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【蟲人の街】

荒野を自転車に乗って行く。巨大な建造物が幾つも見えてくる。
いくつもの六角形を組み合わせたような外形は蜂の巣の発展だということを想像させる。
蟲人の街だ。

街に入ると喧騒が押し寄せてきた。蟻蜂系の蟲人たちがせかせかと動き回っている。
ある者は飛び、ある者は壁を走り行く。
人間大の生き物ががこうまで三次元的に素早く動くのは目眩を覚える光景であった。
そんなふうに呆けていたのだが、宿を取らねばならないことを思い起こし人に道を尋ねることにした。


時は流れて数十分、宿をみつけるどころか声すら掛けられていない俺がいた。
だって蟲人怖い。
ゲートまわりで見たのは、かなり人間的で余裕だったのだが、
ここの街の蟲人たちは虫の割合高めな外見の方が多めなようでキツイ。
なんといっても瞳がまんま虫なのが怖い。マジ怖い。
でも宿は取らなければいけない。
今、目の前を通った蟲人に狙いを定め、俺は覚悟を決めて声を出した。

「…す、すいません」(声を張ったつもりだが、蚊の鳴くような声でしか無かった)
幸いながら声は届いたようで、相手は振り向きこちらにフェロモンを投げかけた。
《何か用ですか/急いでいます/面倒です》(神々の恩恵で理解できる。便利だ)
俺は慌てて返事を返す。
「あの、宿を探しているんですけれど。あぁ、後、これどうぞ」
一つ思い出し、リュックからチョコレートを取り出す。
基本中世程度の文化なので菓子は珍しく、交渉に便利なのだ。
腕ごと食べられたりしないだろうかと、チョコを恐る恐る差し出した。
すると相手は頭を下げて触覚をヒョコヒョコと動かす。(ユーモラスな動き。はじめて蟲人に親しみを感じた)
直後、おもむろに歓喜のフェロモンが発せられる。
《甘いです!/感謝しています!》

「どういたしまして。それで、宿は教えてくれますか…?」
《もちろんです》と相手は出し、地図を広げて口を開いた。
「ここですよ。3-89-6番です。こっちをこう進んでこう曲がるとここに宿があるのがわかりますから」
地図をなぞりながらの説明。代名詞がやたら多いなと思いながらも、礼を言って宿へと足を進めた。


言われたとおり道を進む。はたして宿の在り処はすぐに分かった。
《歓迎します/休憩できます/食事あります》とのフェロモンが強く発せられている。

しかし俺は溜息を吐き、腰を下ろした。
宿は8m程の高みにあり、梯子や階段なんて見当たらないのだ。
それも当然のこと、宙を壁を自在に動く彼らにとっては必要ないものなのだから。
ゲートのある都市以外では、地球人類の規格に合わせた施設は皆無だ。
以前に訪れた獣人都市での苦労を思い出し、再びの溜息。
そういえばと鼻に意識を集中する。ざわっと鼻孔を通り抜ける情報の波。
匂いの喧騒というものは未だに面白い体験だ。言語伝達の加護はこの上なく便利で不可思議。
地球でも使えたらいいのにと思いながら、暇つぶしに匂いの喧騒に身をまかせる。

まもなく待ち人が目に入った。逃してられぬと大声を上げた。
「おーい!そこを行く風の精霊さん!手伝ってはくれませんか!」
『なにかなー?』
そんな意思を発しながら風の雰囲気は近づいてきた。(正確に表現するのは難しい。とにかく五感で風の眷属だ!ということが感じられる)
『あれー?初めて見る氏族だー!あははっ面白ーいっ!』
ぶわっと強い風に包まれ思わず目を瞑る。
恐る恐る目を開くと、そこには俺がいた。
『できたっ』
何かの気まぐれで俺の姿を精霊がとったのだ。
うむ、どっからどう見ても俺だ。
ただ、どことなく少女の雰囲気を漂わせているのが非常に気持ち悪い。
俺の姿でそんなポーズとって欲しくないんだけど。
「すみません、あそこまで連れて行ってはくれませんか?」
宿を指差し精霊に伝える。
『うん、いーよ。えいっ!』
意志が届くと同時に、身体を風が包む。浮遊感。
ゴッという音の後、風が俺を宙へと導……かなかった。
『ありゃりゃ。ごめんね、まだ若いから君を飛ばすことは無理っぽいね。
 この重さだと多分わたしが二人ぐらい必要だよっ』
それは残念だ。
「なら待ちますか」
『よし待とうっ。そうだ! 聞きたいことがあったんだっ。君ってなんて氏族?』
「ああ、人間って言う奴です。最近こちらに現れたばかりの、」
『へぇっ君がそうなんだっ。噂には聞いてたけど初めて合ったよー』
だめだ。俺の姿でそんな言葉遣いをされると気持ち悪くて仕方がない。
「あの、出来れば別の姿をとってほしいんですけど」
『うん?いいけど何になろっか?』
「女の子でお願いします」
『人間の?どんな感じかなっ?』
「ええと、とりあえず全体的に細く小さくしてもらえますか?」
『こう?』
「そう、そんなかんじです」
「胸を膨らませて、あっと、もうちょい控えめなのが好みですね」

……30分後……

「うーん女の子の造形はなかなか難しい。髪を長くして、そうだ、精霊っぽく緑にしてください」

……三時間後……

「くそっ、駄目だ駄目だ!全然可愛くならない!俺のセンスではここが限界か?もう諦めたほうがいいのか?
 いや違う、やってやる…!やってやるぞ…!!」

……五時間後……

「違う!腰のラインはもっと柔らかい曲線だ!そうだ!やればできるじゃないか!」

……………………………………
…………………
……

長時間の格闘が終わった。心地良い疲労感が身を包む。
目の前には俺の理想を体現した少女達がいた。努力は報われたんだ。涙がにじむ。
「できた…できたぞ…!完璧だ…!」
『『『ほ、本当…?可愛い?』』』
「ああ…やったな。最高にかわいいぞ!」
感極まって目の前の少女達を抱きしめる。
感動のあまり俺も少女達も、恥も外聞もなく泣いていた。
パチパチという音に顔をあげると
同じ姿の少女達が周囲を囲み拍手をしていた。
ある者は泣き、ある者は笑い、歌い、踊り、抱きつき、
しかし皆一様に喜びの意を示していた。
ああこんなにもの多くの人たちが…!喜びのあまり俺は一層涙を流すのだった。
……………だけど何でこんなにいるんだろう?



『えっ?しばらく前からいましたよ』
『すごい熱気だったのでつい』
『俺はさっき来たばっか。友達に呼ばれてな』
『私は見てるだけでしたけど、結構前から』
『わたしはすっごく頑張ったー!』
わいわいがやがや。
多角的に観察出来てるのは何かに目覚めたのかとばかり。
実際に何人もいるとは気付かなかった。

『そういえばあそこに行きたいんでしたっけ』
『これだけ入れば簡単だねっ』

『というか僕は一人でも余裕だけど』
『我なんて一息じゃ』
『あっ領主様だ!』
『本当だー』
『うん?王国ごっこはまだ続いておったのか?』
『ひっどーい。百年ぐらいやろうって言ったくせにー』
わいわいがやがや。
もうすっかり日は暮れている。宿の受付はまだやっているのだろうか。



《いらっしゃいませ》
このフェロモンが来たなら営業時間だ。セーフ。
奥に進み、カウンターの店主に声をかける。

「すいません。二泊三日でお願いします」
「おうさ。兄ちゃん遅かったじゃねえか。あれは何をやっていたんだ?」
店主はそう言って、俺の前に土器のコッブを差し出した。
なみなみと鈍い琥珀色の液体が注がれていく。
「いえ、ちょっと遊んでいたというか。えっと、これは何ですか?」
「蜂蜜酒。お礼だよ。いいもんくれただろ」
初対面のはずなんだが人違いか?
人間の区別が付いていないのかもしれないな。
「兄ちゃん、ほら、あの甘くて黒いヤツのことさ」
チョコレートをあげたのは、こいつにではなかったはずだけど。
「あぁ、あの人が連絡してくれたんですね。丁寧にありがとうと伝えておいてください」
店主が《笑っています》と匂いをうかばせた。
「いやいや、勘違いしてるね兄ちゃん。この街の奴らは大体俺達なのさ。この近くで言うと東の街の奴らもな」
「ああ…なるほど……?そういうことですか」
どういうことだ?適当に返事をしたが見当がつかない。
《疑問を持っています》
うわ、俺からなんか出た。
「そうか、兄ちゃんはバラバラの氏族なんだな。あの、なんだ。
 俺も浅いとこでは兄ちゃんと同じようにバラバラなんだが深いとこで繋がっていてな」
「はあ、集合精神とかですか」
色々な人種がいるんだなあと思う。
「わからんなら、それもいいさ。酒を飲めばみんな一緒だ。俺も俺達も兄ちゃんもな」

甘いアルコールの匂いが鼻をくすぐる。
勧められるまま蜂蜜酒を飲む。いつか飲んだものよりもずっと甘い。
きっと蟲人の好みなのだろう。
ふと外を見れば荒野の地平線。
地平線の向こうに巨石が一つ、あれは御神体だったんだっけな。
東の遠くには街灯りのようなもの、店主が言い及んでいた奴か。
澄んだ空には星が広がる。
知らない星空かもしれないし、慣れ親しんだ星空かもしれない。
あいにく俺は星空には詳しくなく区別が付けようもない。
星座を知っていれば、きっとまたひとつ感動が増えた。
日本に帰ったら星図でも買ってくるかと決めて、蜂蜜酒を一気にあおった。

  • 描写は丁寧 -- (名無しさん) 2012-03-27 03:41:40
  • マセ・バズークの町の様子や蟲人風精霊のあり方が当然の風景みたいに表現されているので自然に頭に風景が浮かんできました。挿絵も賑やかな作中の一場面を詰め込んでて良質。 -- (名無しさん) 2012-05-05 19:14:06
  • 相手の好物を持参するというのはどこの国へ旅するにしても有効な策なのかも。自転車と異世界は相性がよさそうと思いました -- (ROM) 2013-02-11 18:50:38
  • 甘味に感動する蟲人が愛らしい。最後の段落は異界の旅情が感じられて好き -- (名無しさん) 2013-03-09 19:24:10
  • 昆虫由来の要素がふんだんに盛り込まれた街と人達がのどかで和む。 風精霊の騒がしさが旅と相まってまるでお祭りの様 -- (名無しさん) 2013-07-26 23:15:49
  • 人間大の昆虫がお菓子に喜んでいる様子がなんともファンシーだけどそれも交流の一つなんだなー。精霊のごっこは我と個を保つための本能なのかなとも思った。星空の描写は胸が好く -- (名無しさん) 2014-03-29 10:33:55
  • 基本として精霊は楽しいことや面白いことが好きというのが世界観に大きくあると感じます。どんな国に行っても交流はできるんだと先を開いた作品だと思います -- (名無しさん) 2014-03-30 18:52:16
  • 異世界人がみんな優しい。昆虫が人みたいな生活するならこんな町の風景になるんだなと思った。精霊がとてもシンプル -- (名無しさん) 2014-07-04 23:32:34
  • 初めての異世界旅行のテンプレな展開に異種族の独特な生態系がよくマッチする。風の自由奔放さをありったけ表現しているのも楽しい -- (名無しさん) 2016-08-17 15:48:32
  • 本格的に異世界への旅が始まったのが外観も特徴も一風変わった蟲人の国というのがやはりイレブンズゲートは面白いと感じるところ。精霊や蟲人の性質がここで既に完成しているんですよね -- (名無しさん) 2020-04-30 03:28:12
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最終更新:2011年08月17日 15:12
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