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【鯨都 -2品目・血糊貝の浜焼き-】

「それ、気をつけろよ。
 そんなに顔を覗き込んだら、………ぁ」
と、ミレイがわざとらしく言い淀んだので嫌な予感がした。
湯気を上げる金網の上から慌てて顔を引っ込める。
ミレイへと振り返ると変わらずの彫刻のような無表情だったが、どことなく「ちっ」とでも舌打ちをしそうな稚気が瞳に浮かんでいた。
「言うんじゃなかった」
「なんなンです」
「まぁ、見てな」
周囲を騒ぎ立てるわ行き交うわする有象無象に集られているばかりか、背中に登って皮を切り刻むなどという無体をされているにも関わらず、鎧鯨は海の上に背中の一部を浮かべてのんびりと日光浴を楽しんでいる。
そんな彼、あるいは彼女を尻目にわたしたちは始まったばかりの鯨祭、その喧騒のただ中にいた。
鎧鯨をぐるりと囲んだ屋台たちのひとつで足を止めたわたしは、じっと金網の上の代物を観察した。
この屋台でやっていること自体は我が祖国にも探せばあるものだ。いわゆる浜焼き小屋。金網の上に獲れたての海産物を並べ、じっくりと焼き上げるシンプルかつ奥深い調理を施す店である。
老齢で皮膚がたるんできている魚人(おそらくフグに近しい魚人だと思われた。顔つきといい、膨れた腹といい)がぼんやりと金網の前に座って売り物を焼いている。
金網の下で店主同様、くたびれた様子の火精霊がちろちろと舌を伸ばして海産物に焼き目をつけていた。そのくせ、品をひっくり返すときだけ店主は蟷螂が獲物を捉えるが如き機敏な動きで鉄箸を振るっている。
プロの技だ。熟練の妙技だ。たぶん、きっと。
さて、とはいえ。私が足を止めたのはその店主の燕返しとでも呼ぶべき焼き加減の調節を見たからではない。
「綺麗な色ですよね」
「見てくれはな、外見の」
金網の上で貝が焼かれていた。二枚貝だ。殻の大きさは祖国の養殖牡蠣くらいであり、結構大きい。
太陽の光を浴び、きらきらと光っていた。緑色や青色、紫色で構成された虹色の光。しかし人工的に生み出された気味の悪い虹ではない。
地球のアワビやヤコウガイなど一部の貝も持つ、いわゆる構造色というものである。ミクロン単位で組み上げられた縞模様が光を反射して輝く、のだったか。
専門家ではないのでその程度の知識だ。真珠が何故美しく輝くかといえばこの構造色を持つからとも聞いたことがある。
ただ本来貝類が持つこの輝きは殻の内側の壁に作られるものであり、こうして外側の殻にも自然発生的に露出しているのが不思議だった。
「アプニ貝。またの名を血糊貝。
 あなたと私たちも感性は一緒さ。こいつの美しい貝殻は工芸品の素材としても重宝されている。
 ま、主目的はその中身だが」
「血糊って、また物騒な」
「そう言われても仕方ない所以があるからな」
いいから見ていろ、とミレイが言う。
わたしたちが説明を受けている間に貝が美しき殻の奥に潜む身を晒そうとしていた。火精霊が慌てること無く同じ火加減で血糊貝を熱し続ける。
地球の二枚貝と同じく、焼いていればそのうちぱっくりと口を開くのはこの世界でも共通らしい。
魚や謎の甲殻類と共に屋台で焼いているくらいなのだ、さぞや美味なのだろう。やがて血糊貝が勢い良く、弾けるようにして貝殻を開き、滋味に富む身をわたしたちに差し出す―――

―――大量の真っ赤な血液をブチ撒けながら。飛沫がぴっとわたしの頬にかかった。

「………………………」
無言でゆっくりとミレイの顔を見ると、黙ってわたしの頬を指さされる。
拭うと赤い色素が私の指に付着していた。色といいぬるりとした感触といい、少なくともその2つの要素から判断すると血糊でしかない。
そうしていると次々に他の金網に並んだ血糊貝もその貝殻を開いていった。弾けるさまは景気良く、吹き出す血潮は人間の喀血である。明らかに致命傷。ご臨終。
そこまで来てわたしはようやく理解した。
「これ、アカガイのオバケだ………」
「アカガイというのが何なのかは知らないが、こんな調子なものだからミズハミシマにもこの貝が苦手なやつはごまんといる。
 逸話も山とあるぞ。あちらで戦勝の縁起物として扱われたかと思えば、こちらでは厄物として戦の前には食べるのを控えられたり。
 美味いんだけどな。親父、血糊貝をふたつくれ。……ああ、今ここで食べる」
ミレイが懐から取り出した小銭を投げると、焼き加減を調整するのと同じ俊敏さで受け取った老人がいい具合に焼けた血糊貝を鉄箸で金網の上から拾う。
黙って布切れに乗せわたしたちに差し出した老人は、また萎びた様子に戻って火精霊に炭を焚べた。色落ちした半纏がまた絶妙な加減で疲れた翁といった雰囲気を醸し出していた。
両手に血糊貝をひとつずつ乗せたミレイは、そのうちのひとつを一気に呷る。毒味とばかりに。
軽く咀嚼してつるんと飲み込んだミレイの口の端から溢れた“血糊”が垂れている。
………駄目だ。どう見ても生き血を啜っているようにしか見えない。今ミレイがそれに気づいて手の甲で拭き取った。
「うん。やっぱり美味いよ。
 この辺の血糊貝は名産だけあっていい味してるな。たくさん穫れるから安く売られちゃいるが、これ龍神への献上品なんだぜ。
 さっきも言った通り幸を呼ぶんだか不幸を呼ぶんだか地方によって分からない扱いを受けてるから、味の如何に関わらず絶対に食わないというやつも多いけどな。
 うちだと鰐が駄目だったか。あいつは何かと縁起をかつぐからなぁ」
「鰐?」
「私の同僚。それより、ほら」
ずいと差し出されたのはもう片方の焼けた血糊貝。
貝殻の中に溢れかえる真っ赤な血液がひたすらに食欲を減衰させてくる。これを飲み干せというのか。ゲテモノ食いをさせられている気分だ。
アカガイどころではないボリュームあるサイズの身までグロテスクに赤く、それがまた人間の内臓を思わせてよろしくない。事実内臓ではあるのだが。貝の。
さあ、食うべきか。食わざるべきか。何やら度胸を試されているような気もする。
我が国ではこう決まっている。食わず嫌いとは悪なのだと。その教えに従えば、ここでぐぐいといかねばわたしは大の大人にも関わらず情けない女との烙印を押されることとなる。
こうも決まっている。女は度胸も愛嬌も兼ね備えて然るべきなのだと。
私は―――祖国、日本国の女である。なればこそそれらの旧態然とした古き良き教えに従った。
ミレイの(おそらく好奇の)視線を浴びながら貝の中身を一気に口の中に放り込む。
感想は、そう。雑味こそあるが、確かに美味いの一言である。
かの血の色とは思えぬ、汁の潮風を感じさせる香り高き味。
噛みしめるごとに実感する、肉厚な身の牡蠣に似た濃厚な味わい。
それらが一体となった時に顕現する、潔さすら感じる喉越し。
龍神への献上品ということは祖国で言えば皇室献上品ということになるのか。それだけの格調高さを感じるには十分な逸品であった。
これでわたしは血糊貝、いやアプニ貝と言うべきか。この貝に対する偏見を取り払えた。はずだった。
ミレイがあんなことをしなければ。
全力で忌避感を騙していたわたしは耳元に顔を寄せていたミレイに気づかなかったのだ。
背がわたしよりも低い分、キュートに軽く背伸びをしていたミレイの顔がわたしの顔へ間近に迫っているのにようやく気づく。
わたしが意図を読めずにどぎまぎする中、ミレイは耳打ちするように呟いた。
「生き血を啜るとは、地球人も大胆なことをするな」
ミレイと同じようにわたしも口の端から“血糊”を垂らしていたのに気づいたのはその時である。忌避感が蘇り、盛大にむせた。
表情筋こそ全く動かさないものの、吐く息すら感じるほど近くにあったミレイの顔つきはいやによく覚えている。
氷の美貌。と、言うには。案外瞳は垂れ目で可愛らしいんだな、とか。



  • 食わず嫌い、なるほど異世界にあっても不思議じゃない。異世界屋台と血渋く馳走の様子がなんともおかしげ -- (名無しさん) 2016-10-19 07:17:14
  • 割と正体隠す気ないなミレイ。色んな貝料理食べたいなぁ -- (名無しさん) 2016-10-24 18:43:42
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最終更新:2016年10月18日 07:05