【父想う】

「 父親?なんでそんな急に」
ウォーチたちの異世界出立前夜、酒盛りの席でそんな話題が飛び出した。
「だって今日って父の日じゃん」
クロトがカクテルを作りながら返す。
ああ、そう言えばとカレンダーに目をやる。
確かに日付の下に父の日と書いてある。
「ち、父親かぁ。おれは博士になるのかなぁ?」
答えたのはスラヴィアンのウォーチ。
「博士?誰だそりゃ?」
「イゲンナ博士だよぉ。小さいけど領主持ちで氷漬けだったおれを起こしてくれたんだぁ」
スラヴィアンからすれば創造主こそが父親なのかもしれない。
「坊ちゃんの父君は…」
「なんでドランが紹介するのさ」
一升瓶を抱えたドランを制してクロトが続ける。
「ただの炭坑主だよ、今はちょっと療養中だけど」
「へぇ、そうなんだぁ。ドランは?」
「あ?俺の父親はその名も高きセダル・ぐぁ!!」
すかさず空のグラスがドランの脳天にヒットする。
放ったのは言わずもがな…
「はい、いつも余計な事言わないって言ってるよね?」
クロトだ。目が座っている。
投げつけたグラスは先ほど作っていたカクテルのものだ。
もう空けたのか、コイツ。
「色々あるもんだな」
「オメーはどうなのよ、ジョウジ」
「…知ってンだろ。だいたいは」
「はっきり言いやがえぼぁ!」
再びドランの脳天にグラスがヒットする。
「空気読みなよドラン」
「いいって。気を使われると何となく話したくなった」
ここまで来たら、改めて話したくなった。酒の力もあるだろうが。
「とりあえずは殺陣バカで役者バカで、俺の師匠で…」

「んじゃあお土産楽しみにィしてやがれぇ!…うぇっぷ」
「その前に一回吐いとこうか」
時間も時間でお開きとなり、クロトに介錯されながらドランは寮のトイレへ消えていく。
「…丈児は恨んでないの?」
残されたウォーチが俺に問いかける。
「おれさ、少しだけ博士を恨んだことがあるんだぁ」
「なんでまた」
「饗宴で、色々あったんだぁ。その時は何でおれを蘇らせたんだって」
珍しくウォーチの目に仄黒さが増す。
「結局博士の所に帰れたら全部ふっとんじゃったけど」
「そうか。俺は半々だな。生んでくれて鍛えてくれた恩、こんな目にあわせやがった仇といつかぶん殴ってやりてぇって気持ちとで整理がつかねぇや」
強くてかっこよくて、酒が好きでよく笑って、面倒見がよくてちょっと恥ずかしがり屋で、異世界に行けない原因を作った親父。
少しでも手を伸ばそうと足掻いてみたら今年はお祭り特赦すら潰された。
本当にぐちゃぐちゃした感情しか沸いてこない。
「そっか…うん」
「でもよ、オフクロと出会えたし、みんなとダチになれた」
「うん…」
「そう考えるとまだ結論は出ねえな」
「うん、丈児らしくていいと思うよ」
「何だよそれ」
「言葉通りだよぉ、じゃオヤスミー」
ふらりふらりとウォーチも自分の部屋へ戻っていく。
その姿、リングネームに違わぬ落ち武者そのもの。
俺らとレス部の一部しか知らないウォーチの秘密だがあの様子だといつかはバレるんじゃないか。
廊下の向こうにウォーチが消えて、「ドランはこっちで預かるから」とクロトから連絡がきた。
出立は明日の朝、そのままウォーチもドランとクロトもしばらく会えなくなるわけだ。
一人というのを実感すると急に寂しさが身を包む。
「こうなるのも運命だったのかな」
呟いてふと春先からやたら付きまとってくる青鬼の女の顔が浮かんだ。
彼女は自分をことある事に運命の人だとか言っているが…
「まさか、なぁ」
一人ごちて部屋に戻ると冷蔵庫のビールに手を伸ばす。
机の上に飾られた父と二人で撮った写真の前にグラスを置いて
半分注いで、残りのビールを一気に飲み干す。
こうして元原丈児の父の日は終わっていくのであった。



父の日ということで一本。
それと4月1日ネタで元原と柚鬼のファーストコンタクトを書いてくれたとしあきに感謝を→【刀追いし者】



  • kono -- (名無しさん) 2015-06-17 04:11:08
  • この感じ、染み入る。というか学生のオーラじゃない飲み屋の雰囲気と〆にしんみり -- (名無しさん) 2015-06-17 04:13:10
  • 普通に学生生活を送れば普通な生徒になれそうな元原。そうできなかった理由があったりするんだろうか -- (名無しさん) 2015-06-19 02:39:30
  • 元原家族はわりと話で出てきたけど他三人の家族って新鮮だ -- (名無しさん) 2015-06-19 23:01:26
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最終更新:2015年06月17日 03:04