【いきなり最終回:ミズハミシマ争乱】

ほんの瞬きほどの差。
しかしその差が勝負において決着の一手になるということは戦う士であれば十二分に理解していること。
刀と鉄棍の交錯する最中、竜人に過ぎったのは敗北であった。
 最初から全力で戦うのに対して迷いを残し振るう刀が及ぶはずはないと
 ましてや相手は力も心も見知った相手
海からの軍勢が見守る中でいつまでも続くと思われていた戦いは停止した。
互いに武器を相手の体にあずける形で止まった二人であったが、程なくして黒鬼が前に崩れていく。
「何故その手を止めた…ッ お前ならはっきりと私に勝てたであろうに!」
水蜘蛛の秘毒に侵されながらもたった一人で陸の最後の番人となり海の全軍の前に立ちはだかった豪女。
陸の全ての権限を賭けたその勝負の中で魂を燃やし尽くし、終わった。
武人として斬り合った将軍にはこの勝負の勝者は己でないと十二分に理解していたが兵達はそうではなかった。
しかし、命の熱を放ち斬り合ったのを直に目にし感じた兵達の心に迷いが生まれるのは必然であった。
「えぇい!立っている将軍の勝ちであろう! 約定通り我らは進軍を止めず陸の全てを支配するまで戦う!
鬼首である白鬼の護者を倒した今、我ら竜宮城の勝利は目前である!」
後方からの怒声は鯰大大臣。場の空気を壊し無粋の極みだがそのようなことはミズハミシマ全土を手中に収める一歩手前の彼にとっては些末なことである。
「さぁ乙姫様、全軍へ進撃の言葉をお与え下さい」
煌びやかな衣装に虚ろな目。乙姫と呼ばれた女性の前に恭しく跪くも下卑な笑みを隠せずにいる大大臣。
「…う…あ…」
乙姫は震える手で力なく扇子を持ち上げるも、そこから声を出すには至らない。
(えぇい!この戦いさえ終えれば陸には戦力は残らぬのだ!早く言わぬか傀儡よ!)
「お待ち下さい乙姫様!この勝負は私の ───
「黙れ将軍!お前が勝った!何の問題がある!」
浜から浅瀬に浮かぶ台座へ訴える将軍の言葉を遮る大大臣。最早海の進軍は止められない。
 ─── その時

「武器を収めなさい!歩を止めるのです!私は一切の戦いを認めませんっ!!」
浜の傍らにある雑木林から息を切らせて走り出たのは、厳かな僧衣を熱と動きで乱した女性。
その姿を見た者全てがその場に硬直する。
「私は乙姫!これ以上戦いを続けるのは私が許しません!」
「お戻りになられましたか…私は信じておりました」
黒鬼の亡骸を抱える竜人の歓喜と痛切入り混じる表情を見て苦悶に目を閉じる乙姫。
すぐに動揺が全軍の中に走る。 乙姫が二人いるのだから。
「えぇい惑わされるな皆の者!乙姫様はずっとここにおられるではないか! 突如現れたあの不埒者の言葉など ───
「黙りなさいっ!!」
荒ぶる大大臣を一瞬で凍りつかせる一喝。
場全ての頭を押さえるほどの重圧に全ての者が魂の底から認識する。誰が本物の乙姫なのかを。
ゆっくりと海へ歩む乙姫の道を作る様に軍が開く。
一歩一歩近づいてくる毎に大大臣の体から汗という汗が噴出す。
(これだ…これなのだ! 転生を繰り返し龍神を沈め国に安寧を齎して来た乙姫であるという説得力!
いくら龍神の力を植えつけて仮初めを装うともそれだけはどうしようもなかった!
口惜しい…!これさえ傀儡に備わっていればあればあっという間に全てを動かし支配できていたものをっ!)
ふわりと浮いた体が御輿の上に、ついに乙姫はもう一人の乙姫と称する女性の前に立つ。
「龍神の鱗を体内に…何ということを」
乙姫は虚ろなままの女性を優しく抱くと涙を溢れさせる。
「かつての私と同じ世界から流れてきた貴女。辛かったでしょう、苦しかったでしょう。
私があちらへと飛ばされていた間、よくぞ乙姫となり国を支えてくれました」
「あぁ…うぅ…」
虚ろな目に微かな光が過ぎり涙が零れ落ちたかと思えば、見る見るうちにその身が灰となり ─── 消え去った。
全ての者が全てを察した。 が、しかし声を荒げる者も動く者も誰一人いない。
「お、おのれ…あと一歩、あと一歩であったのに…ぐぅぅう!」

 『どうした?まだ終わってはおらんぞ? 貴様の腰にある刀は何だ?憎悪が打ちし神屠(かみふり)の刀ぞ?力は貴様にあるのだ』

「…そうだ、その通りだ…」

 『さあ抜け!斬れ! それで国を統べるのは貴様となるのだ!』

「うっ…うぁああぁあーーっっ!」
頭を垂れていた大大臣が目を血走らせて突如立ち上がる。その手に黒い刀を抜き持って。
『どうした?乙姫。何を泣いているのだ』
乙姫と大大臣の間に水飛沫と共に顕現したのは人の形を取りし龍神。
飛び上がった大大臣は現実を認識すると同時に塵となり霧散する。 龍神の気に直接触れれば仕方がない末路。
「大丈夫です。龍神様はそこにいてくれませんか?」
『?よかろう』

乙姫の、御輿から海と陸の全てに発した争乱の終結と永遠の平和へ向けての陸への協力の願い。
宣言の後に鎮魂の舞が争乱で散った魂を弔った。
 「将軍、彼女が貴方を倒し軍を止めずに武器を止めたことを忘れないで下さい。
 彼女が貴方に託した思いを受け取り平和のために尽力するのであれば、そのまま将軍として国のために務めを果たして下さい」
「乙姫様…私は戦いましょう。この国の平和のために、友の求めた世のために」

乙姫の帰還により終結したミズハミシマ争乱。
以後、国は海と陸との共同歩調により平和へと進むのであった。
争乱で生まれた蟠りや凶力も時が癒してくれると信じていたが、争乱の最も深くに蠢く闇だけは誰にも知られずに ─── 消えた。


かつてミズハミシマで起こった海と陸との争乱の最後を想像してみました

  • 乙姫がいればおきなかった争乱だったんだなと納得 -- (名無しさん) 2016-02-08 00:13:52
  • 乙姫の偽者で争乱を動かしたというのはアリかも知れない。やっぱり黒幕ありきって背景なのかなぁ -- (名無しさん) 2016-02-08 21:39:19
  • 争乱の背後に操ってた者がいるというのは便利だけど納得できる -- (名無しさん) 2016-03-20 19:45:58
  • 様々な思惑が作った流れの中でいくつもの悲劇が起こって…と思わず想像してしまった -- (名無しさん) 2016-04-11 09:12:56
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

j
+ タグ編集
  • タグ:
  • j
最終更新:2016年02月07日 21:11