、
もうそれっきり会えないでいるみたいなのー
彼女のためにも『白馬の王子様』を探してくれないかしら」
ベニコマチが話し終えると、男子生徒2人は顔を見合わせた。
「これアリスケ先輩の得意分野じゃないですか?」
「いや、名簿の検索くらいはもう終えてるしな。
というかだな。何年何組かも知らないで付き合ってるっておかしいと思わないか」
「大学部の可能性もありますし、そこはそれほど。
一応実在の人物なのか・・・名簿に名前が無い・・・失踪?いや・・・
うん。わかりました。まずはその女子生徒に話を聞いてみます。なんていう名前ですか?」
「讃良(ささら)マリさんっていうのよー」
名探偵はコーヒーを飲み干すと、スマホを取り出してメールを送った。
捜査開始の合図である。