【アーツの円に聳える山に挑戦するんです】

ここはラタ城塞都市の中殻部。かつてこの場所で激闘を繰り広げた二人、“双槍疾駆”の名を持つ西方では珍しい短槍二刀使いのケンタウロスと“脚崩し”と呼ばれ東方屈指の分銅使いの狗人。
互いに従者と主を戦場で失い単騎で戦い時には部隊に入ることもあった。 そんな二人が邂逅したのは西方が占拠するラタ砦に東方が一大攻勢をかけてきた時であった。
平原より押し寄せるケンタウロス弓兵と狗人歩兵に対し砦から出て迎え撃つ西方ケンタウロス槍騎兵隊。両軍激しく衝突する中で槍の波状攻撃をものともせず地に着く寸前の姿勢で突撃する狗人あり。
自ら零距離戦闘を仕掛け、四方を囲むケンタウロスを次々に転倒させる。狗人は一直線に開いた門を目指し駆ける。
しかし、強敵の匂いを気配を感じたのか狗人に追いつき槍突を繰り出すケンタウロス。一撃を避けてもすぐさまもう一撃が突いてくる。
狗人は息つく暇もない連続槍撃に対し速く蛇行する鎖、先端に鉄球を備えた分銅は地を蹴るケンタウロスの足を刈り取るように巻き付いた。
、と思われた瞬間、四脚で跳び鎖をかわすケンタウロス。追撃に備え双槍を腰に構えたが狗人は戦わず砦へと走るのだ。
混戦の中で増援の西方兵の間隙を縫い砦に入った彼は後続の東方軍を砦に入れるべく他の門を開くために様子を探ろうとしたが、再度怒涛の槍撃が襲い掛かる。
二人は戦いながら砦の中殻まで到達する。激しさを増す攻撃の応酬に周囲も何だと目を向くが、遂に外殻まで攻め入った東方軍への応戦にそれどころではなかった。
朝より始まった砦の戦いが決着つかず夕暮れに東方軍が退却するまで二人は激闘を続けた。
結局、狗人が東方軍の殿に合流し退いたことで勝負は流れた。
その後、後進の訓練育成に就いた狗人は戦場に出てくることはなく、脚を集中して狙う対騎兵戦法に対抗する手段を練った双槍使いとの再戦はなかった。
狗人が正面からケンタウロスと激闘を繰り広げたその様子は砦の逸話として残り、特に壁も床も砕き激しく戦った砦中殻の場は気合の入る修練の場として長く血と汗を染み込ませることになる。

そんな場で今正に新たな戦いが繰り広げられている。
擦れても中々消えない石染めの白顔料で描かれた10メトルはいかない円の中で肉体同士がぶつかり合うアーツ競技である。
無手、相手の膝から下を地に着けるか転倒させれば勝ちという単純なルールで異世界のみならず地球からも腕自慢が多く集まり最強を目指し戦い抜いていく。
対ケンタウロス戦法として確立したイストアーツの修練から生まれた競技であるためケンタウロスの参加は少なかったが、それでも健闘した。
体格と膂力で攻めるオーガや鬼人に対して狗人獣人鱗人などは技と速さで対抗する。
一進一退の激戦が半日行われたところで状況が一変する。
それは異世界でも人里では滅多に見かけない種族“トロール”の参戦であった。
ドニー・ドニーの海賊団の一員であるとのこと、会話の受け答えもそれなりに出来る彼の名は“ヤンソン”。
まん丸としたその巨体は円の半分を埋める体積であり、それをどう倒せばよいのか常人では匙を投げ降参するところである。
しかしヤンソンはのんびり極まりない性質からゆったりとした動きであり大きなお腹は両腕による動きを制限している。
勇気ある者達はそこに勝機を見出し、参戦から無敗で円に立ち続けるヤンソンへとぶつかっていくのだった。
「足元なら刈れると思ったんだが、大木ではなく岩みたいな足に力を全て弾き返されてしまった」
人間でも屈強大柄な部類に入るであろうその体にレスリング技をもって攻めた鋼矢。
「息をつかせぬ連打で押し出そうと思いましたが、びくともせずこちらが力を出し尽くしてしまいました」
鱗人のしなやかな筋肉と大きな体躯で力と技の両方で押し切ろうとしたアシュギーネ。
「ちょっと動いたんだぜ?!足も半歩後退させたんだぜ?こりゃいけると思った瞬間にド太い腕が突き出されてそれ受けてドーンよ!参ったよこりゃ」
赤鬼人の大きく鍛え抜かれた肉体に言葉による自己催眠にも似た瞬発力強化で山を動かした勇牙王。
猛者達の挑戦を次々と押し出すヤンソンが優勝だと皆が思ったところ、夕陽を背負い一つの影が現れる。
しっとりとした短い毛並みに褌一丁。ちょっと困ったような眉間に丸い目。頭に被った逆さの盃。尻尾は上を向いて立つ。見た目には屈強にも見えず腕も足もどちらかと言えば短い。
「私が挑戦するんです」
審判がきょとんとしている前で獣人はヤンソンの前に立つ。
どこから出したのか、白塩を円に撒いて少ししゃがむと両腕を広げ目の前で柏手を打つのを二回。少し頭を下げて一礼。
「ガンギと言います。一組お手合わせお願いするんです」
ざわつく周囲は何時の間にか流れるような所作の中でしんと静まり返っていた。
ヤンソンも何かを感じたのか頷き一礼。 審判も思わず開始の掛け声を出す。
するっとヤンソンのお腹に組みついたガンギ。
次に全員が目にしたのは宙に舞って円の外に放り投げられたヤンソンであった。
ドシーンと石畳を凹ました轟音に皆我に返ると大歓声が沸き上がる。
円の中では手を数度動かしてから一礼したガンギが優勝の帯を掛けられた。
大どんでん返しで決したアーツ競技は、この先もラタの逸話として語り継がれるだろう。


信じられない勝負の結果を、ヤンソンが入っている海賊団の団長であるラウダフルとガンギの話をまとめると次のようになる。
トロールは異世界の中でも人種族としては特異なものでありそれは精霊などにも近しいと言われている。
トロールの力はその体の大きさもあるが、特筆すべきは“意思力”であると言われている。それはトロール自身もよく理解していないようではあるが。
トロールが「倒れない」と思っていればどんな圧力を受けても倒れず、「前に進む」と歩を進めれば地中だろうと海中だろうと前に進むのである。
そんなトロールをどうやって投げ飛ばしたのか?と言うと、それは腕力が切っ掛けではなく「投げ飛ばされてしまった」とトロール自身に認識させることという。
ガンギが向かい合ってから取った一連の行動は一種の儀式とも言える場を作り出すものであり、それに呑まれてしまったヤンソンは組み付かれてからのガンギの動きに「投げ飛ばされる自分」を認識してしまったのだろう。
ヤンソンが宙を舞ったのはガンギの腕力ではなく全てヤンソンの力、意思が原動力であったという。
そしてそれを成したのは、圧倒的な山を前にして微塵も自身を揺らすことのなかったガンギの精神力だったのだろう。

  • 一対一だと種族性能以上に相性が作用しそう -- (名無しさん) 2018-07-05 22:06:43
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最終更新:2018年07月04日 00:46