【影と拳】

「なんなんだこいつは」

 混乱と焦燥の中で彼女は思わず声を出す。

「うにゃ~~~~・・・・」

 トロンとした焦点の定まらぬ目と緩んだ口元から気の抜けた声を漏らしながら、ソレは振るわれる刃を紙一重でかわしながら確実に彼女に近づいてくる。

「なんなんだお前は!」

 幾重にも閃く刃をかわしながら、ソレが一歩進むごとに彼女も間合いを保つために一歩退くが、自分より背の高いソレのほうが歩幅があることで、彼女はゆっくりと間合いを削られ追いつめられていく。

「うにゃら~~~・・・・」

 気がつくと彼女は通路の行き止まりに追いつめられ、背中に触れた壁の感触が「お前の人生はここで終わりだ」と自分に死を宣告しているかのように感じられた。

「ニャフフ・・・もう逃げられないゾ・・・」

 ユラユラと揺れながら、ソレはもう逃げられないとばかりにゆっくりと両手を広げて彼女へと迫る。

「う、うわ~~~~~~~ッ!!」

 圧倒的な存在が発する濃密な死の気配、それまでプロ意識から保っていた理性がその瞬間グシャリと押しつぶされ、殻を砕き潰され溢れ出た彼女の内面の弱さと脆さは彼女の口からは悲鳴となって溢れ出す。
 それが裏世界では名の知れた暗殺者フェレオ・クーの最後だった。



 新興海賊団「黄金の杯」の長であるエレーカ・ネモチーの殺害依頼が彼女のもとに届いたのは一月ほど前のことだった。
 半年ほど前、船乗りの間では知らぬ者のいない海の怪物「船喰い」に船長兄弟を船ごと喰われ、それを契機として内外に対しての求心力を急速に失い、ゴタゴタと後継者を巡っての内輪もめを繰り返した結果解散した海賊団「偉大なる双壁」に代わって、近く七大海賊の一つに加わることが内定したとされる新興海賊団の長の暗殺、彼女に届いたその依頼は今回の一件だけでなく、すでに複数の仲介人から彼女の元に届いていた。

「どこの世界も成り上がりが気に入らない奴は多いんだね・・・」

 依頼書の山を見ながら彼女はそう苦笑する。
 彼女は特定勢力に所属することのないフリーランスの暗殺者、十分な依頼金額と彼女が気乗りさえすれば、標的は確実にこの世から亡きものとなると言われるまでになり、今や彼女の暗殺者としての評判は、伝説とさえ言われるまでになった女暗殺者「旗取り魔女の娘」や暗殺者組織を率いる「死の外套」に並び立つほどとなっていた。

「成り上がりが、同じ成り上がり者に殺されるなんて皮肉だね・・・」

 彼女はそう言って羊皮紙に書かれたやや悪意のあるエレーカ・ネモチーの似顔絵にナイフを突き立てた。


 それから一月、さまざまな情報網を使って暗殺目標であるエレーカ・ネモチーの情報や行動を収集し、彼の所有する城郭級船での船上カジノに偽の招待状で客として潜入し、そこから関係者以外立ち入り禁止のフロアには誘い罠かと逆に警戒してしまうほど簡単に入ることができた。

「警備する人間が誰もいないなんて不用心すぎる」

 それまでのフロアのほうがまだ警備が厳重だったと思えるほど彼女が今いるフロアの通路には人影がない。
それどころか侵入者を察知する細工の類もあるようには思えないことに違和感すら感じながら彼女は通路を進んでいく。
 標的はこの時間、今進んでいる通路の突き当たりにある部屋で寝ている時間だということを彼女はすでに把握し、その部屋の扉はすでに視界の中にある。

(思っていたより簡単な仕事だったな)

 相手は次期七大海賊の長になる男と覚悟していた仕事がこんなにも簡単に進んでしまうことに、普段では決して考えることのない考えが脳裏を過った瞬間、それまで息をひそめていた最大の罠が彼女へと襲いかかる。

「うにゃ~~~~~」
「!?」

 その気の抜けた声と、それとは対照的に強大なプレッシャーを纏った気配が彼女に襲いかかったのは、まさに標的の部屋の扉に手をかけんとした瞬間だった。

 一瞬気の緩みがなかったわけではない、しかし、それでも彼女の暗殺者として鍛えた鋭敏な感覚は周囲に巡らされていたはずだ。
 それでも襲いかかってきた者の気配を捉えることはできなかった。

「クッ・・・・!!」

 彼女はそのことに驚愕しつつも後方へと飛び退り、それと同時に愛用するナイフを抜き放って戦闘態勢を取る。

「うにゃ~~~~逃げた~~~~」

 気の抜けた声、そしてトロンとどこか焦点の定まらない表情でユラユラと前後左右に揺れながら彼女の前に姿を現したのは、白い自毛に黒い矢じり模様が特徴的な虎人の女だった。

(コイツがいるから他の警備や細工は必要ないってことか・・・)

 それまでの警備の手薄さは、まさに先ほどまでの自分のように油断させたところでこの女の餌食となるように仕組まれた罠であったのかという思考と、この女を倒して標的の暗殺を完遂するか、それともここは一度退くかという思考が脳裏に浮かんだ直後、彼女の中で警鐘が鳴り響き、彼女は直感と本能のまま体を捩じる。

ヒュゴッ!

 その刹那、まるで何かが爆ぜたかのような音を立てて一瞬前まで彼女の顔のあった場所を虎人の女の拳が過ぎる。

「!?」

 ほぼ反射に近い形で彼女は捩った態勢のままナイフを突き入れるが、それより早い動きで相手はそれを紙一重でかわすという離れ業をやってのける。
 その勢いのまま姿勢を戻そうとすると、すぐ目の前に虎人の女が迫ってきているとわかり、そのまま床を蹴って後ろに跳びながらナイフで一閃、しかしそれもアッサリとかわされる。
 そのまま最初の一手で姿勢を崩されてからの彼女は姿勢を戻すこともままならないまま防戦に回るしかなかった。

「クッ・・・この・・・ッ!!」

 わずかに切りつけることができれば即座に効果を現す彼女の血毒の塗られた刃も、相手に当たらなければ意味をなさず、ナイフを振るった次の瞬間にはお返しだとばかりに濃密な死の圧力と共に自分へと繰り出される拳撃、それをなんとか紙一重で交わすが拳の圧力だけで意識を駆り取られそうになり、それでもなんとかこれ以上相手に間合いを縮められまいと後ろに下がるという流れを繰り返す。

「ハァ・・・ハァ・・・」

 最初の遭遇から時間にしてわずか数分、しかし、その間に交わされた常人離れした応酬で、すでに彼女の顔には玉のような汗が浮かび、それは頬を伝って幾筋も流れおちる。
 あと一歩だった標的の部屋の扉ははるか遠くとなり、彼女の中では目的の完遂は完全に不可能と判断し、なんとかこの場から脱出する方法はないかと思考を巡らせようとするが、それを許さないとばかりに繰り出される拳を避けるために考えはまったく纏めることができない。

「なんなんだ、こいつは」

 自分はすでにこの刃と拳の応酬で疲労と息苦しさを覚えているというのに目の前の虎人はまったくその素振りさえ見せない。

「なんなんだお前は!」

 人の姿をした化け物がいるとすればこういうもののことを言うのだろうかと対峙した相手に問うが、それに相手は応えない。
何度目かの後退をした時、背中に硬い感触を感じ、全身に冷たいものが走る。

(行き止まり!?)

 背後に感じる硬い感触が濃密な死のイメージを彼女に伝えてくる。

「ニャフフ・・・もう逃げられないゾ・・・」

 ここに来てはじめて意味のわかる言葉を発した虎人の女が拳を開き、腕をゆっくりと広げて彼女に近づいてくる。
人の形をした死が彼女に迫りのしかかってくる。
 これまで暗殺者として、いくつもの死を与えてきた彼女に死を与えんと迫ってくる。
 そのことに彼女は恐怖し

「うわ~~~~~~~ッ!!」

 思わず叫び声を上げたところで彼女の意識は途絶えた。



「うにゃ・・・・?」

 ライネルがボンヤリとしたまどろみから意識を覚醒させたのはツンと鼻をつく匂いとチョロチョロという水音だった。

「・・・ハッ!?ライネル寝てないし漏らしてもいないゾ!?本当だゾ!?」

 誰に抗弁するわけでもなくそんなことを言いつつアタフタしていると自分の手の中にある違和感に気がつく。

「うにゃ・・・・?」

 改めて両手の中にあるものに目を向けると、それは白眼を剥いて気絶した一人のダークエルフの女だった。

「うにゃ~~~~?」

 なぜそんなことになってるのか、彼女はわけがわからず頭を捻るが、ツンとした匂いと水音はこのダークエルフの女から発せられていることに気が付き、自分の粗相ではなかったということがわかって「うにゃぁ・・・」と彼女は小さく息を吐いて安堵する。

「ライネル!人が寝てる間はおとなしくしてろって何度言わせんだ!」

 安堵したのも束の間、彼女の背後の扉が開き、その奥から現れた小柄な人影の声に彼女の体がビクリと震える。

「ち、違!私じゃにゃいゾ!」
「嘘つくんじゃねぇ!このフロアで他に誰が騒ぐんだ!」
「こ、コイツ!コイツだゾ!」

 咄嗟にライネルは手の中のすっかり脱力したダークエルフの女を人影のほうに向ける。ゴキリと何か骨がきしむ音が聞こえたような気がしたがそんなことを気にしてる暇はない。

「・・・・誰だその女?」
「ネモチーが知らないならライネルが知ってるわけないゾ」



 これが後に「エレーカ・ネモチーの影」と呼ばれ、七大海賊団の一つとなった黄金の杯の諜報と各種工作を一手に手掛ける大幹部であり元暗殺者のフェレオ・クーと、「エレーカ・ネモチーの拳」と呼ばれる元ラ・ムール地下闘技場の無敗王者ライネル・ジュシャーンの出会いであるが、フェレオはこの話を生涯誰にも語ることはなく、ライネルが度々口を滑らせる度に様々な手を尽くして隠匿を行ったとされる。

 よってこれを書く私も命を危険を感じているわけだが・・・

 ん?なんだこんな夜更けに来客か?な、なんだお前達は!?うわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp



 次はお前だ


  • それっぽく想像しやすい顛末とゆるさときつさを繰り返して繋げるのが面白い。虎が思ってた以上に猫だった -- (名無しさん) 2015-04-09 20:52:52
  • ネモチーの雇用基準とかちょっと気になった。直接面接してピンときたら即採用とかだろうか -- (名無しさん) 2015-04-13 04:03:18
  • ラストの書き込みはフェレオ・クーかな? -- (名無しさん) 2016-10-09 21:06:14
  • フェレオっぽいね。仕事は速やかだが誰がやったのか誰にでも分かってしまうってのは逆に示威になったりするのかもしれん -- (名無しさん) 2016-10-10 16:44:39
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最終更新:2015年04月09日 20:48