【オルニトで昼食を】

空に曇りは欠片もなく、どこまでも明るく、しかし地は大きな影がいくつも落とされていた。
それはオルニト特有の奇跡、浮遊島群のためである。
浮遊島は地に鎖によって繋がれ、まるで風船のように見えた。
重々しさと軽妙さが合一したこの風景は、
滑稽なような神々しいような、なんともいえない感想をもたらしてくれる。
この大質量がふわふわとしているのは、現代科学の信者としては飲み込みがたく、
何度か住人たる鳥人に質問するに至った。が、
しかし返答はいつも"島が浮かぶのは当然のことだろ?"というようなものばかり。
彼らにとっては、雲が空に浮かぶことや星が宙に浮かぶことと同じく、
島が浮くのも不可思議なことではないようだ。
そういえば俺も、雲や星について真剣に疑問を持ったことなどなかったな。
もう現代科学の信者は廃業しようか、少なくともこの世界では。


さて、バックパッカーはその浮遊島の上にいた。
外縁部にいるわけではないので、実感は沸かない。
強いて言えば、山が一切見えないことくらいだろうか。
町を見渡すと目に付くのは、色とりどりの塔たちだ。
それら鮮やかな塔のまわりを、くるくると螺旋を描き、飛び昇っていく鳥人の姿も印象的である。
どうやら塔のまわりには常に上昇気流があるらしく、飛翔を助けているようだった。

町もまた鮮やかであった。
町の壁は煌びやかに飾られ、それだけでなく、
歌が、踊りが、香りが、料理が、というように視覚だけ出なく様々に鮮やかだ。
塔はともかく、町の鮮やかさは常のものではない。
今日は帰還祭の真っ最中であるのだ。



「こりゃすごいなー」
鳥人の踊りに、合唱に、俺は魅入っていた。
本能だけでなされるものでさえあれほどに美しいのだ。
技法と理が混じったなら、なおさらであることは言うまでもない。
ガイドブックもなく、ただ人の流れに身をまかせるうちに、ここの広場についたことは幸運であった。
他に行くべきところもわからず、なんとなく見ていたのだが、
それなりに充実していたと思えた。
ふと、腹の音がなる。ああ、空腹だ。どこかで昼飯をとろう。
そう思い、俺は席を立った。

「よう、兄さん。ああ、待ってくれ。あんたのことだよ、そこの異界人の兄さん!」

見知らぬ町で声をかけられるとは思わず、反応が少し遅れた。
声の主は、いかめしい、猛禽の鳥人であった。
なにかまずいことをしてしまったかと、身構えたが、杞憂であったようだ。
鳥人はやたら友好的な声色で話しかけてくる。

「兄さんの腹の音は聞こえたよ。ああ、随分と空腹のご様子だ。
 どうだ? 一ついい店を紹介してやんぜ」

その申し出は渡りに船だった。
風の精に頼まないと入れないようなところも多く、
ぶらつきながら適当に探すことは難しそうであったから。

「じゃあ、頼もうか」

「毎度! で、あんたは何が食える? 何が食いたい?
 肉か木の実か、それとも両方か」

「両方かな」

「ほう、雑食なんだな。ああ、がっつり食いたいのは分かってるぜ。
 いい店を知っている。ファードバンドっつう飯屋だ。
 飯も歌も上々さ。イーウェイの紹介っつたらサービスしてくれるぜ。
 さあ、道はこいつについていってくれ」

鳥人がヒューイと鳴くと、どこからか蛍火が現れた。
おそらく光の精だ。
鳥人が、いつものように頼むと言うと、
光精は、わかったと返し、俺のそばに寄る。
多分、これが先導してくれるのだろう。

「ありがとう。空腹のまま彷徨わずにすんだよ」

礼を言うと、鳥人はこちらに足を差し出してきた。
はて、なんの風習だろうか?
きっと、握手みたいなものだろうかな。
そう思い足をを握る。
鳥人は、うひょうと叫んだ。

「ん? すまない、何か間違えたみたいだな。
 こっちの風習には、うとくいんだ」

「………はあ。そうかそうか。
 これはな案内料を求めてるんだよ」

「そうか。いくらぐらいなんだ?」

「いくらって、普通だよ」

「すまない、相場が良くわからん」

チップってどのくらいなんだろうか?
無謀ながら、日本を出たのはこれが初めてのことだ。
さっぱり見当がつかない。

「……銀一枚だ」

なるほど、と銀五枚をを財布から取り出すと、
鳥人は器用に足で掴み、首にぶら下げた袋へ入れた。

「兄さん!最後に教えとくぜ!
 こういうときは大銅一枚で十分だ!子供だったら銅一枚でいいかもな!
 余剰はこの情報料としてもらってく!ありがとう!儲けさせてもらったぜ!」

鳥人はさういい残し、ばっさばっさと飛び立っていった。

「……はあ。ま、勉強になったからいいか」


すぎたことは仕方がない。
光の精に案内を頼み、飯屋へと急ごう。

帰還祭であり、人込みは凄まじい。
小さい蛍火など見失ってしまうのではないかと危惧したが、いらぬ心配であった。
案内をする段となると、光の精は輝いた。
人込みを透過して、視覚だけでなく五感をぴかぴかと刺激して、
これは見失いそうにない。
ほかの人が一切気にしてないところを見ると、
俺だけに焦点があてられてるらしい。
なんとも便利なものである。

はたして無事に目当ての店へと到着した。
ああ、あの鳥人の言うとおり、食事も音楽も素晴らしいものであった。
今日の昼食は、果実を肉で包み焼いたものだった。
どちらも初めて見るものだが、濃厚でとても美味かった。
ただし、米がないのが残念ではあった。


  • オルニトは他の国にはないモノが多いしもっと観光に力を入れれば賑やかになりそうなんやな -- (名無しさん) 2013-01-18 22:06:59
  • 授業料を取られましたが不思議と嫌味さを感じないやり取りでした。料理もおいしそうでしたが貨幣価値を円にするとどれくらいになるのかも気になりました -- (名無しさん) 2013-05-06 18:45:47
  • 分かりやすいけど初めての国で初めてのやりとりというのがよくでてるー。人のいいガイドとめぐり合うのも旅の運だね -- (名無しさん) 2014-02-06 23:29:54
  • 異世界交流真っ只中で旅行者は美味しいお客だなー。親切も売り上げのためと思えば納得 -- (名無しさん) 2017-03-08 12:32:48
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最終更新:2011年10月17日 12:08