ノックもせずに部屋に入ってきたのは、生意気なクソガキ改め凶暴ナイフ女。
彼女はいつになく忙しない様子でいきなり告げた。
「デリカシー無し男はタイタンって知っているかい?ファティマとかソウルガジェットとか龍宝煌器とか呼び名は他にも様々なのだけど、クルスベルグ民なら知らないものは無いとされるとんでも武器の噂話のこと!」
デリカシー無し男なんてけったいなアダ名を甘んじで受けているのは、彼女のことを男と間違えた過去の自分への戒めである。
…門世界に来て亜人の挙動の観察にばかり気を注いでいたせいで、地球人の見分け方が疎かになっていた。という言い訳を今思いついた。ナイフ女に制裁を喰らう前に思いついていれば、微かに残る生傷も多少は減っていたかも知れない。
「ちょっと!ちゃんと聞いているかい!?」
「ああ、聞いてる聞いてる。FiveStarStoryに出てくる演算処理用有機的人造人間がどうしたって?」
「・・・君の耳は、どうやら飾り物のようだね。付いていても邪魔なだけだろうから、僕が切り落としてあげようか?」
いつの間にか、ナイフ女は音もなくナイフを取り出していた。ヘビのような視線を俺に浴びせている。
「なんですか?タイタンって?」
絶妙なタイミングで金魚が割って入った。本当の名前を呼ぶのは照れくさいので、普段は金魚とだけ呼ぶ。もし金魚が今お茶を差し出さしていなければ、俺の頭と耳は永遠に離れ離れになっていたかも知れない。ゾッっとする。
淹れたお茶をナイフ女へと差し出す金魚の動作は手馴れている。ナイフ女は金魚に礼を告げるとお茶に口を付けた。
「タイタンって言うと、パッと思いつくのは地球世界の神話に出てくる巨人のことだな。土星のこともタイタンと言うんだったか」
そういえば、異世界側では土星のような惑星も観察できるのだろうか。
こちらにも星はあるが、それら全ては星神の眼であるらしい。その場合、惑星は存在するのだろうか?それとも全ての星が惑星の語源ようにフラフラと振る舞うのだろうか?なんて、関係のない思考の渦に落ちていく。
機会があれば、いつか星空の観察をしてみよう。
「そう!巨人だよ!」
俺が言った『巨人』というワードにだけ反応したようにナイフ女は声を上げる。金魚はそのワードに少し心当たりがあったようで「あぁ、あのお話ですか」とだけ言った。
「鍛冶神が戯れで作ったとされる兵器の性質をもった9体の巨大機械人形で、それぞれに武器防具の属性が付与されていたらしい。亜神クラスの存在であり、それぞれが物凄い力を持っていたとか。しかもその内の一体、冠を司る武具人形は人間に擬態して
クルスベルグ建国前に存在していた帝国を実質的に支配していたって話もあるくらいだよ。ふふ。どうだい、馬鹿げでいるだろう?」
馬鹿げていると評価しているにも関わらず、ナイフ女の顔には冗談の二文字がない。
意外だな。
もっと気取った奴だと思っていたが、たかが噂話にここまではしゃぐとは。
「クルスベルグでは軽々しく口にできるような話題ではない、と聞いています」
事情を知っているような金魚は、ポツリとだけ呟いた。が、ナイフ女の耳には届いていない。
なんてことはない。こっちの世界に来るような奴には、少なからずこういうところがあるものだ。
「馬鹿げている話ではあるが、こっちの世界じゃそんなに突拍子もない噂というわけでもないだろう?」
何と言ったって異世界。耳に入る話の半分は聞き慣れない冗談のようなことばかりなわけだ。ナイフ女の持ってきた話は壮大ではあるが、それほど驚くようなものでもないように思えた。
「ふふ、噂…ね。噂話なら、僕もここまではしゃいだりしないよ。色んな人の話を聞いている内に気がついたのだけれど、この話を噂話にしたい人間と史実にしたい人間がこの国にはいるみたいなんだ。だからタイタンは実在すると思ったわけさ、ふふ」
「実在する理由にしては少し弱くないか?クソガキちゃん」
「ふふふ、女の勘だよ。甲斐性無し男くん」
『女』と言う部分に強いアクセントを置いていた。
もしかしてまだ気にしているのか。男と間違われたこと。
「噂話では、タイタンは殆どが封印、破壊されているらしいのだけれど、タイタン最強を謳われた剣を司る武王だけは隠居していて、まだこの世界で活動しているっていう噂もあるんだよ!ふふ、面白くないかい?」
俺は微かに嫌な予感を感じ取った。それは金魚も同じだったようだ。二人で顔を見合わせる。
「言い忘れていたけれど、タイタンは自分が司る武器の形態を取ることもできるらしい。鍛冶の神が創造した人化する剣。一度でいいから見てみたい、いや、触ってみたい!」
ナイフ女の言葉には、迷いや疑いが微塵もない。心から伝説の剣との邂逅を望んでいるようだ。
…まぁいいか。どちらにせよ今日はこの街で散策する予定だったし、丁度目的地を決めあぐねていたところだ。面白そうだと感じたのだから、彼女に付き合うこともやぶさかではない。
「というわけでさ。今から一緒に剣王を探してみないかい?」
「見つかるとは思わないが、楽しそうだから付き合おう。行こうか、金魚」
「どうせ見つかりませんよ?クルスベルグにはタイタンの捜索、確保を目的とした秘密部隊があって、失われた技術を求めて日夜世界各地を駆け回っているという話も有りますし。それでもまだ見つかっていないのですから」
子供に言い聞かせるような金魚の言葉。
確かにその様に強い存在がいるのなら、国をあげて捜索するのも当たり前だ。けれど秘密部隊の噂が元奴隷である金魚の耳にまで入るとは、クルスベルグは情報戦の大切さが未だに分かっていないのだろうか。
いや、こうも捉えられるか。『タイタン自体が本当に御伽話である』しかし、クルスベルグがタイタンという超兵器的存在を国を挙げて捜索しているとなれば、他国はタイタンの存在やその捜索部隊を警戒せざる得ない。だからタイタンに関する噂話をばら撒く必要がある。と
そう考えれると、よそ者の異界人であるナイフ女がすんなりとタイタンの話を聞き出せたことにも合点が行く。
しかし『タイタンが本当に存在する』場合でも、タイタンの存在を他国に知らしめることは十分に牽制の情報になりえる。ならば、タイタンの話を創作だと決め付けることは出来ない。
それなら俺は、夢が有る方を信じる。
「捜索部隊があるようだし、噂はますます信憑性を増してきたようだね。今すぐ出発しよう!ふふ、楽しくなって来たよ」
まだ見ぬ伝説の剣との出会いに想いを馳せ、キラキラと目を輝かせるナイフ女。
金魚がついた溜め息に気がついたのは、どうやら俺だけのようだった。