ドニー・ドニーの北方海域(ノルデンドルファーナ)における覇権戦役(グラネラグナ)が繰り広げられる十数年前に、当地の一角を占める海賊領アアーク=ティックの片隅で一人の
オーガが誕生した。後に北方舞踏衆海賊船隊を率いることとなる「鬼王」「アアーク=ティック公」サダンザンその人である。サザンダンはアアーク=ティックの辺境新北区の小島であるコルネアで誕生し、幼少期をそこで過ごした。オーガにしては恐ろしく小柄で成人しても他のオーガの肩ほどにも背が伸びずに、出来損ないのサザンダンというのが彼の呼び名であった。それは海賊船団に入団してからも変わる事はなく、彼は20歳を越えてなお大役を任されることはなくすごしていた。転機が訪れるのは、まさに覇権戦役の開幕以後となる。
サザンダンが所属した海賊船エピレーフレファルサイナは覇権戦役序盤より北方海域東南東の海洋要塞都市ベルバーリア攻略の任についていた。オーガ100人余を投入すれば3日で陥落すると豪語していた船長のオーガ、ポットエ・エットは開戦3日目にして砲弾に頭部を吹き飛ばされて死んだ。7日目にして乗員の半数を失い降伏か死かを選択せざるを得ない状況になり、全員が突撃死を選択したその時、ベルバーリアの火精霊庫が吹き飛んだ。伝説ではサザンダンが闇夜に紛れてベルバーリアに忍び込み、火をかけて吹き飛ばしたのだという。火は瞬く間にベルバーリア全域に広がり要塞は陥落する。サザンダンはこの功績により海賊船エピレーフレファルサイナの船長となり、直後、地獄の釜と形容される大海戦三冠海戦にも参加し、海戦によって崩壊した味方船団を纏め上げて反転攻勢をかけて辛くも生き延びる。この時救い出した船団が北方舞踏衆海賊船隊の中核を成すのである。
北方舞踏衆海賊船隊の活躍は目覚ましいものであったという。聖サイモン卿やヒュペリオーナといった覇権戦役後にドニー・ドニー北方海域の権力を牛耳るであろうとされていた海賊達の勢力をあっという間に追い越してしまう。アアーク=ティック領内に海洋都『砂塵詩姫』を創りあげたのち、宮殿級の海賊船を続々と建造し始める。サザンダン自身は北方舞踏衆海賊船隊総船団旗手船ジズナッドに居を構え各地を転戦し、ついには覇権戦役の幕引きをしてしまう。ドニー・ドニーの民衆から鬼王やアアーク=ティック公などと呼ばれ出したのはこの頃である。しかしながらこの時点でも彼の権力はドニー・ドニーの頂点と呼ぶにはいささか早いと言わざるを得ない。その時の彼は所詮北方海域を制しただけだったのだから。運命の歯車は回り出す。覇権戦役から10年後、サザンダンは北方舞踏衆海賊船隊に全船出撃の令を出し、総勢力にて南下を開始したのである。
しかしこの大遠征は序盤にて終焉を迎える。運命とは恐ろしく皮肉なものである。当時最も堅牢で難攻不落、海上大要塞と呼ばれた宮殿級旗手船ジズナッドの火精霊庫が大爆発を起こし、サザンダンは爆発に巻き込まれてその生涯を終えるのである。この爆発は事故であるとも、ドニー・ドニーの七大海賊団からの刺客の手によるとも言われているが真相は闇の中である。サザンダンの死によって北方舞踏衆海賊船隊は解体され、方々に散ったという。
さてここまでドニー・ドニー北方の歴史の一部を掻い摘んで伝えたがノートは取れただろうか。この程度で躓くようでは先が思いやられるぞ。では授業を続ける。ついて来られない者は置いてけぼりにするからそのつもりで。
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最終更新:2017年07月23日 23:37