「メノー、あのね、話があるんだけど・・・」
そうイスズ・サレンスカが話を切り出したのは笛野瑪瑙が夕食も終わってなんとはなしにテレビのチャンネルをザッピングしてるところだった。
「ん?何?」
幼馴染であり親友である同居人の真剣な声のトーンに彼はザッピングしていたテレビの電源を切って姿勢をそちらへと向ける。
「あのね・・・実はね、ボク、女の子、なんだよね・・・」
「・・・ハァ?」
思わず瑪瑙は「何を言ってんだコイツは?」という声と表情をする。
たしかにこの同居人は実に整った顔をしている、自分が仮にはじめてイスズと会う人間なら女性と間違えるかもしれないと思う程度に。
しかし、瑪瑙はイスズとは幼少期からの仲だ、一緒に遊んだことはもちろん、お互いの裸を見たことも数えきれないほどあるし、子供の頃によくある立ちションでどちらが遠くまで放物線を描けるかを競ったこともある、その記憶がある彼は困惑し、ほどなくしてあることを思い出す。
「あ、あー、今日ってエイプリルフールか!」
「え?エイプリル・フール?」
瑪瑙の口から出た聞きなれない単語にイスズは困惑の表情を浮かべる。
「ん?今日は嘘ついていい日だって誰かに教わったんだろ?まったくイスズはまじめだからな、教えてもらったからって慣れないことするなよな、俺まで一瞬どうしていいかわかんなくなったぜ」
「え?・・・あ、う、うん、実は浮田さんに教えてもらったんだ」
「そうかそうか、いや、急に変なこと言いだすから焦ったぜ、思わずポートアイランド病院にこれからどうやってお前を連れて行くかとか考えるくらい」
腕を組みウンウンと頷きながら一人納得する瑪瑙。
「ボクどこも悪くないよ!?」
それに心外だとばかりに声を上げるイスズ。
「いや、普通はどっかおかしいって思うだろ?主に頭のほうで」
「メノー・・・ひどいよ・・・」
瑪瑙のあまりの言い分に
エルフの特徴である長い耳がヘニャッと垂れる。
「ハァ・・・なんでボクはこうタイミングが悪いんだろ・・・」
1時間後、先に風呂に入った瑪瑙と入れ違う形でイスズは風呂場の脱衣所に一人、下着姿で立っていた。
「なんだよエイプリルフールって・・・そんなの知らなかったよ・・・」
さっきは咄嗟に何かと世話を焼いてくれるイスズの体についての理解のある友人である浮田あすなろの名前を出して誤魔化したが、実際のところイスズはエイプリルフールというものを知らなかった。それが偶然真剣なカミングアウトの日とカチ会ってしまったのだから不運という他ないだろう。
「せっかく勇気を出したのに・・・」
いつこの話を切り出そうかというのをイスズは数日前からずっと悩んでいた。身体のことで様々なサポートをしてくれている大和紅准教授に『イスズさんの身体はもうほぼ女性の身体構造に変化していますね、親しい方にはタイミングを見て打ち明けたほうが今後の精神的負担は軽く済むと思います』と言われた時から・・・
「あぁ!ボクのバカバカバカッ!・・・ハァ」
これでまた当面は瑪瑙に打ち明けるタイミングとどう打ち明けるかに悩むことになるのかと涙目になりながら、イスズは大きなため息を吐きだす。
「・・・クシュッ!もう春だけどこのままこの姿でここにいたら風邪ひいちゃう・・・お風呂入ろ・・・」
未だ眉と耳は八の字に垂れたままだが、イスズは上下の下着を脱いで自分用の洗濯ネットに入れ、その折にチラリと洗濯槽の中に先に入れられたメノーの服を確認する。
「もういいや・・・これ以上考えてもしょうがないし・・・」
半ば諦めのような空気を漂わせながら、イスズは日々の日課である長風呂のための準備に取り掛かる。
チャポンと湯船の中に水滴が滴り落ちて波紋を作る。
「ハァ・・・気持ちいい・・・」
しっとりと濡れた洗い髪の端を湯船のお湯に浸しながら、イスズは温めのお湯に肩まで浸かりながらホォと息を吐く。
イスズは風呂が好きだ。熱めのシャワーで済ませることの多い瑪瑙と違い、イスズは温めの湯にゆっくりじっくりと浸る長風呂スタイルを好む、これはイスズに限らずイスズの属するエルフ種に広く当てはまる特性と言ってもいいかもしれない。
「すっかり慣れちゃったけど、考えてみればすっごく贅沢なことだよね・・・」
今ではすっかり慣れてしまったが蛇口を捻れば水やお湯が出るというのは川や井戸から水を汲んでくるというのが当たり前だと思っていたイスズにとっては衝撃的なことだった。話としては瑪瑙から度々聞かされてはいたことだが自分で体験してみるまでは現実味の乏しいお伽噺を聞かされているような、もっと言えばホラ話とさえ思えていた。
「こんなそのまま飲めちゃうようなお水でお風呂に入るのが当たり前ってスゴイよね、でもちょっと変な匂いがするけど・・・」
イスズは水道水のカルキ臭が未だに少し苦手だ。そのため風呂の水はあらかじめ溜めておいて追い焚きをして沸かすようにしている。
「・・・メノーと一緒にいられるだけで幸せなことだよね」
イスズはメノーが門の向こう側に行くと知った時の悲しみは未だに忘れられないでいる。
イズスにとってメノーは生きる希望を失っていた自分に再びそれを与えてくれた人であり、それから今に至るまでイスズはメノーに何度も助けられていると思っている。
「そんなのメノーは全然気がついてないんだろうけど・・・」
結果からすればメノーの父が門自の知り合いを通じてイスズを特別留学生としてメノーと同じ十津那に通うことができるようにしてくれたわけで、イスズにとっては笛野親子は感謝してもしきれない恩人となっている。
「そういえば最初にお風呂に入ったのもメノーと一緒だったなぁ・・・」
チャポチャポと湯船のお湯を子供のように波立たせながらイスズは過去のアレコレを思い出す。
イスズとメノーの出会いのキッカケとなった幸運の卵から産まれたワナヴァンが大きくなり、それまで間借りしていた安宿の馬小屋には居られなくなった時、メノーは悪ガキネットワークを駆使してイスズの新居を探し、その引っ越し祝いにどこからかドラム缶をもってきてドラム缶風呂を作ったことを思い出す。
「でも、あの時はホントに大変だった・・・」
当時のことを思い出してイスズは思わず苦笑する。
ドラム缶をイスズの新居まで転がしてくるのまではまだ良かった。問題はそこから何往復と一番近い川とを水桶をかついで往復してドラム缶に水を貯める作業、それが終われば今度はお湯を沸かすための薪集めと、結局お湯が沸いたのはあたりがすっかり暗くなった頃だった。
「でも、空の星を見ながらメノーと一緒にお風呂に入ったのは楽しかったなぁ・・・」
思えばあの時からイスズは風呂好きになったのかもしれない、まぁ、底に沈める板を忘れて必死で立ち泳ぎをしながらの入浴だったのも、仲間はずれにされたワナヴァンがドラム缶に体当たりし、その衝撃でバランスを崩したドラム缶が転倒した挙句、お湯を撒き散らしながら裸の二人が中に入ったまま坂道を転がり落ちたのも含めて今では良い思い出の一部になっている。
「また、メノーと一緒にお風呂に入りたいな・・・」
懐かしい記憶を思い出したせいかポツリと呟いた一言、次の瞬間その意味を改めて理解したのか、イスズの顔と耳が長風呂の影響とは別に急激に紅くなり、そのままブクブクとお湯の中に顔半分ほど潜航していく。
「だふぁらきょふはがんふぁったのひ・・・(だから今日はがんばったのに・・・)」
顔半分を水の中に沈めながら、ブクブクと浮かび上がってくる気泡と共にイスズの言葉が漏れる。
自分の種の特性とメノーへの気持ちに気がついてからイスズは瑪瑙に自分の体を極力見せないようにしてきた。
それはもしかすれば瑪瑙に拒絶されてしまうかもしれないという恐怖からの行動であったが、最近はいつかは瑪瑙に自分の体と気持ちについてハッキリと話をしなければと思うようになり、今日こそはと決意を込めて切り出した結果があの有様であった。
「おーい!イスズ、また風呂の中で寝てるのか?」
「ふぇ!?ね、寝てないよ!」
ぼんやりと湯船に体を漂わせながら取り留めのない思考と過去の記憶を思い出しているうちに時間は随分と過ぎていたらしい、風呂場の外からのメノーの気遣うような声にイスズはザバリと湯船から半身を起こして応える。
「そっか、いくら風呂が好きだからって長風呂しすぎると全身ふやけてシワシワになっちまうぞ」
「なんでそんな意地悪なこと言うのかな!?」
イスズの非難の声に風呂場の外からケケケと笑い声が聞こえ「俺、もう寝るけど風邪ひかないようにすんだぞ」との声。
「うん、ありがとう」
風呂場の外から遠ざかっていく気配を感じながら、イスズは胸の中でジンワリと湯の温もりとは別の温かさが広がっていくのを感じ、思わず自らの腕で体を抱きしめ
「ホントにメノーは優しすぎるよ・・・」
そう一人呟くのだった。
- 地球文化とエルフ!間の悪い告白とエルフ!絶妙に鈍感な親しい人! -- (名無しさん) 2015-04-08 02:44:33
- 瑪瑙とイスズの間には何か強制力みたいなのがはたらいて瑪瑙に真実を気付かせないようにしてイスズの最後の一歩を踏み出せないようにしているんじゃなかろうか -- (名無しさん) 2015-08-28 23:26:08
最終更新:2015年04月07日 20:06