【ねむっていた ちからが めざめた 3-2】

この町のはずれ、商店街を抜け住宅地を通り過ぎ少し進んだ先に一軒の屋敷がある。
かなり昔からあるその屋敷はいかにも金持ちが住んでいたという感じの立派なものであるが、
もはやそこに住む人間はいないのか、特に手入れをされている様子はなく全体的に古ぼけている。
この屋敷の存在自体は俺も知ってはいたが、あくまで知っていたのはそういうものがあるということだけであって
昔どんな人が住んでいただとかいつごろからあっただとかそういうことまで知っているわけではない。
とはいえそれなりに大きいし立派な屋敷でもあるわけでその屋敷へ行く道くらいは知っている。
まぁ地元の人間にはそれなりに有名な場所であるわけだ。
温泉橋の言う魔女の住む館とはつまりそこのことであるらしい。
「そういえば小さいころに聞いたことがあったわね」
放課後にその館へと向かう道すがら、
一つにまとめた、ハルコほどではないが下せば背中に届くぐらいに長い髪を揺らしながら圧森がそんな事を言い出した。
そういえばコイツの家は俺やハルコの住んでいるあたりよりその屋敷に近い場所にあるんだったな。
「あの屋敷には魔女が住んでる。歳をとらず、ずっと若いままの姿で生き続ける魔女がいるんだって」
まぁ怪談みたいなものね。小学生くらいのころにはそういうのは流行ったりするでしょ?
と屋敷への道を先導しながら圧森は問いかける。
確かに子供というのは意外とそういった怪談だとか怖い話だとかを好むところがある。
俺とハルコの通っていた学校にも七不思議のようなものがあったような気もする。
本当に七つもあったかはさだかではないけど、学校の七不思議なんてそんなものだろう。
もしかしたら逆に十個くらいあったかもしれない。
「歳をとらないっていうとヒロちゃんの家族が思い浮かんじゃうね」
「確かに・・・・・・」
「・・・・・・ヒロ君の家族って歳取らないの?エルフか何か?」
確かに俺の母さんも祖父さんも実年齢から考えれば驚くほどに若く見える。
幼いころの俺はそれを不思議だとは思っていなかったし他の子の親もこんなもんだと思っていたのだけど、
一度友達の家に遊びに行ったときにその子のおばあちゃんだと思っていた人が実はお母さんだったということがあって、
それからウチの家系はあまり老けないのだと知ったのだ。
あの時は友情崩壊の危機だったがなんとかバレずに済んで本当に良かった。
結局その友達とは高校に進学してしまってからは会っていないんだけどな。
「俺の家族が異種族ってわけではないけど、ご先祖様に異種族がいたそうだ。
 だからなのかはわからないけど、ウチの家系には身体が強かったりあまり老けない人が多いらしい」
「鬼の血が入ってるんだよ!鬼だよ鬼!」
「鬼畜ってやつよ」
「鬼畜ではない」
さらっと圧森が嘘を教えようとするがすかさずストップをかける。
コイツは割と真顔で嘘を言うのだ。
本人はユーモアのつもりのようなのだが冗談めかした感じに言わないので周りはひいてしまうのだ。
美人だし悪いやつでもないのだが、周りは接しずらいがゆえに距離を取ってしまう。
つまり友達がいない。
ぼっちだ。
そのためなのかは知らないが圧森は温泉橋が来てから結構楽しそうな顔を見せるようになった。
小説を書いたりよく本を読んだりするのが好きなようだが騒がしいのも嫌いじゃないらしい。
「そういえば、らにちゃんは人間なの?」
「その聞き方は語弊があると思うぞハルコ」
「でも確かに気になるわね。別種族とか特殊な能力を持つ人間とか」
「ようこちゃんの言ってることはよくわかんないけどわたしは人間だよ?はだか見る?」
「そこまでしなくてもいいわ」
道を歩きながらも話している相手の方をいちいち振り向く温泉橋の姿は確かに他の種族にか見えない。
身長はハルコに負けず劣らず低いがそれだけだ。
まぁ俺は異種族なんて圧森の師匠さんくらいしかあった事はないのでもしかしたら見分けのつかない種族もいるのかもしれないが。

1人なら長く感じそうな道のりも4人で他愛のない話をしながら進めばさほど長くは感じないものだ。
細く人気のない坂を上ると古ぼけた、しかしそれでも立派と言える大きな洋風の屋敷がせりあがるように姿をみせる。
手入れのされてないように見える庭は長く人が住んでいないような印象を抱かせる。
「なんで幽霊じゃなくて魔女なんだろうって思ってたけど、実際見てみるとたしかに幽霊ってより魔女って感じするわね」
「ねー!こわいよね!」
「ハルコちゃんそれなんか違うしそこはヒロ君に抱き着きながら言わなきゃ」
確かに、全体的に茶色を基調としてレンガを多くつかったその屋敷は「魔女が住んでいる」なんて子供の噂になってもおかしくないような気がする。
だが俺としてはそんなことよりハルコに余計なことを吹き込む温泉橋の方が気になるしこわい。
これ以上こいつらがベタベタとくっついて来たら便所にも行けやしない。ただでさえ隙あらば、いや隙がなくとも張り付いてくるっていうのに。
「さて、来たはいいけどどうするんだ?勝手に入り込むわけにもいかないだろう」
「まぁそうね。人は住んでなさそうだけど流石に入口とか閉まってるでしょうし」
「いや、実はわたし何度か忍び込んでるんだけどさ」
「らにちゃんなにやってるの・・・・・・」
謎の行動のカミングアウトと同時に温泉橋は屋敷の敷地に踏み込んでゆく。本当にコイツは何を考えているのか読めない。
というか見つかったらまずいんじゃないだろうかコレ。
勝手知ったると何とやらとばかりにズカズカと進み屋敷の窓の一つに走り寄ると躊躇うことなく開けていく。
「ここが開きっぱなしなんだよね」
「お前は本当に何をやってるんだ・・・・・・」
「まーまー理由は後で話すからさーとにかく入ろうよ」
「そっそれはちょっとマズいんじゃないかしら・・・・・・」
「よーこちゃんって時々まじめだよね」
今までに何度もやってきたであろう温泉橋は当然として、基本的にあまり先を考えないハルコともう割と諦めている俺があっさりと室内に入る。
窓枠をまたぎ屋敷の廊下に降り立つと軽く埃が浮き上がった。最初に中に入った温泉橋の制服のスカートは窓枠についていたであろう埃で跡がついている。
「ほら埃」
「おお?」
深く考えずにその埃を手で払ってやると間抜けな声があがった。
しまった。ハルコにやる感覚でついやってしまった。
顔をみればなにやらニヤニヤとしている温泉橋と目があう。
あぁこれは絶対茶化してくるやつだ。コイツはそういうやつなんだ。
「やーん!なに?窓をまたぐときにパンツとか見えてムラっと来た?そこの部屋にベッドあるよ?ちょっと埃っぽいかもだけど」
「やっやーー!ヒロちゃん!あたし!あたしも埃ついちゃったから!はらってはらって!」
らにが俺の腕を引っ張り近くの部屋に連れ込もうとすれば反対側からハルコも引っ張る。一体なにがこいつらをここまでさせるのか・・・・・・
大岡裁きよろしく左右から引っ張られながら圧森の方を窺うと圧森はまだ屋敷に入っていなかった。
「どうした?圧森、入らないのか?」
「あっうん」
しかし返事はしたものの圧森は不法侵入に抵抗があるのか入ろうとしない。抵抗がないこいつ等のほうがおかしいんだけどな。
とはいえ圧森にしては意外な気もする。俺の家には竹刀片手にやってきたくせに。
もしかして実は潔癖症とかなのだろうか。だとしたら埃のおおいこの屋敷の中に入るのはつらいかもしれない。
「もしかして潔癖症とかか?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「でも入らないとわざわざここまで来たいみないよ?」
「うう・・・・・・」
「大丈夫大丈夫。見つかったことないから」
躊躇っていた圧森もハルコと温泉橋の言葉に渋々といった様子で窓をまたぎ室内へと入ってきた。
中に入った圧森はキョロキョロと周りを見渡しやや不安げな表情をみせる。
全く知らない家に勝手に上がり込んでいる状況で落ち着くはずもないとは思うが、どうもここに来てから圧森の様子がおかしい気がする。
いつもの圧森なら屋敷に入るまでは躊躇ったとしても、入ってしまえば開き直ってズカズカと進みそうなもんなんだが・・・・・・
「じゃあほら、たしかこっちになんか怪しい部屋が・・・・・・」
「あっ怪しい部屋?!ちょっとまってそういうのは最後に行くべきじゃない?!」
「いや、でも暗くなってきたしちゃちゃっと済ませるべきじゃない?そういう怪しいところからこそ新しい発想とかが生まれると思うんだよね」
なにやら慌てる圧森の腕を引っ張りながら先導していく温泉橋は実に楽しそうな笑顔を浮かべている。
あれは完全におもちゃを見つけた顔だ。
「なんからにちゃん楽しそうだね」
「あぁアレは多分こういうことだ」
圧森のオーバーリアクションを見て、この辺で俺もだいたい察していた。
開きっぱなしとなっていた俺たちの入ってきた窓をわざわざ力を込めながらゆっくりと閉める。
「うひゃあ!」
窓から鳴り響く金属のこすれる音に圧森が悲鳴をあげながら勢いよく振り返る。
その反応はいくら驚いたとは言えかなり大げさなものであり、振り返った圧森の顔は引きつっている。
ここまであからさまであれば普段からボケボケとしているハルコであっても察しはつくというもんだ。
「・・・・・・あっれぇー?よーこちゃーん?」
圧森の反応を見たハルコは笑顔をうかべて跳ねるように近寄っていくがその笑顔はいつもの何も考えてなさそうなものではなくどことなく意地悪な印象を抱かせるものだった。
そして今も圧森の腕をがっしりとつかんでいる温泉橋もまたニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべている。
可愛そうに。どうやらこの屋敷を出るまで圧森がいじられ続けることは決定してしまったようだ。

「怖いの?ねぇねぇ怖いの?」
「こわくねーわよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも温泉橋の足は止まらず、引っ張られる圧森もまた立ち止まることすらできずに屋敷の奥へと進んでゆく。
俺は少し後ろからついていくわけだが、歩きながら周りを見渡せばこの屋敷も完全に放置されているわけではないように見える。
というのも屋敷の奥に進むにつれて埃が減っているように感じるからだ。
頻度がどの程度かはわからないが時々誰かしらが様子を見に来ているのではないだろうか。多分裏口から入っていて正面の方にはめったに来ないとかだろう。
そうなるとやはり俺たちはこの屋敷の管理人か何かに怒られる可能性が出てくるわけだが・・・・・・
「ここだよここ!怪しい部屋!」
「いきなり地下室はハードルたかいとおもうの」
地下室という想定外の部屋の前へと案内され普段と調子の違う口調になってしまっている圧森の顔は明らかにこわばっていていかにもこの先に進みたくないといった風であるが、
ハルコも温泉橋もこの部屋に入らない選択肢など存在しないとばかりに圧森を部屋へと引きずり込んでいく。
「やーめーろー!!!」
「別に誰もいやしないよ。呪われそうなアイテムがいっぱいあるだけで」
「えっマジで?あたしも入りたくなくなってきたんだけど!?」
一瞬前まで調子に乗っていた癖に温泉橋のカミングアウトにハルコが慌て始めるが時すでに遅し、3人はもう部屋の中に入ってしまった。
ここで俺が部屋に入らずドアを閉めてふさいでみるのも面白そうだと思わなくもないがそれをやると後で絶対面倒なことになるので自重して三人の後に続いて部屋へと入る。
部屋の中に入って最初に目についたのは大きな木製の棚だった。壁を覆うように設置された巨大なそれには怪しげなアイテムやら本やら瓶に詰められた液体やらが置かれている。
部屋の隅には大きめのテーブルもおかれていてその上にもまた何に使うのかもわからないような器具がいくつも乗っかっている。
「なんていうか、実験室って感じだな」
棚にある物の中には見たことのない植物や小さな容器に入った謎の粉末などもあり理科室や理科準備室などを思い浮かばせる。
確かにこの部屋は「怪しい部屋」というのにふさわしいだろう。
「うっわー確かにこれは魔女ってかんじだね」
「バカでかい鍋とかあれば完璧だったわね」
ついさっきまで騒いでいた二人もこの部屋の醸し出すいかにも迂闊に置いてあるものに触ってはいけないという雰囲気に気圧されたのかおとなしくなっていた。
これまで通ってきた廊下と違いこの部屋はあまり埃も多くなく人が良く使っているように見えるというせいもあるかもしれない。
「他人の仕事部屋」に入った感じというか、なんとも落ち着かない。
「わたし知ってるけどコレむこうの世界のスーパー強力な惚れ薬的なヤツなんだけどヒロくん試す?」
しかしそんな俺の心情などお構いなしに好き勝手振舞うのが温泉橋という女である。
肝が据わってるとかそういうレベルではない。これが異世界帰りのメンタルというものなのか。
小さい紙に包まれたおそらく粉末であろうそれをヒョイとつまんで俺に見せてくる温泉橋は常識というものが欠けているどころではないと思う。
少なくともこちらの世界の常識はかけらも持っていないに違いない。
「試さねぇよ。怪しすぎて怖いわ」
「大丈夫だよ?効果の高さのわりに依存性とかは低いし。あっでも鼻から吸い込むのは初めてだと咽るかな」
「今の発言で俺は絶対にそれを使わないと心に決めたぞ」
チッと舌打ちをした温泉橋はその薬を元の場所に戻すのだが、その薬にハルコが妙に熱い視線を送っている。やめとけ。きっとろくなもんじゃない。
一方さっきまで必死に嫌がっていた圧森はと言えば、棚の中を興味深そうにのぞき込んで何やらメモをとっていた。
切り替えが早いというかなんというか、とはいえどうやら落ち着けたようで何よりか。
「洋館に住む魔女は異世界よりやってきた薬師でありこちらの世界の人間によってこの世界では作れないはずの薬を作らされていた。元々異世界の薬であるがためにこちらの人間には
効果が強く危険な薬であるがだからこそ需要も多い。こちらの世界では認知が低くまだ法的に規制されていない。作らされている薬の中には麻薬のように酩酊作用や依存性のある薬も
含まれている。ある日監視の目が緩んだ瞬間に館から抜け出した魔女は自作した魔法的な薬によって年齢をごまかすことで追手から逃れる。一方、幼馴染を殺した女を追う主人公は魔
女の噂を聞きつけもしかしたらと洋館を目指していた。偶然か、はたまた運命か主人公と魔女は出会いを果たす。魔女からもたらされた謎の組織の情報とそこに見え隠れする宿敵の影。
大きくなる敵と広がる舞台。そして現れる新たな刀の使い手、その姿は死んだはずの幼馴染に似ていた・・・・・・」
ぶつぶつと呟きながらすごい勢いでメモ帳にアイディアを書き連ねていきガッツポーズを決める圧森はさっきまでとはまるで別人のようだ。
これでこそ圧森と言ったところか。でも個人的にはさっきまでの圧森も悪くなかったのでこれから定期的に心霊スポットに連れて行こうと思う。
「アイディアもまとまったっぽいしそろそろ帰るか?」
ここに来る理由であった圧森の小説のためのアイディア集めは終わったのだからもう長居する理由などない。
そう言って周りを見渡せばハルコが温泉橋からなにやら小瓶に入った蛍光ピンクの謎の液体を受け取っていたので没収する。ポイしなさいこんなもの。
「そうね。あんまり居座って誰か来たりしても面倒だし」
「あっあー!ヒロちゃんそれかえしてよー!ヒロちゃんメロメロにできるやつー!」
「そうだよヒロ君。初めての時はちゃんとこういうものを使わないと楽しめないよ?」
「もうそういうのいいから」
温泉橋の謎の抗議を無視して圧森とともに部屋を出ていくと慌ててハルコが追いかけてきて俺の背中に飛びついてきた。
はたしてコイツは温泉橋の言ってることのどのくらいを理解しているのだろうか。
こいつからさっき預かった液体は見るからにヤバイ系な予感しかしないだけにこれを所持しているのは結構怖い。
これは本当に所持していていいものなのだろうか?逮捕されたりしないだろうか?
その後もグダグダとしだす3人を引きずりながら侵入してきた窓をまた使って脱出し、圧森と温泉橋とは商店街のあたりで別れた。ハルコは俺が文字通り引きずって帰った。
そんな感じのちょっとした冒険をしたのが一週間前だ。
あの日までなかなかネタが浮かばず悩んでいた圧森も今は筆がのってきているらしく、もうすぐできそうだと笑っていた。どうやらアイツは書きだしさえすれば筆自体は早いらしい。
今は放課後で、今日もまた圧森の次のネタを考えるべく4人でそこら辺をぶらつきながら帰ることになったのであるが、
さぁ行くかとなった所でハルコが提出物を出し忘れていたとかで先生に呼ばれてしまった。
圧森もまた別件で先生に用事があるらしくついていってしまった。まぁアイツは一応小説家としてデビューしたわけであるし色々と学校と話さなくてはいけないこともあるのかもしれない。
そのため玄関の近くで二人を温泉橋と共に待っているわけだが、せっかく二人であるわけだし気になっていたことでも訊くことにする。
「なぁ温泉橋。一つ訊きたいんだが」
「何々?生理周期?とりあえず来週当たりは避けといた方がいいよ」
「この前行った屋敷だけど。あそこお前の家なの?」
特に知りたくない謎情報はスルーする。
というか下ネタにしても酷い。生々しくて笑えねぇ。
「あっバレてた?まぁ大して隠す気はなかったけど。というかワタシの身を削る下ネタは無視なの?」
「お前が本当に下ネタをいう時に身を削っているのなら今頃は髪の毛より細くなってるんじゃないか?」
「削れるたびに継ぎ足してるから平気」
くだらない戯言を返しながら温泉橋はあっさりと認めた。
とは言えあれは隠していると呼べないレベルの物だったしコイツからしても別に気付かれたところでなんとも思わないのだろう。
屋敷の構造どころかおいてある物一つ一つに対しても詳しすぎだ。
具体的に言うならば薬に詳しすぎるし、どれそれがオススメだのなんだのと言いだすのは完全に他人のものに対する扱いではない。
あれは完全に自分の家のノリである。
「実はわたしってあの家に住んでるんだよね。いつもは裏口とかそのあたりの部屋しか使ってないから表の方は結構荒れてるけどね」
「だろうな。でも掃除くらいはたまにやった方がいいと思うぞ」
「いやーそうは思うんだけどねー広いしねー長いことやってないともういいかなってなっちゃってねー」
そう言って困ったように笑う姿は可愛らしく見えるのだがそれは「なんなら手伝うよ」という言葉を引き出すための罠だ。
しばらく一緒にいるうちに気付いたがコイツは自分の外見を存分に利用するタイプだ。
間違われて子供料金になりそうなら喜んで小学生のふりをする奴。同じくらい背の低いハルコなんかはムキになって否定するんだけどな。
しかしこいつは全く気にしない。オマケしてもらえるなら喜んでもらうし誰かが手伝ってくれるのならやってもらうのだ。
こいつにとって幼く見える外見というのはコンプレックスではなく便利な武器なのだ。そしてその使い方を心得ている。
そんな奴だからこそ気になる。
俺たちを自分の家に連れていきたいなら正直に言えばよかったのになぜ自分の家だとは言わなかったのか。
ちょっとしたいたずらにしても、家の中に入ってすらくれない可能性だってあるというのに。
「そう、何を隠そうわたしこそがあの館に住む魔女なのです。」
「ああん?」
温泉橋の口から出てきた言葉はよくわからないものだった。
得意げな顔で胸を張られても困る。
「実はわたしは70年くらい前からあそこに住んでるんだよ」
「何を言っているんだお前は」
「わたしはすっごい昔に偶然異世界に飛ばされちゃってね。70年くらい前に戻ってきたんだよ。いろんな植物の種なんかをもってね」
にこりと笑いながら俺を見上げる温泉橋の目は、こいつが時々見せる大人びた色を見せていた。
「わたしってこう見えて薬作るのとか得意なんだよね。あの館にあった薬も全部自分で作ったやつだし不老長寿の薬なんかも作れるんだよ?」
「まじで?」
「試してみる?」
幼い外見に似合わぬ色っぽい表情と仕草で温泉橋は持っている鞄から一本の小瓶を取り出した。
一瞬あのときハルコに渡そうとしていたいかがわしい薬かとも思ったがその色はど派手な蛍光ピンクではなく無色透明だ。
温泉橋はその液体をちゃぷちゃぷと振りながら甘く誘う。
「この薬を飲んだ人はすぐに眠ってしまい、その眠りから覚めた直後に顔を見た相手のことが大好きになってしまう。
 まぁ惚れ薬ね。効果時間は短いけど効き目は抜群よ」
差し出されるそれを俺は受け取る。
温泉橋は俺が受け取ったのを見て「効果はすぐに切れるから試しやすいでしょ」と笑う。
俺は、そうだなとおざなりに返しながらその薬のふたを開け、
一息に飲み切った。
「あっ」
薬の効果なのだろう、強烈な眠気が襲い掛かってくる。
これほど急で強烈な効果は確かに俺が知っているこちらの世界の薬にはないものだ。
「まじか」
意識が途切れる直前に、珍しく素になったような温泉橋の声が聞こえた気がした。


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最終更新:2017年02月05日 19:37