【奥山さんと僕】

時々不思議に思うことがある。
自分たちが当たり前に感じているこの世界の有り様が、
どうも思うよりも随分と最近になって出来上がっていたという事に、だ。
例えば、サムライが街を闊歩していた時代なんかは、たかが150年くらいしか昔じゃない。
合衆国と戦争していたのだって、60年ちょっと昔なだけだ。
ゲートが開いたのも20年少し前。
いずれも僕が生まれる前の事だから、大昔の出来事のようにも思うけれど、
それは僕たちの世代だからそう感じるだけだ。
大人たちはだいたい「戦争があった頃は」「ゲートが開く前は」なんて言う。
この国が戦争をしなくなったのなんて、当たり前の事じゃないのか。
亜人が街を歩いているのなんて、当たり前の事じゃないのか。
でも、どうも当たり前じゃないようだ。
不思議なものだ。

不思議な事と言えば、もっと僕自身の生活に直結している問題がある。
僕の学校は、瀬戸内海沿岸にある淡路島ゲートの間近に設立された学校だ。
名前は、私立十津那(とつくに)学園。
僕ごときの学力でも、受け入れてくれた学校だ。
土地柄から言うまでもなく<門の向こう側>との交流を目的として設立された学校で、
そこには当然、亜人の人たちが<向こう側>から沢山留学してきている。
設立当初は相当波乱含みだったようだけれど、それも結局は「ゲートが開いた頃は」
っていう大人たちの苦労話でしかない。
今はそんな波乱なんて無くて、せいぜいヨソと変わらない程度のトラブルだけだ。
苦労するのは、もっと別のところにある。
具体的に言えば。今だ。

「おいしいですビックマック。おいしいねヒウマくん」
僕の目の前には、夢中でハンバーガーを食べる女の子が一人いる。
数年前なら彼ら彼女らの顔など区別もつかなかったろうけれど、
十津那に入学して、交流を深めていくうちに区別がつくようになった。
おそらく彼女は、彼女の種族の中では可愛いらしいほうだろう。
小麦色の髪の毛に、ピンク色の髪留めを2つしているのが特に可愛い。
ハンバーガーをモグモグと食べる仕草も可愛い。
ややタレ目などんぐり目も、クルクルとよく動く耳も可愛い。
強いて言うならば、ひくひく動く鼻も、まあ可愛い。
どちらかと言えばポッチャリ体形なのも、許せる範疇だ。
ただ、これは彼女の名誉にかけて悪口のたぐいでは一切ないと
前置きした上での話だが、見た目は何というかこう・・・ブタだ。
オーク、という種族の亜人なのだ。

彼女の名前は、オークオーク・ヤーマン・フー・ウー・ウー、通称奥山さん。
名前の意味は、偉大なるオーク族ヤーマン氏族233番目の娘、という事らしい。
で、ウチの担任のタコちゃん先生が「日本風に言えば奥山さんね」などと言うので、
クラスメイトはだいたい奥山さんと呼ぶようになった。
女子連中はフーちゃんと呼ぶことが多い。
「おいしくないビックマックですか?」
僕がボーっとしていたのを気にかけてか、奥山さんが話しかけてきた。
「あ、あの、美味しいよ。僕のは普通のチーズバーガーだけど」
正直なところ、僕は今もの凄く緊張している。
女子と二人きりで食事なんて、人生で初めての経験だ。
たとえ彼女がオークで、見た目がどうにもブタであってもだ。
「おいしいからよかった。
 やっぱりビックマックはチーズですか?ヒウマくん」
満面の笑みを浮かべて、彼女は再び自分のビックマックをほおばりはじめる。

<門の向こう側>には、オークと呼ばれる亜人種が存在する。
こちらの世界で、たとえばローマ神話や大予言者トールキンの著書などで
かつてより語られてきたオークとは、随分と趣の異なる種族だ。
偶然なのか、それとも世界間で何らかの偶然に収まらない何かがあるのか知らないけれど
外見こそ共通してブタではあるが、その暮らしぶりはあまりに異なる。
まず彼ら彼女らは、とてつもなくキレイ好きで几帳面だ。
残忍さなど欠片も無く、どちらかと言えば温厚な性格をしている。
のんびり屋な者もいれば、猪突猛進な者も居て、その辺は様々だ。
奥山さんに関して言えば、まさにのんびり屋の代表格だ。
そして何より頑張り屋さんだ。
彼女が微妙にカタコトなのも、『言語翻訳の加護』をあえて使っていないからだ。
言語体系どころか、文化文明レベルでまったく違う世界に来ているのに、
彼女はいちから言葉を覚えようとしているのだ。
そこは僕、犬塚勇馬も見習わなければならないだろう。
たとえ、彼女にヒウマじゃなくてユウマだと何度教えても覚えてもらえなくとも。

「ところで、さ。
 奥山さんって、僕に何か頼み事があったんじゃなかったっけ」
そうなのだ。
僕は今日の放課後、突然クラスの女子連中に囲まれて、
奥山さんが僕に頼み事があるから聞いてあげるように凄まれたのだ。
で、奥山さんが「ないのです。マクダーナルにいったことが、わたしは」
という事だったから、今まさに僕らはマックでハンバーガーを食べているのだ。
それと、おそらく彼女は全てのハンバーガーがビックマックだと誤解している。
「そうなのです。おねがいです。
 なまえをつけるのです。このこにヒウマくん」
彼女はそう言うと、ケータイのボタンをペチペチと操作しだした。
「このこです」
ケータイの画面には、心底まるっこいハムスターの写メが表示されていた。
「ジャンガリアンかな。可愛いね。
 奥山さん、ハムスター飼ってるんだね」
奥山さんはマユを八の字に下げて、困った表情になった。
「なまえがきまらないのです。そうだんでいいですか」
なるほど・・・
おそらく彼女は、自分たちの世界での標準的な愛称をつけたくないのだろう。
郷に入らば郷に従えを地でいうという事か。
「いくらでも相談に乗るよ。
 そうだ。奥山さん、こんな名前がいいっていう候補はあるの?」
そう尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべてこういった。
「あるのです。『アシタ』です」

アシタ・・・明日?
いや、それとも彼女の故郷の言葉だろうか。
郷に入らば郷に従えなんて、僕の深読みのしすぎだったって事なのか。
「アシタかぁ。それってどういう意味なの?」
ちょっとだけ自分の思っていた奥山さん像と異なった名前を聞いてしまい、
若干テンションが下がった気もするけれど、そこは奥山さんを見習って、
むしろ<向こう>の言葉を学ぶ良い機会と思うことにした。
ところが、奥山さんは不思議そうな顔をしている。
「アシタはアシタですよ?きょうのつぎのひです」
あれ?本当に明日なのか。
でも何故そんな名前を思いついたんだろう。
「アシタはよいです。ずっとつぎのひです。
 きょうはたのしいですし、アシタもたのしいです。
 いつもアシタでいっぱいならよいです」
奥山さんはニコニコしながら語っていた。
そうか。
明日・・・未来、希望、何度でもやってくる日・・・そんな意図なんだろう。
「いい名前だね」
彼女はやっぱりニコニコしていた。
僕にはこの言語的ミステイクを笑う権利なんて無かった。
というよりも、僕は明日という言葉を、ずっと好きになった。

帰り道。
もうすっかり夕暮れの赤で染まった街並みを、奥山さんと僕は駅に向かって歩いていた。
「あそびにきてくださいです。アシタもまってます」
やっぱりニコニコしながら、奥山さんが話しかけてくる。
「そうだね。そのうち遊びにいくよ。
 <向こう側>にも行ってみたいし。
 奥山さんの生まれ故郷を見てみたいな」
奥山さんは小さくうなづいた。
ぽてぽてと歩いているうちに、いつの間にか駅に到着していた。
「それではここで」
彼女は、ぽってりとした手を振った。
「うん。また明日」
僕も手を振った。
自然と彼女の尾も左右に揺れていた。


  • 行動がいちいち可愛くて豚すぎる!最初から好感度お互いにビンビンなのもそれはそれで面白い -- (としあき) 2012-10-17 03:03:29
  • 異世界から地球へやってくる時にも翻訳加護を受けれるというのは確かにそうだと納得しました。世代による異世界への考え方や学園での二人を見ると先入観や固定概念などがない真っ白な気持で異世界と向き合えるのがゲート解放後に生まれた世代なのかなと思いました -- (名無しさん) 2013-07-07 19:17:49
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最終更新:2014年08月30日 23:26