【闇精の室】

大ゲートが開通してから数年、地球の各国、特にゲートの所在国のいくつかは大々的に交流を行うことになる。
異世界を調査していく中で地球側のエネルギー問題にも関連付けられて“精霊”の調査研究が進められた。
地球における科学の代替的な位置づけとされるも、その解析は難航する。
異世界において精霊という存在はあって普通の自然なものであり、認識も概念も人や国によって多種多様となり画一性が薄いのである。
しかしテンプレートの様なものが全くないわけではなく、精霊の特徴やその力を利用する手法などは異世界の中である程度は確立されていた。
その様な中で異世界各地に派遣される研究員の一人として、異世界でも有数の精霊と関わりの深い大延国に私はいる。

派遣前、食の大国という一面を持つ大延国という評判を聞いて最初に思ったことは「どうやって食材を保存しているのだろうか?」ということであった。
が、それはいざ異世界入りするとその様な疑問は消えたというか精霊の力の幅広さを実感することになった。
多種ある精霊の属性でも火と水は人の生活と深く繋がりがあり広く使われているために理解も早く研究も滞りなく進んだ。
しかし、稀少とされる闇精霊に関しては食材保存具“闇壺”を持つ数件の家と店でしか出会うことは出来ず頓挫していた。
ならばと、各属性でも強大な力を持つ大精霊が座すると言われている大延国首都“大都”にある皇宮なら何とかなるのではないかと嘆願書を送ったところ、あっさりと許可が取れた。
大ゲート所在地“門都”から移動し、大都到着すぐ研究施設として借りた家の整理も手早く済ませ数名で皇宮に赴く。
精霊の力が人の生活を支える要素と言うのであれば、皇宮はさながら発電所かエネルギーを管理する機関というものにもなるのだろうか。
町一つとも呼べる規模の皇宮には一日中多くの人が行き交い、その中に私達も混ざり入宮する。
大ゲート開通後に増築された受付所にて旨を伝えると案内人がやってくるまでしばし待つ。
大延国内のみならず他国からの使節も多く、自分達と同じ様な地球からの来訪者もちらほらと見かける。

「闇精霊について、で御座いますね? そうですね…では“闇室”へ案内いたしましょう」
小さな冠を頂く鼬人の役人はそう言って皇宮にて調理を担う一画へと向かう。
庭園に舞う火の粉や花びらを舞い踊らせる風も精霊なのだろう、美しく賑やかな風景を横目に長い廊下を歩く。
暫くすると胃をくすぐるような匂いが漂ってくる。皇宮の食事情を支える場所なのだと熱気が伝わるようだ。
「こちらです」
そう大きくはない両開きの扉。それに取り付けられている小さな扉が特徴的である。
“食糧庫”という看板を掲げるその部屋は、物の生命活動や温度を下げる闇精霊の力を使い食材を保存している。
闇精霊の姿を見たかったのだが、光そのものが闇精霊を脅かすためか日中の出入りは余程のことでない限りは禁止されている。
部屋そのものが闇を定着し陽の光を遮断する素材で造られており、内部は常に夜が続くと言ったところであろうか。
収められている食材は温度を失い低温を維持し続ける。
有機物の働きも極めてゆるやかなものとなり腐敗を防いでいる。
詳しい話を聞けば聞くほどその有用性を感じる闇精霊。
部屋にて保存を担う闇精霊も大精霊直々に選んだと言われるものであるという。
ふと気付く、扉には錠が無いことに。
「それについては精霊の性格に寄るところなのですが、孤独をよしとしながらも繋がりを閉ざすのは彼の本意ではありません。
人の営みのために選ばれた闇精霊であることも関係しているのでしょうが、それ故に光を除いた部屋であるにも拘わらずその扉は一切の鍵がないのです」
「つまり誰でも入れるということですか?」
「はい。錠の無いことを理解する闇精霊はその力を存分に発揮することができるのです」
どうしても闇精霊を見たいと進言すると、ならば夜に再び訪れて下さいと言われる。

再度、陽の沈んだ後に皇宮を訪れると食材の搬出入が行われていた。
各地より集められた食材が乗る橇を押して入室し、中からこの後調理されるであろう食材の乗る橇を押して退出する。
橇を部屋まで運ぶ面々は数多くいるのだが、入退室する者は限られた数名である。
両眼を黒帯で覆う狼人。顔の上半分が前髪で隠された狐人。頭部全体に紋布が垂れる鳥人。
誰もが無口で静かに仕事を進めている。
「彼らは全員闇精霊と良い相性を持ち、闇精霊の加護を受けるなど繋がりを持っている者なのです」
「もし、彼ら以外の ───
篝火に照らされる鼬人の細長い目がうっすら開く笑みで察する。
警備もほとんど立っておらず自由に出入りは可能ながらも、それを担うのは適性のある者のみ。
そこを知る者であれば立ち入ることは無いだろうし、知らぬ者でも近寄るだけでそこが危険な場所であると分かるだろう。
では闇精霊と相性の良い者がよからぬことを考え侵入したら?
「…闇精霊に通じる者の性質上、そういった良からぬ行為には関心が薄いので…」

異世界で人々の生活を豊かにしている精霊の力。
調査が進む前は電力などに代わるエコエネルギーとしての利用が目されていたが、精霊の存在は異世界そのものが大きく関わっており、これらの地球での運用はまず不可能という結論が出ている。
だがしかし、ますます広がっていく異世界の交流において異世界にて人間が活動する機会は増えていくだろう。
この先、異世界側の協力を取り付けながら幅広い視点で研究を進めていく所存である。

人間の異世界における精霊研究の模様と闇精霊の加護を想像して一本

タグ:

l
+ タグ編集
  • タグ:
  • l

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2019年08月22日 20:36