【三つ編みの尻尾】

イストモスの地、広大な草原のとある氏族の群幕は朝から賑やかであった。特に女性の声が一際多く聞こえてくる。
それぞれの幕中は色とりどり鮮やか美麗な服飾が櫃出しされて足の踏み場もほんの少し。
『物は使わなくては錆て朽ちる』という考え方の元、祭事ではないが年に数度特別な衣装をただ出して干すのではなく着て映やすのだ。
長女の結婚式で見惚れた花嫁衣装
母が舞踏宴で着て歌った歌謡踊装
氏族長会談に随伴する際に纏う一張羅
若きから老いまで女性一同が色めき立つのは仕方がない。
長い思案と衣装合わせの末に選んだ衣装と装飾品を狗人の従者家族も総出で着付けを手伝う。
まだ歳ではないと自らは触れること許してもらえない秘蔵の化粧箱を開けて分からないまま選んだ化粧具をそっと最適なものに変えて用意するのも従者の務め。
平時では手間から行わない髪型もこの日ばかりは応じて仕上げる。
一人では特に難い尾毛の三つ編みも同い年の狗人の娘がいそいそと編んでくれる。
和気藹々とした雰囲気の中、普段はしない未来の話や遠い都の話や理想の相手などの談義に華が咲く。
幕の外では仕事も早くに終えた男衆が集まり酒と肴を楽しんでいる。勿論秘蔵の酒と肴である。

着飾った勢いでケンタウロスの少女が群幕の周辺を哨戒するための小高い草丘の上まで駆けて蒼空に諸手を上げる。息を切らして後を付いてくる狗人姉妹。
一際強い風が吹いたのを合図に少女が声を張り上げる。力強い調子から始まった歌に合わせて姉妹が金木鈴と革叩器を奏でる。
歌声と音色は直ぐに混然一体となり、高い空から風精霊を呼び寄せた。
氏族一番の若手歌手と期待されるだけあって緩急巧みな歌流は風精霊を楽しませる。
しかしそんな中でふと少女の耳に入る風の噂話。
『東海のケルピーの歌声はもっと澄んでたよね』
『浮島のハーピーは何処までも通る声なのよね』
ミズハミシマの山で聞いた鬼人の子守歌はとても気持ちが良かったよ』
一しきり歌い終えた少女は満足感と心の中に燻り出した小さな思いと共に丘を降りていく。

やがて時は流れ次女である彼女にも縁談が持ち上がる。
幾つか目ぼしい相手の絵巻きを持って幕扉を開けた母ケンタウロスの顔が空よりも青く染まる。
『世界一の歌手になる旅に出ます』
わなわなと震える母に大慌てで駆けてくる狗人の母親。
どうやら彼女の娘姉妹も姿を消したという。


今日はよく風が通り過ぎる晴天と、もう遠くになり見えなくなった郷幕の方角を見やるケンタウロス。そして狗人姉妹。
服はいつもの獣追いの着物だが、気持ちはあの晴れ着で歌った日よりも昂ぶっている。
とりあえずは風の噂に聞いた東の海町で美麗に歌うケルピーを求めて進む。
力強い駆け足の彼女の揺れる尻尾は綺麗な三つ編み。

東イストモスのケンタお嬢さんの絵を見て一本

  • いい…! -- (名無しさん) 2018-03-18 23:47:27
  • 平和な時代に各地で巻き起こる自由な生き方 -- (名無しさん) 2018-03-20 00:39:16
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最終更新:2018年03月18日 22:47