「ニホンの精霊はよそよそしいな」
学校の屋上、留学生の“無月の子”ルアン先輩(ダークエルフ女性・年齢非公開)は、
放課後のざわついた空気を見下ろしてそう呟いた。
「特に水道水はさっぱりだ。混入された『かるき』とやらのせいか、私の声などまったく
聞く耳も持ってくれぬ。まだしも『みねらるうぉーたー』の方が物分りがいい」
ルアン先輩のため息にさもありなん、と肯く。
精霊なんてものはよくわからないが、ただでさえ神聖不可侵なる物理法則にどっぷりと
浸かってふざけたオカルトと無縁にすごしてきた連中である。「お前ならばやれる!」と
いくらおだてなだめすかしたとしても、そうそういままで右にならえしてきた物理法則を
逸脱などしてくれないだろう。
それも自然の中でのびのび育った田舎ものならともかく、蛇口をひねれば即参上なんて
いう科学文明に毒されきった都会っ子の水では尚更だ。
してみると、大都会の隙間を吹きすさぶビル風と、エアコンから噴き出す適温の風では
どちらがルアン先輩にとって与しやすい精霊の住みかなのであろうか。割とどうでもいい
話ではあるが。
ルアン先輩はわりと偏食気味である。
そんなだから成長しないんじゃないかと思うのだが、本人は
エルフは成長が遅いせいだと主張している。
「でもとりあえず牛乳くらい飲んでみましょうよ」
「牛乳も豆乳も好きじゃないと何度言ったら」
「どうでもいいですけど褐色肌に白い液体っていいですよね」
「うるさい黙れ」
「ルアン先輩、何読んでるんですか?」
「この前クラスメイトに薦められた『らのべ』とかいうやつだ」
「あー、これアニメにもなってましたよね」
「大抵の人は魔法など見たこともないというのに、この世界の人間の想像力はすさまじいものだな」
「なんか、友達の先輩が異世界での精霊魔法実習でギャルゲキャラの姿した精霊出しちゃって、長年隠してた趣味がバレちゃって涙目になったそうですよ」
「ふぅん… なあ、ギャルゲキャラってなんだ?」
「…知ったら引き返せませんがよろしいですか」
「なんだ、そういう世界なのかギャルゲキャラ?」
きれいですね、先輩。
「月がひとつしかない夜空と聞いて随分寂しい空だなと思ったが、こうして見上げてみると悪くない」
その月ももう少しでぜんぶ隠れちゃいますしね。
「…あんまりひっつくな」
寒くないかと思いまして。
「あんまり暖められると、油断すると眠ってしまう」
…あんまり夜更かししないんですね、先輩。
食事に誘ったルアン先輩が、待ち合わせ場所に甘い蜜のような香りを漂わせて現れた件について。
…僕、今夜死ぬかもしれない。
「失敬な! うっかり同じものに箸をつけた時に君を殺さないための配慮だろうが!」
夏場はノーブラTシャツ短パンでコンビニにガリガリくん買いに行ったりするよ
先輩……見えてます。
「見るから見えるんだ」
そんなムチャな…さっきの店員さんも目が泳いでたじゃないですか。
「知らん、暑い」
そういえば先輩、寒冷地暮らしだって前に言ってましたよね。目の毒ですからさっさとエアコン効いたとこにいきましょう。
「…そういう毒もあるのか」
ダメだ、そろそろ脳もやられてきてる。先輩、ダッシュです。
七月七日は大抵梅雨真っ只中で雨か曇りの時の方が多いから、最近は織姫と彦星は曇ってても雲の上で普通にデートしてる説が流行ってるみたいですね。
「むしろ邪魔が入らない分のびのび出来そうだな」
ところで先輩、どんなお願い事書いたんです?
「…君のやつほど即物的ではないつもりだ」
何故僕のがわかったんですかっ。
「君の字はわかりやすい」
期末試験も終わって、あとはねんがんの夏休み待ちですねー。
「ガリゴリくんおいしいな」
あ、また熱暴走してる。狭い室内飽きたって屋上あがって早々にこれですか。
「帽子被ったくらいじゃ焼け石に水だな」
そのストローハット自体はよく似合ってますけどね。やっぱりプールいきましょうよプール。
「下心を感じる」
何をおっしゃいますやら。
「まさか君の部屋が花火観賞の穴場だったとは」
まあ毎年のことなんで別段意識したことないですけどね。低いやつだとビルが被ることを気にしなければそこそこよく見えますよ。
「おおっ、またどーんっと来たぞ! すごいなぁ、綺麗だなぁ」
花火なんかより、童心にかえった先輩の笑顔おいしいです…っていうか、いま男と部屋に二人っきりとかいう意識あるんでしょうか。
「何ぼそぼそ言ってるんだ。ほらあれ、またぱっと開いたぞ!」
だからそこで身を寄せないで下さいああもうほんとにっ…。
この後、我慢できなくなってキスした僕は数時間昏倒したそうだ。
私が解毒薬を持っててよかったな、と呆れ顔でいう先輩の証言なので多分間違いはないと思う。
…ダークエルフの予防線は本当に強大だ。
「いやあ、さすがラーメンの名店。美味しかったですね」
「うん…だが、個人的には学食のみそラーメンの方がうまいな」
「うちの学食は気合い入り過ぎですから比べたら可哀相です」
両世界の文化の相互理解を目指す十津那では、学食もまた両世界の食文化を理解してもらうべく尋常でない予算がかかっているらしい。
ただ、諸々の問題からドニー料理だけはないのがドニーからの留学生に不評らしい。仕方ないね。
話によると、ルアン先輩も例の屋内プールに出入りしているらしい。
早朝と放課後にはエルフやダークエルフの日光浴のためにヌーディストビーチ化していてこの世の桃源郷だというが、覗いたものに決して逃れられぬ破滅が待っているという黒い噂も絶えないため、確認しようとするものは自分の周囲にはいない。
誰だって園芸部で肥料にされそうになっていたところをすんでで保護されたりはしたくないのだ。
しかし、あそこに出入りしているということはルアン先輩も生まれたままの姿になって……。
「おい、滅多なことを考えるなよ。いくら私でも、あそこに侵入した君を庇いきれる保証はないんだぞ」
先輩の切羽詰った声に、膨らみかけたものが急速に萎んだ。
もうすぐ新学期ですね、先輩。
「今年は開花が早かったから、始業式の時には多分もう散ってるだろうな」
いいじゃないですか、お花見はばたばたしてない時の方が。
「それもそうだな…あふ」
先輩のあくびいただきましたー。くつろぎモードの先輩かわいいです。
「…今年一年間は離ればなれだな」
ええ、でもその分放課後に埋め合わせしますから。
「うん、期待している。…少し眠る」
はいはい、僕は引き続き枕ですね。
- なんだかんだ言われつつも付き合ってくれている僕と先輩との関係がうらやましすぎる -- (名無しさん) 2012-06-08 06:35:59
- 倒れるくらいならお釣りが来ると思えるようなおいしい体験じゃあないですか -- (とっしー) 2012-07-31 09:26:31
- 先輩とのこんな日常がずっと続けばいいのに -- (名無しさん) 2012-08-12 13:32:27
- やはり地球(日本)の都市部と異世界とでは自然の度合いが大きく違うんだろうなとルアン先輩を通して実感しました。それでもお互いの世界にもいいところはあるとも感じました -- (名無しさん) 2013-06-15 17:53:26
- 分かりやすいおのぼりさんだわー。徐々に仲良くなっていくのがなごむ -- (名無しさん) 2014-04-09 23:57:29
- 短いけど話はまとまってるので読みやすいしこういうのいいな -- (名無しさん) 2014-04-11 22:54:02
- 微笑ましい。異世界人が見る地球は不便なのか便利なのか考えてしまった。会話ができれば価値観違っても仲良くなれるんだな -- (名無しさん) 2014-07-04 23:36:57
最終更新:2013年03月30日 21:29