【ベルマベルマベルマーーっ!!】

 『魔王蟲』── ラ・ムールに広がる広大な砂漠にて蟲の覇と恐れられる多肢複頭の大型甲蟲。
砂漠に生きる多種多様無数の蟲種の中にあって魔王蟲が名実ともに最強である要因は一つ、堅牢な甲殻の下、腸の中の発達した脳であり、それによって行われる状況把握と連携である。
ただ、確かに恐るべき種ではあるものの国を挙げての殲滅にまで及んでいないのは、魔王蟲と連携出来るのは高度な脳を有する彼らだけであることと彼らが形成する勢力では人の国を倒すことは出来ぬと彼らが理解しているからである。
なので、魔王蟲は砂漠の奥地や古の遺跡などを住処とし、それらに近づかない限りは害は無いとされているからである。
── あったのだが

最初の第一波を郊外にて撃退してから三日が経過したディセト・カリマ。
常にでは無いにせよ断続的に押し寄せてくる蟲の群れは一つでも討ち漏らせば街への被害は確実であると、昼夜通して防衛線が続いている。
押し寄せてくるのは多種大量の蟲であり、それらを統率しているであろう魔王蟲が発見されてはいるものの討ち取る前に逃している。
北から攻めて来る蟲の軍勢も現在では東西南北より同時多数になり街を護り戦う者達も疲労が色濃く出てきている。
街の守護者であるダークエルフ達は戦術顧問とも言える元軍人のリチャードと共に作成した対応策と効率効果的な人員兵種運用で応戦しているものの、
「数が多すぎるんだっての!」
「それは当然でしょう?相手は蟲ですもの」
「だぁーっ!魔王蟲を倒せばカタつくってぇのに何処にいンだよ?こん畜生!」
鱗人の傭兵カナヘビは愚痴と共に蟲の体液で酸化した剣を放り投げ、背負う槍を抜き構える。
素早く前方を索敵するも、群れを指揮する魔王蟲は見当たらない。
「魔王蟲がいなければ蟲がまとまることはないでしょうし、いることはいるんでしょうけども…巧妙に隠れていますね」
ダークエルフの影士スフリは初日、二日目そして三日目と徐々に複雑に幅広くなっていく蟲の攻勢に焦りを隠せずにはいられなくなっていた。
「おいおいおいおいっ!とんでもねーのが来るぞ!」
戦闘の土埃の向こう上空から飛来してくる大量の蟲影。 投擲が届くかどうかの高度に見えるが、高速で飛行する蟲に当たるかどうかと言えば…
「ああああーっ!防衛網を抜けちまうー!」
「カナヘビさん、戦闘前に説明されたでしょう?私達陸戦だけが前に出て戦い、街の直前周囲に彼らを残すのはこういう時のためだと」
風切り、弓鳴り、破裂音。街の四方の高所より様々な射撃武器が飛蟲を射落としていく。
「ミブロの銃士、噂通りの威力と腕前ですね」
三本の矢を一度の射で放つダークエルフの弓士の隣で黙々と火縄銃に弾込め、射撃を繰り返し撃墜を重ねていく狗人和装銃士。
「前線に何があっても位置待機し防空のみに集中せよという指示。今こそ役割を果たす時也」
くるりっと振り返り応えたミブロは直ぐに飛群に向き直し射撃を再開する。
「見たところ東西南北から同時に飛んできている様ですが、他は大丈夫かしら…」

「この場を見事防衛すればししょーも少しは認めてくれるっしょ!」
複数人の弓士が射る矢数よりも多くの弾丸を射出する大型のミニガンを左右に振り回す黒のハットとマントのガンマン、リンゴ青年。
異世界にありて地球の銃火器を使いこなすのは、まだまだ人間の特徴である。
「向こうはしっかりやれているでしょうか…。なし崩しで請けたとは言え仕事は仕事、僕も集中しましょうか」
単発射撃を自動小銃の連射の如く撃ち、しかもそれらは的確に街に近い飛蟲から撃ち落としていく。
しかし、空からの襲来から増した戦場の緊張感は未だ強くなる一方であった。
何故ならば、飛蟲の群れから少しの間をおいて東西南北同時に地平を埋める大群が押し寄せて来たからだ。
「元々脳の発達した種ではあったけども、そうではない多種の蟲を従えそれなりの戦術を実行してくるなんて…興味がわくネィ。最終ウェーブに至ったのなら頭を潰すことになるだろうけども…出来る限り状態の良い脳が手に入れれば…」
頭部に脚の生えたネビオラのスペア体が遠目に戦況を観察している。その通り、蟲の軍勢最後の波が押し寄せて来た。
「飛行戦力が決定打になる算段だったようね。当ての外れた指揮者達が這い出してきたわ」
ダークエルフ隊の先頭に立ち双剣を構える剣士ベルマ。その双眸は大殻蟲の背後に位置する魔王蟲を捉える。
「魔王蟲を倒せば蟲共は瓦解する!こちらから斬り込むわ!」
「ベルマ!あの数に突撃するのは無茶よ!他方面の隊が合流するまで防戦を ──
「駄目よ!残存戦力全ての攻勢は防ぎきれないわ。少しでも街に侵入されれば被害は甚大、ここで叩かなければいけない!」
他方面でも同じ様な状況になっているために気勢があがるのを肌で感じ取ったダークエルフ隊は武器を構えた。
「でもベルマは深く突入しない方が…調子が良くないんでしょう?いつもは傷一つ負わないのに今回はもうそんなに傷ついて」
剣ノ舞(ソードダンサー)』と称されるベルマは名の通りその剣技は触れること適わぬ舞台上で舞う踊り子の如く、傷一つなく敵の尽くを斬り倒す。
しかし、今回は大きく違い致命には至らずだが多くの攻撃を受けてしまっている。
襲撃少し前から自身の体に違和感を感じ普段の動きが出来ないと理解しつつも街の窮地であるため陣頭で戦い続けたのであった。
「これで最後なのよ、何としてでも戦い抜くわ。…リチャード、私きっと生き延びて見せるわ」


「おっさん!もうじきディセトなんだが霊獣が持ちそうもない!」
『トケニャス!』
砂漠の街道を高速で疾走する氷の霊獣だが、王都から走り続けた距離と暑さのせいかその速度は目に見えて失していく。
猫人の少年ディエルがハッパをかけるも遂に限界か、冷気の噴霧と共に小石大の毛玉と化しディエルが提げる氷室の巾着の中へ避難する。
街の周囲に立つ戦場の煙を視認しつつも、走って辿り着くにも距離が離れすぎている。
「あぁ、マイスィートエンジェル、その姿見えずとも君の存在を感じるよ」
初老の人間男性、使い込まれともすればボロにも見えてしまう軍服などは疲労感や頼りなさを感じさせるはずなのだが、一切の無駄も迷いも無い動作で片膝を砂につけ異世界では虎の子である地球製の弾丸を使い込まれたライフルに装填する。
「おっさんおっさん!ここから何かしようってのか?!もっと接近すれば俺も助太刀できるんだ!走ろう!」
「私がここから走っても間に合わないさ。私は私に出来る事を実行するのみ。 『若き王(ヤングアーサー)』よ、君は確かに強い。そんな君に見ておいて欲しい。たった一人の人間の ──
何も特別なことはない。積み重ねた修練、蓄積した知識、自分自身の力への理解。 それらを心という原動力で120%で実行する。
── 愛の力は、こんなしなびた私でも『騎士(ナイト)にするんだ』
銃声鳴る。
今正にベルマに対し脚鎌を振り下ろさんとする寸前、魔王蟲の頭部甲殻の隙間、脳までの体内直線を貫く弾丸。その距離1キロ。
対象、全身を痙攣させ崩れ落ちる。
「リチャード…!」
指揮頭脳を失い散り散りになる蟲の群れの中でベルマは安堵し狙撃手の方を向いて微笑んだ。

「西はロタルカとダナン率いる突撃隊が魔王蟲を撃破、南は先達て合流した王国先遣隊とそれを支援するウルの支援隊が魔王蟲を撃破、北はダークエルフと傭兵の混成隊により魔王蟲を撃破、東はベルマと防衛隊、それに駆け付けたリチャードにより魔王蟲は撃破されました」
隻眼隻腕なれど周囲に圧を発するダークエルフ、ブレアが戦況の最終報告を済ませる。
「良かったわ。不測の事態ではあったけど、街への侵入も防いで無事に済んで」
ディセトの実質的なトップである娼館『砂漠の薔薇』の主、ダークエルフを束ねるアクナは胸を撫で下ろした。
「久し振りに二人の戦う姿が見れると思ったんだけどネィ」
何処からともなく物陰から現れる蜘蛛人ネビオラ。
「それはそうと倒した魔王蟲の中で最も状態の良い脳を頂くがイイネ?調べたいことがあってネィ。 まぁ、もう回収して研究所に運んではあるんだけどネィ」
「何時にも増して手が早い…」
「ネビオラ、何か気になった事でもあるのかしら?」
「魔王蟲が魔王蟲を率いるのであれば分かる。が、今回は他の蟲種、ピンからキリまで戦闘力があるもの手当り次第まとめて襲ってきた。まァそういう事は無いとは言えないが、統率されしかも堂に入った戦術を駆使して来た」
「言われてみればそうである」
「魔王蟲、その背後に何か在る、と?」
「まァそれは自ずと分かるだろネ。それよりもどの様な影響を魔王蟲が受けたのか興味があるんだネィ。群れることのない雑多の蟲を従えたその力の秘密をネィ」
「ふぅむ…」
「でも、大体の予想はついているんでしょう?その秘密」
「ンン~、種の進化を待たず急速に変異した脳。それを促したのは、眼を閉じても鼻腔を塞いでも、それが何を意味するのか理解出来ずとも振動周波として神経脳に達する『言葉』、かもネィ」


 ── 翌日
藪医者(クアック)!マイエンジェルが大変なんだ!診てくれないか!?」
朝日が昇って早々に阿片窟へと、ベルマを背負い駆け込むリチャード。
「診察を頼む相手に藪藪呼ぶのはどうかと思うんだがネィ。先の戦闘での傷が悪化でもしたのかネィ?」
「不調とかそんな生易しいものじゃない!これは異変、異変だろう!?」
「私は一時的なものだと言ったんだけど…」
「一時的なもんか!本来なら蟲の攻撃なんて一度も掠らせずに倒す君があんなに傷ついて…それに今でもおかしいじゃないか!」
「おかしいとは一体何がだネ?」
「動く際に体幹が平時より4°前後ずれているんだぞ?あああ!これはきっと外的な要因じゃなくて内的な要因に違いない!Ohマイエンジェル、一体どうしてしまったんだい?!」
「ああ、そう。じゃあまぁとりあえず診てみるかネィ。デュワワッ」
ベルマを一旦ソファーに降ろし慌てふためくリチャードを余所に全ての複眼で凝視する。
頭から爪先までを三往復した後、ネビオラはやれやれと言った様子で複腕を傾げた。
「人というのは無くて当然と思った事象を日常から無いものとして認識してしまうのかネィ。それが渇望していた願いであっても」
「どういうことかね?」
「う、ん?」
「イヤイヤ、こりゃ言わないと当分気付きそうもないしサクっとお知らせしようかネィ。 祝!懐妊!」
一度二度三度、無言で素っ頓狂な表情のままで互いの顔を見合わせる夫婦。
そしてリチャードは震えながらゆっくりとベルマの腹に耳を当てた。
胎内で鼓動が起こっているとは思えないが、質量を感じる程まで成長しているとは思えないが、二人は確かにはっきりと感じたに違いない。
嬉々としてはしゃぐこともなく、大声で泣き祝うわけでもなく、腹で静かに泣き続ける夫を優しく微笑みながら涙を流し撫でる妻。
阿片窟に差し込む陽光に照らされる二人は、ともすれば宗教画にも見えた。

だが、翌日からは街中を吹聴しながら走り回り揃えれるだけの赤ん坊グッズなどを買い集めるリチャードが住民の注目を集めることとなる。
ベルマは大事をとって暫くは経過を見るということで防衛任務を外れ事務方に回ることとなったのであった。
「うぉぉおおおーー!ベルマベルマベルマぁーーーっっ!! そうだ!本国の実家に戻ってグランマから受け継いだベビーベッドを持って来よう!マタニティドレスとかもあったはず!うぉおぉおーーー!!」
「イヤハヤ、これはまた一つ興味深い観察対象ができたネィ」


ベルマの祝!懐妊SSをアレンジしてみました

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最終更新:2020年08月03日 04:52