永遠の眠りについたような気がした。
しかし、目が覚めた。
どうやら気のせいでしかなかったようだ。
月明かりがやけに眩しい。
夜目は利くほうだったが、ここまでではなかった。
思わず、手で光を遮る。
そこで、ふと、気付いた。
じっと腕を見る。
自慢だった鱗はところどころ禿げていた。
それどころか肉がこそげている所すらあった。
血はなく、痛みもない。
あぁ…、 俺は…、 屍人になってしまったのか……。
まあいいや。
長い人生。いや、それよりも長い死後のことだ。
屍人になることもあるだろう。
はてはて、屍人なぞになるつもりはなかったのだが。
まあ、よし。なってしまったものは仕方がない。
屍人として立派に生きていこ……、 …?
立派に死んでいこう?
ふむ……………。
それはそれとして。
俺は、今後何をしていこうかと、若干鈍くなった頭で考えていた。
俺は、ぼんやりと月を眺めていた。
突然、声が掛けられた。
そいつは腐っていた。目がこぼれていた。死んでいた。
にもかかわらず動いていた。
うひゃあ、屍人だぞ。
腰を抜かす俺に、そいつは呆れたように声を出す。
「おいおい、何を腰抜かしてるんだ……
お前も屍人だろうにさ」
ああ、そういえば、そうだったか。
「はあ、寝ぼけた野郎だな……。
ほら、転がってないで起きろ」
そいつはそう言って、手を差し出してきた。
すまんすまん、と手を掴む。
しかし、一つ気になることがある。
聞いていいだろうか?
どうしても気になることがあるんだが。
「なんだ? なんでも聞いてくれ。
おなじ屍人だ。 遠慮はいらんよ。」
目がこぼれてるというのに、 どうして俺の様子がわかるんだ?
喉が腐り落ちてるのに、 何故声が出せるんだ?
「はっはっはっ。成り立ては気になるよなあ。
だがな、 残念ながら俺も知らん。
そういうお前も、 目がないじゃないか」
……………?
……!?
まさか!?
こんなに鮮明に見えているのに!
恐る恐る、震えた手で、顔を触る。
目の辺りは、 あぁ、 窪んでいる。がらんどう、がらんどうだ。からっぽだ!
急に目の前が真っ暗になった。
当然だ。
見えるわけがない、瞳がないのだ。
臭いが感じられない、舌はすでに千切れている。
どこを向いているかも分からない、頭頂眼は腐り落ちた。
まっくらだ。まっくらだ……。
「お、おい! しっかりしろよ!
気づいてなかったのかよ! くそっ! 落ち着け!
見える! 目がなくても大丈夫だ!
なんだか知ら……
違う! 死神様の御力だ! 信じろ! 見えるぞ!」
その後も、そいつはずっと喧しかった。
落ち着けって、お前の方が落ち着いてないじゃないか。
なんだか、くだらなくなってきた。
目を開けると月明かりが眩しい。
あせったそいつの顔が、滑稽だ。
見える。見える。
当然だ。
耳なんてなくもそいつの声はうるさかった。
目なんてなくても見えるに決まってる。
「なんだ、見えるじゃないか」
「お、おう。ずいぶんと立ち直りが早いな…」
「いいことだろう?」
「ああ、そりゃそうだが」
「これからどうすればいいんだ?」
「んー、あー。イワンが班に欠員が出たとか言ってたな。
ついてこい。案内するよ」
「わかった。仕事はどんなもんだろうかな」
「イワンのとこは、道の整備だったかな?
ま、詳しくはイワンに聞いておけ」
「そういう経験ははまったくないんだが……。
大丈夫だろうか」
「なーに、時間は腐るほどある。
いつか慣れればいいだけさ」
「そんなものか」
「そんなもんだよ。
……そうだ。面白いことを教えてやる。
俺たちの感覚は肉を離れてるのは、わかってるだろう?
だからな、その気になれば足の裏からの風景も見えるんだ。
足に目を生やしたかのようにな」
「マジか」
「マジさ。やってみな」
「嘘だろー……。
ってマジだ…! ……気分悪いな! 滅茶苦茶つらいんだが!」
「はっはっはっ。そうだろうそうだろう。
生きてた頃の感覚に合わせるほうが無難さ。
もしくは実際に目をつけてみるとかな。
背中に付けると便利だぞ」
「……なんだか慣れそうにないよ」
「いや、お前ならすぐに慣れるさ。
すぐじゃなくても、いつか慣れる。
なにはともあれだ。
夜の
スラヴィアにようこそ! 同類よ、歓迎するぞ!」
- 危うく屍に戻りそうになった時は自己を保てずに消えていくスラヴィアンというのはこういうものなのかともの悲しく思えました。スラヴィアンとしてはっきりと個を持ったとしてもその後にどう生きていくかがなければまた屍に戻るんでしょうか -- (名無しさん) 2013-04-24 18:31:19
- ゆるくもっそりしているのがゾンビっぽい。人生の記憶がごっそり抜け落ちたのに何故かゆるいのも屍人っぽいな -- (としあき) 2013-10-31 21:36:19
- 屍人になったけど自身を把握しきれずにすぐに消えてしまう屍人も多いんだろうか -- (名無しさん) 2015-02-03 23:44:12
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最終更新:2011年10月17日 12:10