建物が破壊され、いたる所から黒煙がくすぶっている。
倒れた生徒の呻き声が悲惨さに拍車をかけている。
この場所がしばらく前まで活気溢れる学び舎の一角であったとは誰も想像できまい。
しかし息吹なき地獄絵図の中において、満身創痍ながらなおも闘志を燃やす一人の男子生徒の姿があった。
その男、名を──
「元原キィィィック!」
──不良人間、元原丈児!
元原の蹴りが鰒人の身体を貫いて膨らんだ腹に溜まった何かが空に舞う。
血を流しすぎたのか残心の元原が大きく体勢を崩した。
「隙ありぃ!」
突進し組み付いてきたのは巨漢の鯨人。
ブレザーの襟口を捕まれ、揺さぶられ、元原の視界が歪む。
体格差は大きい。普通なら投げ飛ばされ勝負はついていただろう。
対して元原は腰を落とし、脱力し、丹田で踏ん張り、つま先は相手に相対し、膝をバネとし、相手より頭を低く、足裏で大地を掴む。
元原にとって散々父に叩き込まれた基本の型だ。
「元原五月山おろしィ!」
動揺した鯨人の襟を掴み返し力任せに投げ飛ばす。
「元原二段流星キック!」
校舎の壁にめり込んだ脳天と鳩尾に安全靴が突き刺さり鯨人は動かなくなった。
直後頭上より爆撃投擲が降り注ぐ。
爆発と崩落に巻き込まれ元原が瓦礫に埋まる。
「やったか!」
爆撃を指揮していた蟹人が勝利を確信し、喜びを漏らした瞬間だった。
「元原螺旋地獄突き!」
瓦礫の下からえぐり込むようなアッパーが不用意に近づいた烏賊人の股間を捉えた。
男として戦士としてもリタイアだろう。
だが一人二人倒した所で多勢に無勢、劣勢は変わらない
彼を取り囲むのは無尽蔵の敵、敵、敵…
「長かった…貴様に受けた屈辱、敗北の数々…。今こそ!バトルトーナメントの大義名分によって!一気に雪辱を果たすのだ!」
グロテスクな要望の鮫人がマントを翻し、檄を飛ばす。
「行けぇ!鱗人連合よ!」
「元原丈児の通行証を手中に収めるのだ!」
片目の貝人と鎧装束のウツボ人がそれぞれ軍配と刀を振り大勢の鱗人たちを指揮する。
そもそもの始まりは今年の
ゲート祭のメインイベント、「大バトルトーナメント」の発布に遡る。
血気盛んな学生たちは本戦を目指し、学内のいたる所でバトルが展開された。
だがあくまで資格があるのは通行証を持つ者のみ。
如何なる経緯か、人亜共生を謳う十津那学園において元原丈児は何故か通行証を持っていなかった。
その上、喧騒があれば必ず中心にいるはずの彼が今回ばかりは輪の外にいる。
いくつもの憶測が飛び交った。
ある時、ひとつの予想が飛び出た───
「あの男はすでに本戦出場が決まっていて無駄に勝負をしないために、あるいは卑怯にも負けたくないがために通行証を隠している」
と。
まことしやかに囁かれ、信じられ、バトルの矛先は彼と彼が持つであろう通行証に向けられることとなった。
「だから持ってねえってのォ!」
怒号とともに十重二十重に飛びかかる鱗人をかいくぐり、いなし、打ち据える。
その固まりの遠間合いから様子を窺う蛸人があった。
蛸人が担ぐは鎖付きの鉄球。
引き回し、振りかぶり、ブン回された鉄球の破壊力が襲撃者ごと元原を捕らえ、そのまま校舎の壁に叩きつけられる。
「ぐっ!」
さすがの元原も呻き声を上げ吹っ飛んだ。
蓄積してきたダメージで体は思うように動かない。
現状は多勢に無勢。
校舎のかなり中の方まで抉り飛ばされた今、撤退するには好機だ。
しかし売られた喧嘩は最後まできっちり買うのが元原の信条だった。
僅かな躊躇いが追手にとっては好機となっていた。
「見つけたぞぉ!」
複数の鱗人が廊下を駆けてくる。
見つかった。戦う他あるまい。
元原が腹を括って立ち上がったその時、ちょうど鱗人連中との中間あたりに人影が現れた。
その姿、鬼。女子の制服に身を包み、折れた角に片目、青い肌、特徴的な篭手と具足──
「くっそ!毎度毎度!」
彼女は元原の知る人物だった。
巻き込むわけにもいかず、元原は一気に距離を詰めると首根っこをひっつかんで一目散に逃げざるを得なかった。
「ったく、なんであんなとこまで着いてきたんだ!?えーっと…」
先ほどの戦場と化した校舎群から離れ、二人はまだ損壊の少ない部室棟の辺りにまで避難していた。
「柚鬼。いい加減覚えてよ」
「んあ、すまね。なんつーか人の名前覚えるの苦手なんだよ」
ばつが悪いそうに頭をかいて、元原は押し黙る。
こいつ…柚鬼はよくわからない奴だが芯を感じる。
だから掴みかねる。彼の中の彼女感はそういったモノだった。
「運命の出会いをした人を忘れるなんて…丈児、ひどい」
突如、大袈裟な仕草で泣きはじめた彼女の姿ももう見慣れた。
最初の頃こそ戸惑い、居合わせた不良仲間たちから非難を受けたりもした。
だが何度も続けば…というわけだ。
無反応な彼の姿を見て今度はぴたりと泣きやんだ。
これまた慣れっこだ。
いつもの無感情に近い抜けた顔。
もはや逆にこの立ち姿に安心感すら覚える。
「…終わった?」
彼の問いかけにコクコクと頷く柚鬼。
「んでなんであんなとこにいたんだよ?ええ?」
「丈児は運命の人だから居場所はすぐわかるの」
「またそれかよ」
元原の口からため息が漏れる。
「あのなぁ…念のため言っとくがよ、俺は運命なんて信じちゃいねぇ。結局は業なんだよ、業」
「業?」
「そう、業。そいつだったりそいつの周りだったりがやった事、やらかした事が帰ってくるんだよ。運命なんてのは言い訳だろ。
そうしなきゃ理解できねえ納得できねえから運命って言葉のせいにして諦めて、大義名分にしやがるんだ。
俺は諦めねえぞ。たとえどんな理由があったって屈服なんてしたかねえの。
おわかり?」
「わからない」
「わからんのかい」
「でも……なんとなくわかるかもね」
言いながら片目に指を這わせる柚鬼の姿はそれまでとは異なり、妙に惹かれた元原は思わず呟いていた。
「…なんかあったのか」
「…ううん、気にしないで」
「あ、ああ。ならいーけどよ…」
むずがゆかった。人ならばこの思いを恥ずかしいと表現するのだろうが、肝心の元原に期待するのは酷というもの。
行き場のない何かに密かに悶絶していると柚鬼がじっとこちらを見ているのに気がついた。
「……」
「どした?」
「優しいね」
とりあえずの間潰しに予想外のブローが返ってきて、悶絶は更に加速する。
「んなっ!?いきなり何てこと言いやがる?!」
「それでいて強くて、脆い」
「勝手に分析すんなよ!」
「…何かあったの、丈児?」
「うっせ!気にすんなっつーの!」
「…っぷ」
「…くっ、ふっ、ははは…」
同じだけど今度は逆の掛け合いに二人は静かに吹き出す。
つい先ほどまで殺伐とした大喧嘩に身をおいていたとは思えない朗らかさであった。
「いたぞぉ!」
大声が二人の空間を引き裂いて、壁が砕けた。
大小に崩れる瓦礫の向こうから巨大な鉄球と蛸人とめいめいに武器を構えた鱗人どもの姿が現れる。
「アブねぇ!」
元原が咄嗟に瓦礫から柚鬼を庇った。
くどいようだが今の彼は度重なるバトルで満身創痍だ。
いつもならダメージにすらならなくても今は違う。
だがこの鬼の女を守らなくてはならない、という突然沸き出した思いが体を突き動かしていた。
礫のごとき降り注ぐ瓦礫とともに鉄球が元原を襲う!
……はずだった。
覚悟で瞑った目を開けるとそこにあったのは鉄球を難なく受け止める柚鬼の姿だ。
「何してやがる!?」
「大丈夫。私、強いから」
言うが早いが鉄球を斜め後方に捌き、柚鬼は張りつめた鎖の上を駆け出す。
まさかの事態に蛸人も元原もあっけに取られていた。
そして懐まで飛び込んで鎖の手元をしこたま蹴りとばし、着地と同時に顎を蹴りあげ、意識のトンだ蛸人の脳天を蹴り落とす。
巨体が崩れ落ち、柚鬼が元原の方に振り返る。
「ね」
「ね、じゃねーよ!後ろ!」
いつの間にか二人を取り囲んでいた鱗人連中の渦から木刀二刀流の鯱人が飛びかかり、柚鬼の背中目掛けて振り下ろされようとしていた。
一瞬反応が遅れた柚鬼の脇をすり抜け、今度は元原が敵を迎え撃つ。
「元原霞蹴りぃ!」
初撃の踵落としが肩を捉え、刀をこぼして構えが解ける。
股間を蹴り上げて、とどめに鳩尾に蹴り抜かれ、くの字に折れ曲がったまま鯱人が崩れ落ちる。
「ハァ…ハァ…おい柚鬼、さっきの蹴り…」
荒く肩で息をしながら駆け寄った元原が柚鬼に掛けた言葉は意外にも心配ではなかった。
だがそれは当の柚鬼も同じこと。
黙していたが瞳は明らかに動揺していた。
何故、貴方がその技を…と。
その瞬間だった。
「グルゥアガァァァァ!!!」
鉄球蛸人が意識を取り戻し、二人に襲い来る。
「柚鬼ィ!」
「ッ!」
二人同時に跳びすさり、鯱人の木刀を拾い上げて構える。
低く、地面すれすれを伏したかのように駆け抜けて元原が蛸人の体を左下から右上に斬りあげる。
その低いままの体勢を飛びぬけざまに柚鬼の木刀が左肩を打ち据え斜め下に振り抜かれ、返す刀のツバメ返しで逆胴が見舞われる。
連撃によって朦朧とした蛸人の視界の中で柚鬼がまたも刀を返す。
三撃目に備えようとしたが柚鬼はそのまま体側をすり抜けていく。
虚だ。フェイクだったのだ。柚鬼の陰に隠れていた元原の渾身の胴薙に今度こそ蛸人は倒れ伏す。
一団のボス格が破れ、包囲網がわすがに緩む中、残心のままの二人は周囲を歯牙にもかけず、目線を交える。
初戦の蹴りは単なる偶然だったのかもしれない。
だが蛸人を倒した刀はどうか。
最早二人の中には確信に近いものが生まれていた。
「聞きてぇ事がある」
「私も…」
木刀を捨てて居直り、互いに相対する元原と柚鬼。
柚鬼の顔からは普段元原に見せている少し抜けた表情は消え、元原の髪は正に怒髪天を突かんとしていた。
「一生必死」
先に口を開いたのは元原だった。
「一つ生あるなら必ずや死あり…一死必生」
答えてさらに返す柚鬼が元原の目を見据え、僅かに半歩進み上体を半身、手刀を柳に構える。
「一つ死にたくば必ずや生きるべし…どこで、誰に教わった?」
静かに言葉を紡ぎ、元原は大きく後ろ足を引き、拳を引き絞り脇構えで迎え撃つ。
「それは私の台詞」
「その言葉、熨斗つけてそのまま返す…!」
「答えて、元原丈児」
「答えねえなら身体に直接聞いてやる!」
「こっちこそ、その言葉そのまま返す」
「痛い思いしても知らねぇぞ」
「痛くても成さなくちゃいけないことがある」
「俺だって痛かろーがやりてえことがある」
「……やはり丈児は運命の人」
「ああ、これは運命だ」
「もう一度言う、丈児…!」
「これ以上は拳でだな、柚鬼…!」
「どうして!」
「お前が!」
「「知っている!?」」
同時に吠え、両者同時に駆け出す!
一生必死、一死必生──この言葉、知る意味とは!?
そして二人の決着や如何に!待て次回!
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最終更新:2015年06月27日 15:43