ここに一つの日常の物語がある。
どこの国でも見られる街並み。どこの国でも見られる人の営み。ただ一つ異なる事をあげるならば、それは頭上に浮かぶ島だ。浮遊島は
オルニトの特徴とも言える存在だが、その実態は遥か過去に埋もれて久しい。オルニトに住む鳥人達の中で幾人が浮遊島が何故空に浮いているのかを説明できるだろうか。もっとも理屈など知らなくても、多くの人にとっては何も問題は無い。例えば地球に住む人間で地球が何故自転しているのかを説明出来る者はそうそう居ないだろう。それと同じようなものだ。しかし、ここの日常はもうほんの少しだけ深刻と言えよう。頭上の浮遊島は、今まさに落下しつつある。
テンデンシアはオルニト中枢より陸路数十日はかかる地方都市である。輸路や旅路からは随分と外れ、目立った資源も観光名所も無い、どこにでもあるような街だ。オルニトらしく街中には飛べない鳥人たちがひしめき合い、何という事もなく暮らしている。強いて言うならオルニトの神である
ハピカトルの神殿ではなく、地方神の捧祈体が神殿に鎮座まします点は珍しい。その程度だ。門が開いたあの日以後もこれといった恩恵をあずかる事もなく、変わらぬ日々が過ぎて行く。この街を訪れた地球人は数えるほどもおらず、いわゆる調査隊の面々や「冒険者」を自称する胡散臭い連中だけだった。そんな彼らとて、テンデンシアに至るまでには何も無く、テンデンシアより先には何もない、そんな街を何度も訪れるほどに暇ではなかった。彼らがテンデンシアを訪れた一番の理由、それこそが浮遊島であった。調査隊の一人が述懐したものによれば、元々テンデンシアはその浮遊島に居た何者かが地上に打ちこんだアンカーを中心に栄えたのだという。今でこそ朽ち果てたそのアンカーは、確かに今でもテンデンシアの中央広場に打ちこまれたままだ。調査隊は多額の報酬を与えて浮遊島に至る綱を張り直し、ゴンドラを設置して乗り込んだ。そして数か月間の調査の結果、極めて重大な現実に直面した。何一つ目新しいものは発見されなかったのである。遺物の大半が既に発見されていたり調査対象になっていたものから外れることはなく、言ってしまえばオルニト大図書館に行けばそれで済むような、その程度のものだったのだ。浮遊島は既に全ての機能が停止しており、肝心の浮遊システムの解明すらままならない状態であった。そうしたものでも貴重な発見だという者もいたが、どこにでもあるものを莫大な国の予算をかけて調査して良いと言える者は少数派だというのが現実だ。調査は打ち切りとなり、調査団の素行の悪い一部の者たちは記念にするのだと勝手にいくつかの遺物を持ち出した。その中に『とりひとの日』と題された日記があった。
かつて浮遊島に暮らしていた鳥人の書き残した日記だったのであろうか。持ち出した者がその中身を紐解くと、オルニトで一般に知られる歴史とはややかけ離れた記述が見られた。それが何時の日なのかは定かではないが、この日記の作者の言う「みどり色の龍聖雨」が降り注いだ日があったようだ。調査隊の誰もが聞いた事もない現象だったが、その後の記述には特にそれに触れることもないまま日常が過ぎたようだ。しかしながら、記述は少しづつ違和感を覚えるものとなっていく。無気力とも異なる、無関心とも異なる、まるで現実から目を背けるような、現実世界に対し盲目となったかのような記述が増えて行く。日記の最後は以下のような記述で唐突に終わる。
『島は少しづつ落ちている』
事実、浮遊島は今まさに落下しつつある。だが日記の作者が記述してから幾年が経過したのだろうか。滅びの日が一日のもとに訪れるならば、人々は神に懺悔をし許しを請うだろう。だが、その訪れが十年、百年であればどうか。日常化した滅びに畏れを抱く者はあるだろうか。それは緩やかな破滅とでも呼ぶべきものだ。とりひと達は破滅の訪れを見ているはずなのだ。それは浮遊島に暮らしていた鳥人も、現代のテンデンシアに暮らす鳥人も全てだ。しかしとりひと達にはその真実も未来も見えていない。彼らは盲目ではなかったが、真実を見つめられないのであれば見えていないのと同義ではないのか。
とある調査隊の者はこう推測した。龍聖雨により浮遊大陸が機能を失ったのではないか。そしてその運命の日。「鳥人の日」が、とりひとの目から光を奪ったのだ。この島が落下してしまうという現実を見ないために。しかしそれでは。それでは光を奪われなかった者は一人も居なかったのだろうか。仮に居たとしたら、彼らはどこに消えたのだろうか。いや。
ここに一つの物語がある。
これは滅びの物語であり、真相を追う物語では、無い。
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最終更新:2017年07月17日 00:15