【ハクテン様、帰る】

フタバ亭の女将の出産から三日後、亭の倉庫が空になるまで御礼大放出食い放題飲み放題無料開放はまだ続いていた。
マスターの予定では丸一日も経てば食材も酒樽も空になる算段であったが、亭に来る祝辞の客の皆があれやこれやと祝いの品を持って来る中に食材などもあったため、それらを加えたことが未だ宴が続いている原因であった。
市の人々以外の来訪者も多く入れ替わり立ち代わりする中で、宴の始まりから延々と飲み続けている豪の者がいる。
「うぅむ!新天地の酒も中々に美味じゃのう!肉ミミズと岩蛇を漬け込んでのもっちり喉越しよ!」
市の星教会が運営する孤児院で仕込み造られ贈られた酒を、躊躇一切なく喇叭飲みする小さな幼女と見紛う白鬼人ハクテン。
女将の出産を助けたその後、祝いの席ではしゃいだ後もそのままテーブルに居座り飲んで食って寝てを繰り返して今に至る。
出産の場にいた者全てが認めるその鬼力と貢献と、延々と飲み続けるためなのかドカバカ飲み食いせずにちまちま(時々ガブ飲み)口に放り込んでいるからか亭も客も特に迷惑がることもなく望むままテーブルへ酒と料理を運び続けている。
「ハクテン様のお腹の中ってどうなってるの?それだけ飲んでもしょっちゅうトイレに行ってるわけでもないし」
飲み休めの炒り豆を運んできた給仕の赤鬼人シィが当然の疑問を問いかける。
「酒は儂の力の源じゃ!飲んだ先から力となるのじゃ!」
えぇ~…それは無理があるでしょうと思いつつも、本人がそう言っているのならそうなのだと納得するしかなかった。
そして暫くした後、満足したハクテンはテーブルの上で腹を丸く盛り上がらせて鼾をかき始める。
多分、いや確実に目を覚ませばまた飲み食いするのだろう。

「あーっ!やっと見つけましたよハクテン様。きっと相手の好意に甘えて飲んだくれているだろうって皆言ってましたけど、寸分違わず裏切りませんね。ほらほら里に戻りますよ」
おさげの姫代はハクテンをひょいと抱き上げるとそのまま背中の籠にホールインして亭の面々に一礼した。
最初は帰りを惜しんだ面々であったが、里云々を説明すると納得してお礼の品をまとめてくれた。
「もしよろしければハクテン様の里のガイドブックをフタバ亭に置いてもらっても良いですか?」
姫代が差し出したのはハクテンが出発してから少しして暫定完成した白ノ郷ガイドブックである。
「あとこれ、里の特産品です。ドニーに窓口がありますのでよろしければ今度ご注文をお願いします」
差し出したのは長期間常温保存が可能なハクテン大根の酢じめと白雲を瓶に詰め込んだような白ノ酒である。
「さっぱり酸っぱいこりこり食感が気持ち良い!お腹にも重くなくて食べ易いし、食の合間に最適ね」
赤子を寝かしつけてカウンターに復帰した女将が賞賛する。
「むむむ。この醸造は何と奥深く繊細な…これは相当な職人と、腐霊の使い手が携わっているとみた」
是非の取引と熱い握手を交わして姫代は亭を後にしたのであった。
『ヒヒン』
「アオ、お待たせ。ニシューネン市に水路が続いてて良かったね。海からそのまま走ってこれて」
六脚水馬の荷鞍にお土産を乗せ、ハクテン籠を背負ったまま跨ると鐙を一鳴らし、水路へと跳び入る水馬。
「風の言霊は飛ばしたけど皆心配しているだろうし早目に帰ろ!」
水上を勢いよく駆け海を目指すその姿は、道を行く皆の目を引いた。

のんべぇ連れ戻されるの巻

  • 異世界の肴描写で一杯やりたくなるね -- (名無しさん) 2020-10-04 22:36:32
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最終更新:2020年10月04日 20:29