「拙者の運命もここまでか・・・」
もはや一発も火焔を放つことのできなくなった精霊筒の筒先を地面に下ろし、狗人の傭兵イエロウは悔しげに呟いた。
グルルル・・・ッ!
もはや火焔は飛び出してこないとわかったのか、イエロウの周りで赤い三目を光らせていた獣がジリジリとその間合いを縮め、今にも飛びかからんと姿勢を低くする。
「やるならせめてサッパリと喉を噛み切ってくれよ・・・生きたまま貪り食われるのだけは勘弁願いたい・・・」
イエロウは
イストモスの辺境において自治を掲げる小国イェゾ出身の傭兵、戦場で死ぬことは何度となく覚悟したことがあったが、まさかこんなところで獣の餌食になって死ぬとは思ってもいなかった。生きたまま臓物を引きずり出される光景が一瞬頭を過ぎり全身がブルリと震えたが、自分が死んだあと家宝の精霊筒がどうなるのか、そのほうが今のイエロウには心配であった。
「やはり忠告には素直に従うべきだったか・・・」
イエロウが思い出すのは最後に立ち寄った村での会話、先を急いでいるという彼を村人は『この先は三目狼の大きな群れの狩り場だ。無理せず今日はこの村で泊まって行け』と彼を引きとめた。
しかし、それを彼は「拙者、腕には自信がござる。たかだか三目狼程度なんということはない!」と聞き入れなかった。
三目狼は主に草原などに生息する群れを作って狩りをする名前の通り額に第三の眼をもつ獣である。しかし傭兵稼業で各地を移動するイエロウからすればこれまで何度も遭遇したことのある野獣であり、群れの何匹かを倒せば退けることのできる比較的対処のしやすいものだという認識をもっていた。
しかし、物事には常に例外というものが存在する。結果、彼は信じられないほどに多くの三目狼の群れと遭遇することとなり、彼に向って飛びかかってくる十数匹を火焔で消し炭にしたが、そこで精霊筒の中に貯めていた火精の力を失ってしまった。
グルルル・・・・ッ
今にも彼に向って飛びかからんとしていた三目狼が何かを察したようにその場にひれ伏す、よく見れば彼を囲うように集まっていた他の三目狼も同様で、これはどうしたことかと思っていると囲いの一角が割れ、そこに他とは明らかに異なる巨大な三目狼が姿を現す。
「なるほど、まずは群れの主が獲物の一番美味い部分を頂くというわけか・・・」
配下に散々危ない目をさせておいて、おいしいところはちゃっかり横取りとはひどい奴だと、イエロウは以前に依頼を受けた依頼主の顔がこの群れの主とダブって苦笑いを浮かべる。
グルル・・・・
群れの主がゆっくりとした足取りでイエロウの近くにやってくる。
イエロウの眼と鼻の先に迫った群れの主の吐く息に混ざったなんとも形容しがたい悪臭、それに彼はたまらず眉間と鼻筋に深い皺を刻む。
「さっきも言ったがやるならサッパリとトドメを刺してくれよ?それとお前さん、臓がいくつかやられておるな?もうそれほど長くはないぞ?」
これは決して最後の負け惜しみというわけではない、イエロウの鋭敏な鼻は臓器の弱った者独特の臭いをかぎ分けたというだけに過ぎない。
グルル・・・ッ!!
イエロウの言葉に理解して気分を害したというわけでもないだろうが、群れの主は唸り声を上げて大きく口を開ける。
「さて、これにて一巻の終わり、ナムアミダブナミアミダブ・・・」
これで最期と、彼の故郷に伝わるあの世へと向かう折りに唱えるとされるネンブートゥを唱えながら眼を瞑る。
ヒュウ・・・
その時突然風が吹いた。
(おや?これは東の風の匂い、この時期に東から吹く風とは妙な・・・)
ネンブートゥを唱えながら、イエロウは自分の鼻がまたしても嗅ぎとった事柄に違和感を覚え、次に長年培った彼の危険を察知する感覚が猛烈な勢いで警鐘を鳴らしはじめる。
「ミルミイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!どこに行ったああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
イエロウの中で警鐘が鳴らされたのとほぼ同時に、まるで落雷のような大音声と共にイエロウと三目狼の群れに向かって巨大な竜巻がどこからともなく現れ突っ込んでくる。
狼たちは突然のことに混乱しながらもその場から逃げ出そうとし、イエロウは咄嗟に精霊筒を布で包み体に縛り付ける。
直近で現れ向かってくる竜巻から逃げられるわけもなく、三目狼は群れの主を含めて竜巻によって高々と吸い上げられ、その中には当然イエロウの姿もあった。
「姉さん、あれはなんでしょ?」
「あれってなぁに~?んーーー・・・たぶん動物の死骸!」
東から西へ、とある事情によって旅をしている最中のミルミとルミルの姉妹がその場所を通りかかったのはただの偶然か、それとも前夜にルミルが今後の旅程について星占いをしたことと何か関係があるのか、ボロ雑巾のようになったイエロウが奇跡的に草原にポツンと立つ木の枝にひっかかっているのを最初に発見したのは妹のルミルで、動物の死骸だろうと放置を決定した姉のミルミに「さっき動いたように見えました」と再度ルミルが引きとめるというのを数度繰り返した後、二人によってイエロウはかなりの重傷ながら奇跡的に救助され、その後に彼はこの命の恩人の二人の警護役となって様々な騒動に巻き込まれることになるのだが・・・
それはまた別のお話。
- 狗人らしく臭いで状況が語られるのが面白い。ギャグと勢いの前では獣も何するものぞであった… -- (名無しさん) 2015-04-13 04:02:16
- 上手い具合に銃が鞘に収まったような?イレゲ異世界における踊り子の強さは剣や銃よりも -- (名無しさん) 2015-04-13 22:43:04
- 強いやつらはいくらでもいるっていう異世界いいねぇ。ケンタ姉妹の警護をする中でどう成長していくんだろういえろう -- (名無しさん) 2015-04-15 02:06:35
最終更新:2015年04月13日 09:59