「極小陽剣!」
坑道の岩壁を貫く光の刃。そして崩れるのと合わせて不気味な甲虫とそれを押し退ける様に猫人が飛び出して来る。
「うおおっ!やっと出れたぞ畜生め!」
暫く痙攣した後、細く硬い甲虫は動かなくなる。
「はぁぁぁあ~。いきなり真っ暗闇の中に飛ばされたと思ったらでけぇ蟲に追い掛け回されてよぉ」
後方からの追手の気配がないことを確認し、明らかに人の手が加えられている坑道をぐるり見渡す。
「こっちはさっきまでのつるつるな洞窟と違って真っ当な坑道だな。 とりあえず空気の流れ見て外出るか」
やがて光が見え出入り口であろう場所に辿り着くと、そこには車輪の錆びたトロッコが数台置きっぱなしになっている。
「んん?何の音だ?」
外は森。木々を抜ける風の音に混ざって何かが回転する音が聞こえる。
特にあてもないので音のする方へと進む。意外と音の進みは速く、自然と駆け足になる。
「んー?何かが回転しながら風精霊と飛んでるな?」
捕捉した先には1メトル四方の大きさ、回転する四対の数枚の黒い羽。その下には荷が提げられている。
『ニヤス!』
不意に猫人の懐から青白い毛玉が飛び出し跳ねて件の黒羽を追う。
『ニャス!ニャス!ニャス!』
『うわわっ!何このフワフワ!』
下から突き上げる毛玉に巻き込まれそうになった風精霊がそれを嫌う様に高度を上げる。すると合わせて荷を下げた黒羽も高度を上げた。
「おいおい!待て待て!」
猫人は慌てて毛玉を追いかける。風精霊に先導されながら木々の間を縫って飛ぶ黒羽の軌道は見事なものである。
「ありゃぁ、躍字か?」
やがて見えて来た小屋が目的地なのか速度を上げる風精霊。追従する毛玉も勢いよく跳ねる。
『おじさんおじさん!荷物だよ!あとヘンなのが追いかけてくる!』
ぱたぱたと両手で戸を叩く風精霊に呼応して開いた戸から影が飛び出すや否や、それは跳ねる毛玉を捉えようと手を伸ばす。
「おっとすまねぇ。こいつは俺の相棒なんだ」
猫と熊の指が重なり止め合う。合致した剛力で互いが静止し、その姿を確認する。
「そうか」
痩せてはいるがその熊人の爪は短くも鋭い。未だ闘う者であると匂いを察する猫人。
「むむっ!何か良い匂いがしやがる!」
ヒゲをピンと伸ばした猫人は開いた小屋の中、煮炊きの煙立つ台所を発見する。
「おっさん!飯屋か?!」
太陽神の試練で飛ばされて数日、洞窟の中を彷徨い食えもしない甲虫相手に悪戦苦闘し続けた猫人の目は輝く。
「客なら入るといい。丁度麓から食材が届いたところだ」
熊人が黒羽の荷を受けると、すうっと“回飛”の躍字が霧散する。
荷札に受け取りの印を書き、次の荷の要望を添えると、毛玉に埋もれていた風精霊が飛び出して札を掴む。
『まいどありっ!次の便は一週間くらい後だよー』
『ニャス~』
別れを惜しむ様に少しへしゃげる毛玉。飛び去っていく風精霊。
「なぁおっさんよ、坑道で甲虫に追いかけられたんだが、ありゃぁ何だ?」
「多分それは“骨喰い蟲”だ。 この白頭山に埋もれる巨人の骨の中に巣食う気性の荒い大きな蟲だ。そいつが現れた坑道は作業員の被害が出るため閉じるんだ」
「ん~そりゃ大変だ。巨人の虫歯みたいなもんか」
『ウニャァ』
出された料理を平らげると猫人は立ち上がり腕を捲る。
「よっしゃ。飯の礼だ、いっちょその骨喰いってヤツを片っ端から退治してくるぜ!」
『ニャス!』
「何匹いるか分からんぞ?時には坑道が埋まるほど現れることもある」
「まぁ何とかなるだろ。穴を崩さねぇ程度に暴れてくらぁ」
踵を返す猫人の両手に光る指輪が何とも印象的であったと、後に熊人は語る。
竃と水瓶から見送る火と水精霊に向けて耳を振る毛玉がぴょんと肩に乗る。
「そう言えば名を聞いていなかったな。何かあった時のために教えてくれないか」
猫人は振り向く。片目を覆う布の下に光を携えて返答する。
「ディエルだ。一仕事終わったらまた飯食いに来るぜ!」
『ウニャ!』
その後、閉じられた坑道の幾つかが骨喰い蟲の根絶を受けて採掘を再開したと言う。
- 巨人の骨に後から入ってきた虫なのか巨人の虫歯菌みたいなものなのか気になる -- (名無しさん) 2021-02-23 14:15:55
最終更新:2021年02月21日 21:18