ここでの生活は嫌なものではない。
館の外には出られないけれど、館の中にはたくさんの本があるから退屈はしない。
「お父さん」も、少なくとも私には優しくしてくれる。
恵まれている、と言っていいのだろう。
けれど、なぜだろう。
私はここで生まれたはずなのに、
帰らなければと、
そう思った。
会社からの帰り道。
空は曇り空気はしっとりと湿気を帯びている。
商店街を通れば小さな電気屋のテレビから異世界関係のニュースが流れている。
またぞろなにか法案でもできるようだが、
ゲートから4つも県をまたげば正直に言って対岸の出来事にしか思えない。
きっと多くの人が同じだろう。少なくとも日本国民は。
僕としてはそんな近いようで離れた場所の出来事よりは帰るまで雨が降らないかどうかの方が重要と言える。
今にも雨が降りそうなこんな日に、仕事帰りの疲れた体でわざわざ遠回りをして帰宅する僕は、周りからしたらきっとどうかしているようにみえるのだろう。
自覚はしている。何せ10年も続けている習慣なんだから。
これで向かう先が何かの店か景色のいい高台か何かならまだ理解できる話なのだろうが、僕が向かうのはただの空地だ。
4年ほど前までは民家があったけれど今はもうただの空地となってしまった。
そんな場所へ向かう理由が、「昔好きだった子が住んでいた場所だから」と言ったら、きっと多くの人は気持ち悪がるのだろう。
僕だって他人がそんなことを言い出したらこわいと思う。
けれどもどうしても忘れられないのだ。
彼女が消えてしまった、あの日の後悔を。
十年前、僕らがまだ学生だった頃にひとつの事件が起こった。
「女子高生消失事件」
失踪ではなく消失。
一人の女子高生が学校からの帰り道に突如「消えた」
目撃者の証言では「声をかけようと曲がり角を追ったら姿が消えていた」とのことであり、
その現場は明らかに数秒で姿を見失うような場所ではなかった。
少女の両親は手を尽くして彼女を探したが結局見つけるどころか足取りを追うことすらできなかった。
今では彼女の両親もこの町にはいない。
どんなに探しても見つからず諦めて忘れようと思ったのか、
できる限りの手を尽くして探したがゆえに目立ちすぎて住みづらくなったのかはわからないけれど。
彼女の両親はこの町から引っ越して、彼女の家は今はもうなくなって空地となってしまった。
けれど僕はあるはずがないと分かっていても、いつか帰ってくるんじゃないかなんて
彼女の家のあった場所の前を通ることを日課にしていて、
そして今日もそこへを向かうのだ。
僕は彼女の幼馴染で、彼女は未だに僕の好きな人で、
彼女を最後に見かけたのは僕だから。
いつものように彼女の家のあった場所の前へと行けば、そこにはひとつの人影があった。
今にも雨が降りそうな曇り空なのに傘を持っている様子もなく、雑草だらけの空地に立ち尽くしている。
新しく家を建てる人が下見に来たのかとも思ったけれど、どうやらそうではなくて。
その服は昔僕の通っていた学校のセーラー服、でも今はその学校はブレザーのはずで。
「よく、わからないんです」
肩のあたりまでの黒髪も、女子にしては高めの、昔は見上げていたはずの身長も、
何もかも僕の記憶のままで、
「ただ足の向くまま来ただけのはずの、知らないはずの場所なのに」
しかし、振り返ったその顔の、まるで宝石のような青い瞳だけはかつてと違って
「でも、涙が、止まらないんです」
知っているようで知らない、僕の好きだった女の子がそこにいた。
それは小学校のころだっただろうか。
「一緒に帰ろう」と差し出された手を、思春期だった僕は恥ずかしがってしまって握ることができなかったけれど。
今でも間に合うだろうか。
彼女は今でも手を取ってくれるだろうか。
今更こんなことを言うのは、やっぱりちょっと恥ずかしいけれど。
「一緒に帰ろう」
そうして伸ばした手に触れた感触は、やはりあのころとは違って。
やっと握れたその手は冷え切っていたけれど、
今度こそはこの手を離さず、きっと家まで送り届けようと、
そう誓った。
- 力の根源がモルテであるためか不確定要素の多いスラヴィアン。過去から小ゲートで異世界に飛ばされて死後に人間珍しいとかでスラヴィアンになったりとかはあったと思う。もしスラヴィアンになった者の魂の記憶が残っているとすればそれはもう運命と呼ぶしかないくらいの確率なんだろうなと -- (名無しさん) 2017-06-23 01:00:39
- あまり思いつめるとスラヴィアンは自我が保てなくなって消滅しそう -- (名無しさん) 2017-06-24 00:24:01
最終更新:2017年06月23日 00:57