「ただいま…」
大きな木扉が開くと草香を抱く夜風と共に人間、男が入ってくる。
走っていたのだろうか? 背広も片手に脱ぎ持ちシャツとネクタイは緩んでいる。
「おかえりなさい。今日も何か寄り道? 昨日はミノータさんの荷車の車輪が折れてたのを助けてて、一昨日はベアンさんの子の帽子が木の上に引っ掛かってるのを取ってあげてて遅くなったんだっけ。
で、何があったの?」
男を出迎えたのは夕餉の支度も終わったところの若い
ケンタウロスの女性。
短い髪と同じ様に短い尾を振りながら扉枠に持たれかかり動けないでいる男に掌ほどの木の実を渡す。
「ああ、ありがとう。 いや、なに。途中の野原でラナヴァンが肉ミミズを見つけちゃってね…そのまま私をほっぽり出して本能のままにむさぼり始めて。
仕方がないから自分の足で帰ってきたんだよ」
渡された木の実に刺さる細い草茎から中の果汁を吸い上げた後、男はふぅと一息つき椅子に腰を下ろした。
「お仕事どう?もう慣れた?」
「御亭主よ、奥方様にもう少し肉を食べさせてやってはくれないか?どうも糞の味にパンチが欠けるのだ」
「ヤシオ…おかしな台詞を会話の中に被せてこないで欲しい」
ケンタウロスの足元でふわふわ浮く鉢植えの生える小さな椰子の木がおかしな台詞の主である。
先ほど男が飲んだ木の実は椰子の木に成っていたものである。
「領主の館での仕事は多種多様だけど遣り甲斐はあるね。自分が培ってきた知識と技術を活かせるのは楽しいし、日々
イストモスを発掘している気分だね。
あと肉は貴重だから、そう食卓に出すわけには行かないんだよ。 …と以前言わなかったかな」
椰子の木はふぅと溜息をついて納得したのか、ふわふわと部屋の隅にある水桶へ寄っていった。
「只今なのだわ。今宵の肉ミミズはまた一段と美味だったのだわ。きっと枯れた星草が良質の餌になっていたのだわ」
大きな扉を平然と鳥脚で押し開き入ってきたのは馬並みの大きさの鶏と鳩と駝鳥を足して割ったような何とも形容しがたい鳥であった。
「いやいやラナヴァン、乗用獣としての自覚をもうちょっと持ってくれないと… せめて食事は家に帰ってからにだな」
「ワタシは気高きワイヴァーン。空は飛べずとも地を風のように駆ける鳥竜なのだわ。 背に乗せてあげてるだけありがたく思うのだわ」
鳥なのに喋る喋る。 そして鳥は部屋の隅にある餌桶を突き始めた。
「で、夕飯にする?それともお風呂?」
私、十津那学園で教鞭を取っていた者です。 今は西イストモス西部でも田舎と言われる地方の領地で運営政策などの業務に携わっています。
一介の教師が何故そんなことになってしまったかと言うのは紆余曲折…とでも言いましょうか…
生徒の一人であったケンタウロスと何やかんやありまして、遂には結婚することとなった次第。
まぁそうなればなったで戸籍だの法律だと何だのと問題多発。さてどうしようか困っていたところに
「それでは彼女の故郷に行って暮らせば良いのではないでしょうか? もしそれで問題があるのなら
ミズハミシマで家など都合つけましょう」
という理事長の鶴の一声で彼女の故郷で挙式、夫婦となり一緒に暮らすこととなった次第であります。
不肖 丸山 長田(まるやま ながた)、四十半ばではありますがイストモスで新たな人生を送っております。
私、地球へ留学してたけど結婚出戻りで故郷に帰ってきたケンタウロス女子!新妻って言うのかな?
私と先生の出会いはとってもショッキングだったなー。 まさか地球だと下半身にも服着ないとダメだったなんてね! 故郷じゃ布は貴重だから寒くならないうちは下半身丸出しなのよねー。
アウトー!な格好で初登校の途中で先生に呼び止められて説明されて背広をスカート代わりに貸してもらって事なきを得たんだっけ。
それから何やかんやと相談に乗ってもらったり地球での暮らしを手伝ってもらっているうちに…え?この先も言わないとダメ?ちょっと恥ずかしいかなー。
そうこうしていたら付き合っているのが学園に知られた先生が「責任を取ります」と言って結婚することになって… 故郷に戻ってきたのねー。
領主だった父は放浪癖を発症して半年前から行方知れず。 仕方なく叔父さんが代理として領主になったんだけど慣れない仕事で右往左往。
そこで先生が新しい仕事ってことで政務だのに就いたんだー。意外とこれが上手く回って領地でも珍しい人間ってこともあってあれこれ頼りにされちゃって。
私、 丸山 ウィナス、十八歳も安心して畑仕事と家事に頑張ってるってワケ!
「先生、あの背負って帰ってきた荷物って何?」
「いやもう先生はやめましょうって…やはりどうにもならないかぁ。 あの荷物は今度領地で作ろうと思っているもので…」
長田が荷紐を解くと横3メトル、縦5メトルのマットが広がる。
表面には細い太いの混ざった50サンチ前後の繊毛がびっしりと茂っている。
「ケンタウロス用の布団だよ!」
干草では草が千切れたり服に紛れ込んだりしてしまう。 しかし地球でテンピュールを試した時は、あわや布団に沈没窒息するところであった。
重要なのはクッションと程よい隙間であり、それを実現させたのがこの“毛虫となめし皮の合わせ布団”である。
「以前オーストラリアから
マセ・バズーク観光に行った際に世話になった優秀なガイドさんがいてね、その人のツテを使って虫素材の入手ルートを確保したんだよ。
柔らかすぎないこの固さ、そして切れない抜けない毛! それが生える虫皮をなめし皮で補強したというわけだ」
「ならさっさと試してみるのだわ」
二人の背を素早く二連キックするラナヴァン。 人間とケンタウロスは共に毛布団に倒れこんだ。
「うわ!干草みたいだからテンピュールみたいに圧迫されないから息できるー!横になって寝るのって気持ちいいよねー」
「まぁこんな感じでケンタウロス以外も普通に使ったりできるんだよ」
ケンタウロスと人間が並んでもこぼれない大きさ。
「先生って本当に色んな物を作っちゃうよね。本当、一緒にいて楽しい」
「おじさんも生きるためにお仕事頑張ってるんですよ」
「「…」」
寝転び向き合う。重なる目線が二人の言葉を抑えた。
「御亭主、奥方様。寝るのなら灯りを消すが?」
「ワタシは外の小屋に戻って寝るのだわ。おやすみなのだわ」
「はっはっは!食器の片付けがまだなんだから寝るわけないじゃないか」
「私、洗い場に水運ぶねー!」
二人は飛び起きていそいそと片付けを始める。
「そう言えばお父さんはまだ帰ってこないのだろうか?」
「うーん… 父って放浪通り越して放蕩かってくらい自由気ままだからねー。長い時は一年くらい平気で帰ってこないから」
「…それでよく領地がもってたね」
「うーん、ここら辺の地方って元々領地がどうこうとか領主がどうこうってのが薄いから皆自分で生きているって感じなの。
父もほとんど税金とか取ってなくて都から派遣員がやってくるたびに注意されてたっけー」
「…だから領民が寄らない場所は荒れ放題なのか」
「自給自足が基本だから都みたいに狗人の従者とかいる家もないしねー」
片付けが終わる。 すでにヤシオは部屋の隅で寝息をたてている。
「油も勿体無いしそろそろ寝るとするか」
「ねねっ、先生先生!この布団で一緒に寝よっ」
既に毛の中に横になっているウィナスが爛々と目を輝かせて諸手をあげて誘う。
「…今夜は走って疲れているから、一緒に寝るだけだぞ?」
「えっへへー♪今までだとベッドが分かれてから一緒に寝れなかったから嬉しい!」
灯りの消えた部屋の中。差し込む星の明かりよりも明るい彼女の笑顔に疲れも吹き飛びそうになる。吹き飛びそう。…いや、やはり無理のようだ…
(この歳から体を鍛えるのはちょっと厳しいかな…?)
- あまーい。異種族で一緒に寝れる布団いいな。生徒に手を出しちゃったら色んな意味で日本にいづらくなってただろうしイストモス移住は正解か -- (名無しさん) 2015-08-20 23:56:42
- ペットじゃなくて役に立つ同居人みたい。ヤシオ便利だ -- (名無しさん) 2015-08-23 01:40:27
- ケンタウロスが住むならやっぱりイストモスなのかな?広い国と広い家 -- (名無しさん) 2015-09-08 23:02:20
- 夫婦二人とヤシの樹生物と鳥飛竜の生活面白い。教師と生徒の恋愛も異種族ともなると今までにない進展があるんだろうな -- (名無しさん) 2017-02-14 18:03:20
最終更新:2015年08月20日 03:04