初めて彼女の存在を認識したとき
いい匂いがする、と思った
そして今日も
彼女からはいい匂いがする
あの子と私の未来的ポジション
私は猫人のエミー
元々は大延国の隅っこの村落で暮らしていたけど
今は訳あって異世界は日本のとある学校に通っている
いわゆる留学生?みたいなあれだ
あれだ、とか言っても向こうの世界ではそういうのはあんまり多くなかったし私自身ピンとこないのだけど
別の国にわざわざ勉強のために行って何年も留まるなんて、よっぽど熱意があるか教養を身につけないといけないお偉い人とか
そういう人のすることだと思っていたし
少なくとも私のような貧乏な村の娘のすることではないと思っていた
思っていたとかいうより考えたこともなかったと言った方が正しいだろう
それがどういった運命かこの教室にこうして座って授業を受けている
こちらの世界に来たばかりの頃はこちらの世界の文字だとか常識だとかを延々と教えられていたわけだけれど
最近では使いどころのわからない計算方法だとか化学変化?とか何とかいうものについても教えられている
クラスメイトは向こうの世界の連中ばかりで種族は多岐にわたる
一応クラスが決まる前に一緒に居たくない種族とか受け入れられない宗教があったりしないかとか聞かれたけれど
私はそういうの気にしないので「特にダメな種族とかはないです」って伝えた
あっ流石に私以外は男しかいないとかは勘弁してほしいとは言ったけどね
そしたらなんかすごいごちゃ混ぜなクラスに入れられてしまった
まぁ別にいいんだけど
以来、毎日のようにこの教室で授業を受けている
とくに代わり映えのない毎日
クラスメイトともあんまり打ち解けられてない
それは私のせいもあるんだけど
それでもこの生活にも慣れてきて
まぁまぁそれなりの日々を過ごしていた
村と違ってこっちはすごく便利だし慣れれば過ごしやすい
水は汲みにいかなくても簡単にいくらでも出てくるし
寮では何もしなくてもご飯を出してくれる
とくに水はあり難い
なんと火を付けなくてもお湯が出てくるのだ
これはすごい
毎日水浴びならぬお湯浴びができるのはなんとも贅沢
実を言うと私は猫人には珍しく水浴びが好きだ
他の猫人に比べて全体的に毛皮が薄いせいもあるかもしれない
毛が長い人は濡れたらさぞ重たいだろうから
授業さえ受けていれば食うに困らず、好きな水浴びも毎日できる
私はこっちでの生活が嫌いじゃない
そんな面倒ながらも結構素敵な毎日にある日変化が訪れた
こちらの世界の住人たちの通うクラス、いわゆる通常クラスとの交流会である
これまで校内ですれ違うことはあれどもこのように授業の一環として時間をとってお互いが関わることはなかった
クラスメイトの中にはワクワクしている人もいるようではあったけれど
正直私としては不安の方がだいぶ大きかった
やだなーやだなーなんて思いながらいつもの教室とは違う大き目の教室へと向かっているときだ
彼女と出会ったのは
目の前を横切った彼女は真黒な髪を長く伸ばしていて
眠そうな目をした身長低めのかわいい子で
そしてなにより
彼女は他の子とは違ういい匂いがした
前を行く彼女は私の目指すのと同じ教室まで行き
案の定そこに入って行った
それを見た私は少し呆けた後に慌てて後に続いて教室の中に入った
これが私の一方的で、そしてそれまでこの世界で経験したなかでもっとも印象的だった彼女との初遭遇だ
その後の交流会の間中私はずっと上の空だった
時々彼女を覗き見てはすぐに目をそらして
そしてまたあの匂いを思い出していた
交流会が終わっても頭の中はあの子のことしか思い浮かばなくて
まるで病気にでもかかってしまったかのよう
きっと私はこちらの世界特有の何らかの病気にかかってしまったに違いない
病気の発生源は彼女
彼女の匂いをひとたび嗅げば誰もが彼女の虜になってしまうのだ。たぶん。
翌日になっても病は治る気配はなく悪化する一途
結局私は体調不良を訴え授業を抜け出す
向かうのは昨日交流会のあった教室
行ったとしても彼女がいるわけがないし
どうせ鍵が閉まっていて入ることもできないのだろうけど
ただ何となく足はそちらに向かった
まるで本当に病気にかかったかのようだ
こんな行動はどう考えてもおかしいのに
大体私はこんなに行動的だっただろうか
いや、本当に行動的ならきっと彼女の教室の近くにでもいって彼女が出てきたところに声をかけるだろう
なんとも中途半端
彼女の居場所を調べる事も声をかけることもせず、昨日会った場所に向かうだけ
自分でもしょうもないことをしてる自覚はある
それでも足は止まらず階段を上がり、この部屋の方へと顔を向ければ
長い黒髪
低めの身長
そして何よりいい匂い
愛しの彼女が、そこにいた
あまりの驚きに体が固まった
ちょっと声も出てしまった
でも私は漏れ出た声を恥ずかしいと思う事すらできなかった
何故なら彼女がこっちに駆け出してきたから
ビクッと体が跳ねて、思わず後ずさりして
彼女に手を取られた
そしてそのまま引っ張られ、あれよあれよと私は屋上入口のスペースまで連れていかれてしまった
何が何なのかさっぱりで、ただいい匂いがして
「あそこ、他の教室から見えちゃうんだよ」
彼女の言葉で我に返る
「あっそうなんだ」
思いのほか感情のこもらない声がでた
彼女との距離は、結構近い
彼女は私より背が低くてツヤツヤした髪に目がいってしまう
少しうらやましいと思うのは獣人の毛はよく生え変わるから伸ばすことができないせいか
いや、きっと彼女の髪だからなんだろう
「私に会いに来たの?」
そう言って彼女が抱きついて来た
「えっ!?」
なにこれ?
もしかして夢?
そして彼女の腕は私の首に絡まり
顔が近づき、そして
私は唇を奪われた
私は父親を知らない
若い頃に村を出た母はその数年後にお腹を膨らませて村に戻って来たのだという
そして私が幼い頃に亡くなり、以降私は祖父母に育てられた
私の外見は他の獣人とは大分違う
他の獣人以外の種族に近いのだ
頭やしっぽなどの一部の部分以外は毛が薄い
顔も他の種族、鬼や
エルフや人間に似ている
歯だってあんまり尖ってないし肉球はあっても爪はあまり丈夫じゃない
足だって他の子より遅かった
きっと私の父親は獣人ではなかったのだろうと私は思っている
ちゃんと訊いたことはないけれど村のみんなもそう考えていたと思う
村のみんなはそんな私でもないがしろにしたりはしなかったけれど
でもやっぱりこの体は私にはコンプレックスで
だからこちらの世界に来る者を募集していると聞いて応募した
だってこっちなら私は他のみんなと同じ「異世界人」だ
変な獣人じゃない
でも、彼女と唇を合わせたとき
この体でよかったと思った
だって他の獣人のようだったらきっとこんなふうにはならない
下手したら私が彼女を食べようとしてるように見えるかもしれない
合わせた唇が一瞬離れる
でも彼女はすぐにまた合わせてくれる
ぎゅっとくっつけた体から彼女が背伸びしていることを感じ取れる
口には彼女の感触
呼吸するために吸い込んだ空気からは彼女のにおい
「いいにおいがする」
思わず漏れ出た言葉は私が彼女に出会ってからずっと思っていたことで
口に出せばその気持ちを行動で表すことを止められなかった
抱きついている彼女の首筋に顔をうずめる
「香水とかつけてないんだけど」
「でもいい匂い」
はじめて嗅いだ時からこの匂いは私を惹きつけてやまない
でもきっとそれは
匂いの原因が何かではなく
彼女からすることが重要なんだろうと
そう思った
後編へ続く
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最終更新:2015年12月15日 10:57