ゴーン ゴーン ゴーン
けたたましい鐘の音で目が覚める。頭を揺さぶる痛覚と共に飛び込んできた視覚は薄汚れた茶色の革地。
「着いて早々おっぱじまるたぁ運が良いのか悪いのかってなァ」
「おぉう。後続の獣車も大丈夫そうだ。 俺が無事でも竜がいなけりゃ話になンねぇや」
「へへっ、何が竜だよ。お前のはそこらを飛んでるワイバーンだろ?」
「うるせェっつーの!てめェなんざ馬鹿でかい鶏じゃねェか! あれで空が飛べんのか?!」
「後でたっぷりケツを拝ませてやンよ!空の上でな!」
車内で怒鳴りあうのは如何にもな傭兵貌とした
ゴブリンと
ドワーフ。装備を見ると空戦の様相。
「着いたぞ。これから入隊確認、そしてすぐさま出撃だ。 全員覚悟はできているな?」
ウォォオオオーーーっっ!!!
首を後ろ振る獣車操者のコボルトが伝えると、幌荷台が揺れるほどの喚声。
やがて停止すると一斉に降りる波に飲まれ外へ。
灰色の空 突き上げる城壁は端部が所々破損しているものの重厚 物資を担いだ者や獣車が石畳を右往左往駆ける 飛び去る飛竜や鷹獅子の群れ
ここは ── 戦闘都市だ
大[[ゲート]]が開き世界が繋がるより以前、商人の台頭と交流の拡大は共通意識の伝播を促進させた。
物資、技術、そして価値観の広がりは富と豊かさへの欲求も生むことになる。
持たざる者は上を目指し、持つ者はさらなる富を求める波が異世界各地で起こる結果となった。
豊かな土地や資源は真っ先に狙われ、そこに様々な争いが起こり、続いたのだった。
自分は
クルスベルグの鉱山商の息子であり、向かいの山の鉱山商の娘と結婚が決まったその日の晩、
親友と一緒に酒場でささやかな祝杯を挙げていると気を失った。
そして気が付くと獣車の中にいた。
「そうか。 最低限の装備は飛空場に行けば支給される。 ではこれからの君の活躍に期待する」
切実に訴えたのも歯牙にもかけず、司令と呼ばれた鹿人が次を呼んだ。
正直叫びたい気分だったが退室を促す係員の腕力と窓から吹き込む熱風に気圧され、そのまま司令室を出る。
渡されたのは己の身の売買契約書。 これから自由を得るのに支払うべき違約金は鉱脈が一つ買える程の法外な金額。
元々頭の回転は早いと褒められることの多かった自分。今は悪い答えばかりが次々と浮かんできてしょうがない。
裏切り、結婚、家への連絡… 色々あり過ぎて逆にどうでもよくなってきた。
金という存在概念は果たして人にとって有益だったのかそうでないのか?という領域まで思考が飛躍したりもした。
しかし…この違約金、どうやって用意すればいいのか? 例え実家に連絡できたとしても両親の性格を考えれば「自分で何とかしろ」の一言だろう。
「おや?坊主は出撃しないのか?折角の稼ぎ時だってのによ」
ゴブリンの老人。山の様に荷を乗せた荷車をハイエスに牽かせている。
「あぁ、何だ新入りかね。 飛ぶアシが届いてなさそうだし、仕方がないな」
ひと休みだと一服入れるゴブリンは訝しそうにこちらを見て頷く。
「まさかアシ無しでここにきたってのか?呆れたもんだ。 空飛ばずにどうやって稼ぐ気だい坊主」
ドォォオォーーン!
遠い上空で激突音が鳴り響く。 見上げると城壁に岩石が激突し砕け散った。
「おいおい…まさか都まで攻め込まれたってのか? そうと分かればさっさと避難するに限るね」
恐らくここはクルスベルグ周辺の山岳地帯、戦いの前線にある城塞都市。
「そうだ坊主」
荷獣ハイエスを先に進ませたゴブリンが不意に振り返る。
「空を飛びたきゃこの先にある獣牢に行ってみな。鹵獲されたのが何頭かいたと思うぜ」
それは他愛のない一言だったが、希望の光としては十二分であった。
「おうマルコイ爺さんよ、走っていった
ノームと知り合いか?避難させるなら逆方向だろう?」
「うんにゃ初対面だ。 ちょいと金のニオイがしたからハッパかけてやったんだよ。 くたばろうが知ったこっちゃないね」
空から降り注いだ岩によって崩れた牢屋。押しつぶされて絶命しているワイバーンやグリフォン、飛行蟲…
そんな中で悠然と寝息をかく黒い影。 漆黒の羽を纏う屈強なグリフォン。
頭部から始まり全身に刻まれる傷は雄雄しく、内側に見える筋肉は今にも空へと飛翔しそうである。
一瞬で視線が釘付けになる。しかし何故逃げない?
…と、よく見れば前脚に残った足枷がまだ鎖につながれていたのだ。
後で思えば何故何の躊躇いもなく見るからに凶暴そうなグリフォンに走り寄ったのかと。
降り注ぐ残骸と岩くれの中で無我夢中に繋がる鎖を岩で叩く。 叩き続ける。
一心不乱と思えて目的ははっきりしている。だが、それが達成できるとは限らない。そこで終わるかも知れない。
ガギンッ!
千切れる鎖 低く唸る黒翼の嘴 お互いの視線がはっきりと重なる
「僕の名はラーニン。…頼む!お願いだ。僕が先に進むための翼になってくれ!」
天を劈く鳴き声が響くと背中を啄ばみ持ち上げた体をそのまま背に放り投げる。
鞍も綱もない。兎に角振り落とされないようにしがみ付くと、たった一度の翼のはためきで上空へと舞い昇った。
「おい爺さん見ろよ!黒い悪魔が飛んでるぜ!?」
「クックック。そいつを選ぶとはな坊主。 戦場で遭遇する度、敵も味方もお構い無しに撃墜した暴風。
遂には敵の凄腕騎手を背から振り落とし網にかかって拿捕された…誰にも御すことができなかった漆黒のグリフォン、悪魔の疾風(ツェット)!」
時は未だ大ゲートの開かぬ頃。 クルスベルグ山岳地帯で資源鉱山を巡る争いの中で戦い抜いた数ある中の一つの前線都市の物語。
戦いも知らぬノームはやがて空の戦いで生き抜く戦士と成長する。 たった一つ、自由を求めて。
そして彼は自由を手にする権利を得た時に決断する。 生きる目的を見つけたから。
スレの話題で浮かんできた一幕を
最前線で戦う戦士は胸に何を抱き空を飛び戦ったのか
- 乗る獣の方が強いとかだと騎手の役目ってなんだろう -- (名無しさん) 2015-05-26 22:04:51
最終更新:2015年05月24日 20:38