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【鯨都 -箸休め-】

「さて、ひと通りこうして見て回ったわけだが。
 盗賊集団とやらの尻尾はつかめず、と。ふん、こんなものだろ。
 まだまだ一両日ぶんたっぷり時間はある。わずか半日で四方を歩き回れたのは重畳だ。
 その間にだいたい顔は“覚えた”からな。残りの時間をかけて臭いところを当たっていこう。
 しかし何を盗み出す気なのやら。それすらこちらで調べろというんだから杜撰な依頼だ。
 仮に金だとするなら………屋台だからな。個人でやってるところの売上はだいたいそのまんま個人の懐に入る。
 まあ所詮個人の儲けだ。一部を除けば稼ぎなんて比較的には大したことはない。
 となると濡れ手に粟で一気にやるとしたら、だ。個人でやってない、連携して稼ぎに来てる連中の集金を狙うのが効率は良いだろう。
 鯨都では組合で稼ぎに来るのは自粛するというのが暗黙の約束だが、それでもやっているやつはぼちぼちいる。
 私にもそういう連中の心当たりがないでもない。となれば、そのあたりを目を光らせてみるとするか。
 3日目、鎧鯨が住処へ帰っていく日はどこもまともに商売する気ないからな。金を集めてやつらが打ち上げをやるとすれば2日目の夜。同じ時刻が盗みに入るならちょうどいい。
 夜霧に紛れて逃げおおせるのにも都合がいいというものだ。
 しかしこれは金だったらの話だからな。物品だとしたら……そうだな。
 盗人が狙うような、高額で取引される物品か……。真っ先に思いつくのは鎧鯨から剥がした鎧だが、あの切り出し屋共は職人気質の者ばかりだからな。
 用事深いし余所者は寄せ付けない。管理も厳重だ。盗みに入る余地があるかといえば難しいと思うんだが……。
 …………ん?おい、話を聞いてるのか?」


急に肩に重みを感じ、ミレイは思わず顔を傾けてそちらを見た。
同行者の顔がミレイの方に乗っている。瞳を閉じ、寝息を立てている……どうやら話の途中から寝入っていたようだ。
ミレイは少し驚いていた。我が身を断りなしに触れさせることはまず無いことだ。
殺気でなくともそういった意思を感じれば避けるか、叩き落とすか、振り向くか。能動的かつ即座に選択する訓練は積んである。
もし邪気ある者の魔手が伸びてきたならば、例えそれが不意打ちであれ我が身を霞と変えて刃を届かせはしない。
襲撃者は地に転んでようやく落ちた首が彼女のものでなく自分のものと気づくだろう。
しかしこのような経験を積んだミレイであっても“無意識”に対応するのは至難の業だ。邪念なき動きを捉えるのは難しい。捉える必要が無いからだ。
それが隣り合って座っていた同行者の体重が肩に乗るまで気づかなかったというのは、つまり。
「少し気を許しすぎているかな」
ふん、と鼻を鳴らす。肩に乗った同行者の顔がずり落ちないよう気をつける。
積年の過酷が彼女の表情筋を常に強張らせているが、所作にミレイの感情が浮き彫りになる。今のは呆れの感情を込めた鼻笑いだ。半ば同行人に、半ば自らに。
そう言った不意の内面の漏出をミレイは自覚しているし自制する気も無い。任務に携わる際にはどうせ奥底に封じ込めるものである。
だからこそ半分休暇ですらあるこんな時にまで縛るつもりは無かった。
船が大きな波に揺れて少しばかり傾く。ぎぃ、とミレイと同行者の座る木張りの寝台が音を立てる。箱のようなその寝台に棺桶のような印象を受ける。
人が集まるところにはあらゆる金儲けの形態が出現するもので、鯨都も夜となるとどこからともなく大きな船がやってくるのだ。仮宿船である。
主に観光客向けに近年訪れるようになったものだ。異世界、地球からの客をかなり意識しているようで彼らの形式にある程度沿った、比較的新しい業務である。
一泊はなかなか高くつくが大抵はすぐに満席となる。早めに押さえねば相当粗末な仮宿船を使う羽目となる。
個室のある仮宿船などピンキリで言えばピンの方、例えば今使っている部屋とてミレイが事前にコネを駆使してギリギリ一部屋やっと押さえることが出来たものだった。
部屋にあるものといえば明り取りの窓と寝台がひとつだけという簡素さだ。他には何もない。
たったこれだけでも思わず呻き声をあげるほどほど高いが、他人の部屋との仕切りに壁があるだけでその値段は鯨都の仮宿としては妥当に過ぎる。
だいたいミズハミシマに流通している仮宿船などある程度金持ちが相手の商売なので普段遣いできるものではないのだ。個室があるなど仮宿船の中でも最たるものだ。
いつだったか、さる高貴な方の護衛に部下と自分のふたりで就いた時の話。船旅において個室をあてがわれた、その際の部下のつぶやきがミレイは忘れられない。
―――久しぶりです。
―――“私ら”もだ。
無論ミレイの本業の都合上、任務とあれば何日も泥水の中に潜むなどさほど珍しいことではない。ただ、良いものは、良い。
牢獄を感じさせるような狭さであろうともあまりに快適過ぎた。破れかぶれもここに極まった野宿より遥かにマシだ。天国と地獄である。
今の部屋もその時とおよそ作りは一緒。この船では一番程度が低く一番数の多い三等客室。それでもこの上共同浴場までついていて何の不足があるというのか。況や文句など。
そう―――共同浴場。
月明かりとランプによって浮かび上がる同行者の姿をちらりと横目で伺う。今夜は皓夜だ、輪郭を溶かしつつもよく見えた。
光を受けてはっきりと陰影を描き出す、胸から前方へと突き出た巨大な2つの双丘。寝間着を押し上げて激しい自己主張をしていた。
「でかいな、こいつ………」
裸身を初めて拝んだ時は口が半開きになって塞がらなかったものだ。どこにこんなの隠していたんだ、こいつ?
中にはどろどろと粘る熱い液体が詰まっていそうだ。握りしめたら溢れてこぼれ落ちてしまうんじゃないかだなんて妄想した。
あんまりじろじろ見ないでくださいよう、と身体をくねくねさせる同行者をミレイは小突いたものである。
こんなものがついていてはどう考えても素早く動くのに邪魔なのでミレイにとっては無用の長物ではあったが、若干抱いた羨望を否めるほど女も辞めていない。
その殺人的な水風船が今、ミレイに寄りかかっているせいで半身に押し付けられていた。
はあ、とため息をつく。肉体の疲労以上の気だるさを感じる。
「本当に食ってやろうか、この女………」
20も半ばほど過ぎた女に無防備に伸し掛かられ、身動き取れない現状を筋肉鰐や腹黒鮫に見られれば大笑いされること請け合いだ。
歳の割には童顔の同行者が子供のように穏やかに眠りこけているのに胡乱な瞳を向け、ミレイは彼女の亜麻色の髪の毛を口をすぼめてそよがせた。
さて、もうしばらく“ミレイ”でいるとしよう。
ひとまず考えるべきはどうやら、自らが寝る場所を探すことであるようだった。



  • ミレイさん仕事熱心だし愛嬌あるし良いキャラだ楽しかった -- (名無しさん) 2016-10-27 00:05:48
  • 風呂入っちゃう?地球の列車みたいな感覚だミズハミシマの船 -- (名無しさん) 2016-10-27 07:01:47
  • いやーもうミレイ正体隠す気ナシで清々しい。これはミズハミシマ滞在が長引くとイケナイ関係になりそうな予感 -- (名無しさん) 2016-10-27 22:39:02
  • 一日の密度が濃いシリーズだね -- (名無しさん) 2016-10-30 20:27:44
  • 何日か滞在して鯨都を堪能する各地からの観光客は多そうだ -- (名無しさん) 2016-11-03 07:09:40
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最終更新:2016年10月26日 01:30