甲高い笛の音、軽快な小太鼓の音、ド派手に鳴り響く銅鑼の音。
朝早くから、祭り囃しの音が通りから鳴り響く。
「朝っぱらからウルセぇなぁ・・・」
犬塚勇人は不貞腐れながら寝具にくるまった。
今日から大延国大都にある緑碧市街の祭りの日なのだ。
通りは朝も早く、というか明け方を待っていたとばかりに人が溢れかえった。
3日間延々と続くこの祭りは、初日に延劇、中日に料理対決、末日に山車練り歩きと、見どころには事かかない。
言うまでもなく、開催期間中は通りを埋め尽くすほどの屋台が陳列する。
にもかかわらず勇人がまだ寝ているのは、初日屋台の抽選に洩れたからだ。
普段は営業する店も、屋台に客を取られて開けるだけ無駄なので閉店中。
なんとか当選した半日交代の屋台スペースが空くまで、やる事が無いのである。
そんなこんなで不貞寝していたのだが、そんな彼の眠りを妨げる者もいる。
言うまでもなく環奈(ファンナ)だ。
勝手知ったる何とやら。ノックも無くガチャリと部屋の戸を開けて入室してくる。
「まあまあ。そう愚痴らんと。
年に4度のお祭りなんやし、楽しまんと損やわ。
そや、ユート。今日は延劇見にいこか。
あれメッチャ楽しいねんで」
彼女は相変わらずの甘ったるい声で言った。
寝相が悪いのか、コゲ茶と銀の髪の毛がクシャクシャになっている。
服装も薄手の寝着のままで、完全に目の毒だ。
「延劇なぁ。
どうせ夕刻までヒマなんだし、見に行くのも悪くねェか。
朝メシ食ったら行ってみるか。
あとな、ファンナ。1つだけ聞いていいか。
何でお前、寝着のままで俺の部屋に来てンの?
女の子なんだから、その辺りもうちょっとこう、な。
俺も男なンだからさ」
ファンナの赤い眼がキョロリと動く。
察しが悪い時のクセだ。
寝着の裾を指先でつまみ上げ、小首をかしげながらポソリとつぶやく。
「洗濯はしとるよ?」
まるでわかってない。勇人は盛大に溜息をついた。
この辺りどうにも意思疎通がままならない。
「とりあえず朝飯にしよう」
2階にある寝室から1階に降りただけでも、祭りの熱狂が数倍増しで伝わってくる。
食卓に置いてあった屋台組合から貰った案内状を見ると、小さな男女の人形が地図の上で踊っている。
どうもそういう『仙術』があるとの事で、現在位置を人形で教えてくれるそうだ。
「あは、今日も踊っとるわ」
ファンナはそう言うと、男の人形を指先でこづいて遊び出した。
「ほら、罪もない人形をいじめてないで、何か食いに行こうぜ」
「ウチはいつも通りでええわ。
ロウ大人の店に行こ?屋台出してはるんやって」
店から一歩外に出ると、そこは人、人、人の洪水であった。
左を見れば狐人。
右を見れば狸人。
遠くに見えるはまさかの龍人?
普段からそこそこ人の多い通りではあったが、まさかこうまで増えるとは想像もしてなかった。
勇人達は、人ごみをなんとか掻き分け、目当てのロウ大人の店である望桜亭へとたどり着いた。
「やっと着いた。
朝飯食うのにこんな苦労すンのかよ。
ああ、オレは龍鳥卵粥と塩菜ね。あと火糖茶も。
ファ・・・タヌ子はどうする?」
大延国の人々は、家族や恋人など親しい者以外に自分の本当の名前を語らないし語れない。
言ってしまえば100年ほど前の日本にだってあった風習だ。
けれども、現代日本で長く過ごした勇人には、まだまだ馴染んでいない。
「塩粥に揚げ玉山盛りで~、あとお茶。
お茶はユーノジと同じのでええわ」
目の前に居た狐人の給仕が手早く筆を走らせ、店奥の厨房に声をかける。
あらためて見ると、とんでもなく大規模な屋台である。
「やっぱちからの有るところは違うねェ
いつかはオレもこんな規模で店を出してみたいモンだ」
「近道はあるんやけどね。あ、もう来たわ。早いわぁ」
抜群の塩加減が実に心地よい粥である。
人気になるのが当たり前だ。
世界が異なる以上おそらくは米や麦では無いのだろうが、確かな穀物の甘味がある。
勇人はこの粥を、龍鳥の卵で味付けしたものを好んで食べる。
龍鳥についてファンナに聞いたことがあったが、何故知らないのかといった表情をされ、詳しくは教えて貰えなかった。
本に書いてあるとも言われたが、勇人はまだこちらの字を読めないでいる。
まあ、ダチョウみたいなモンなんだろうくらいにしか最近では考えていない。
火糖茶も同様である。お茶なんだろうと。
「で、その近道ってのは?」
熱々のお粥を啜りながら、勇人は聞いた。
ファンナの赤い眼がキョロリと動いて、勇人の顔を見つめる。
何故そんな当たり前の事を聞くのか、という表情だ。
「食神祭で優勝すればええやん。天下取れるで」
すると周囲の客が一斉に笑い出した。
「食神祭とは大きく出たね。無謀というか蛮勇というか」
「いやいや。我が街から代表が出られれば、それだけでも名誉名誉」
「狸娘々、意気込みはいいが、そこの兄ちゃんはそんなにいい腕をしているのかね」
笑ってはいるが嘲りではない。
大延国の料理人ならば、誰もが目指す天下への道だからだ。
「そりゃあもう。ユーノジに作れへん料理なんて無いわぁ」
何故か得意げにファンナが語る。
すると客の一人が興味深げに寄ってきた。狸人である。
「それを聞いては黙っていられませんな。
明日の緑碧料理祭典に、是非とも出席願いたいものです。
これは一人の食い意地の張った美食家の我侭ですがね。
ああ、わたしはこの祭の主催者であるモクロクと申す者です」
「いやぁ、とんでもない事にならはったね」
「他人事みたいに言うな。全部お前のせいじゃねェか」
朝食のお粥を食べ終え、二人は延劇の幕屋の中に居た。
今回の演物は、大延国にて子供からお年寄りまで広く人気のある『越虹記』である。
暴れん坊の猿人の星天大聖が主役なのだが、その他にも優れた勇気を持ちながらも臆病な豚人や、
心を持たないがらんどうの動鎧らが、狐人の少女と一緒に旅を続けて、
西の果ての大天宮にて王珠を授かるという筋立てだ。
その道中での妖怪変化との闘いが、延劇の一番の見どころなのである。
「でもま、大丈夫やわ。
ウチは何も心配してへんで。
ユートの作る料理を、もっともっと色んな人に食べてもらいたいしな」
耳がヒコヒコと動いている。機嫌の良い時の証拠だ。
「ルールも食材もわからん料理勝負とか、勝ち目があると思えねェんだけどなぁ
で、これどんな話なんだ?」
「表に書いてあったやん。牛人の魔神王から宝貝の旋風扇を奪う話やね」
「牛人なぁ・・・ビーフ・・・ビーフシチュー?
いや、もっとシンプルに・・・肉料理か。
なら酵素で肉を柔らかくして、味付けは・・・ううむ」
「ユート、劇をちゃんと見とるのん?
さっきからブツブツうるさいわ。
ほら、雷恩が瓶香まみれになって泣き喚いとるわ。アハハ」
「何それ」
「なんや酸っぱい調味料。顔にかかって目に滲みとるんやろね。
使い方が難しいから、ウチは使いこなせへん」
「ふぅん・・・」
あくる日、勇人は料理対決の会場にポツリと立ち尽くしていた。
頭の中は今日の勝負で一杯になりすぎて、昨夜はほとんど寝ていない。
彼は目の前にある山と積まれた食材を見つめていた。
「これより緑碧料理祭典『大狸百八連星覇』を開催いたします!」
司会進行らしき狸人が声高らかに開催宣言をしているが、それすら耳に入らない。
「調理に使える時はきっかり一刻。
食材の持ち込みは禁止。
調味料、スープのみ1品の持ち込みを許可します。
調理器具は会場のものでも持ち込みでも可です。
調理に関わる助手は一人だけ許されます。そして・・・」
司会が大仰な声色でルールの解説をし始め、その視線をス・・・と後ろに向けた。
そこにあるのは巨大な山のような食材である。
「今回のテーマは、『三刺竜』でぇす!」
勇人は<こちら側>に来てから、大概のモノは見てきたつもりだった。
何だかわからないものでも、そこそこ食べられたし、そこそこ<地球側>と変わらないと思っていた。
だが、今まさに目の前にある『食材』は、そんな考えが実に甘かった事を伝えている。
竜だと司会者は言っている。
まさに竜だろう。
勇人の知る限りの知識を総動員すると、アレに一番近い生き物は子供の頃の図鑑の中で見た『トリケラトプス』だ。
「解体しろッてかい・・・それより、どんな味だこの生き物は」
途方に暮れるとは、まさに今の自分の事だろう。
そう思うと、なんだか変な笑いが腹の底からわいてきた。
「それではぁ!調理はじめぇ!」
何から手をつけようか。勇人が思った矢先に、ファンナが動いていた。
その手には超巨大な包丁が握られている。<地球側>で言うクジラ包丁というヤツだ。
「タヌ子、お前解体出来ンのかよ!?」
勇人が呆気に取られていると、ファンナはニッコリ笑って包丁を振り回し始める。
包丁裁きはおそらく稚拙なのだろう。対戦相手の狸人の方がよほどキレイに捌いている。
しかし、背に腹は変えられない。
ファンナの切り出した肉片を元に、勇人は手早く調理を始める。
この辺り、かつてホテルのレストランで皿洗いからシェフまで上り詰めたあげくに、
ミスター鉄鍋ッ子を名乗る少年と料理勝負をして敗北し店を去った経験が活きていると言える。
「合法麻薬カレーとか反則だよなァ・・・」
当時のことを思い出して一人でブツブツと言いつつも、肉片を軽く火で炙ったものを口にした。
「この味・・・これなら例のアレでいけるかも」
そう言うと、何を思ったか肉の塊をドロドロとした汁の中にドボンと漬け込んでしまった。
「ああ!何しとんの!それウチが丹精込めて仕込んだ雷実ジュースやのに!」
ファンナの必死の抗議にも耳をかさず、勇人はソースを作り始める。
対戦相手は三刺竜のノドから尾にかけて鉄の芯を通し、丸焼きにしている。
さっきチラ見した限りでは、ただの丸焼きではなくハラワタを抜いて詰め物をしている。
「あれトリでやるとスゲー美味いンだよなぁ・・・
こっちにニワトリいねェのかなぁ
コカトリスってのは食ったけど、何か違ったンだよなぁ
ッと、ソース完成!タヌ子、味見!」
ドプンとお玉でソースをすくい取ると、ファンナの口の中にスイと流し込んだ。
「ほあぁ・・・これは何とも幸せになる味やわぁ・・・」
「相変わらずあんま参考にならねェな。
まあいいや。仕上げ仕上げ」
勇人はコンロの火力を最大にし、鍋の中に具材を一気に放り込んだ。
「こっちもドハデなお祭り料理に仕上げないとなァ!」
「あーい終わりですー。リア充は死ねばいいと思うよ」
何故かテンションダウンした司会者の宣言により、料理対決の時間が終わった。
あとは審査員という名の食いしん坊達の試食により勝敗が決する。
対戦相手の料理は予想通り『三刺竜の砂塩焼き。腹に竜卵仕込み』であった。
対する勇人の料理は・・・
「あ、料理の名前?なンだろうなコレ。
要は酢豚なンだけどさ。ブタじゃ無ェしな。酢竜?
あーでもアレだ。酢、使って無ぇわ。なンだろうなコレ。
なんでもいいや。タヌ子。名前つけていいぞ」
「それでは『ユーノジ炒め』で。どや?」
何故かドヤ顔でフフンと鼻を鳴らしながらファンナはその料理を命名した。
そこから先は、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
審査員も客も入り乱れての、料理の食い合い合戦が始まったのである。
勇人もここに至り、ようやく緑碧料理祭典の真の姿を知るのである。
こいつら結果とかどうでも良くて、美味いモンを2つも食えて幸せなだけか!と。
対戦者側も勇人側も、半刻どころか二十符も立たぬ内にキレイさっぱり無くなってしまった。
あとに残ったのは、300人を超える表情がニヤケきった狸人、狐人の山だけであった。
勇人の隣にも、何かフニャフニャになった珍獣がいる。
「勝敗どうなンだこれ」
勇人は砂塩焼きをむしり食べながら、数刻ほど途方に暮れていた。
結局、勝敗がわかったのは翌日であった。
3日目の主行事である山車練り歩きで緑碧第四町内会の『緑々大狸守護神像』が
一番に中央広場に到達して勝利の凱歌をあげた時に一緒に発表された。
151票と149票で『ユーノジ炒め』の勝ち。
総評は『美味かったから』である。
祭りのあとの静けさか、勇人とファンナは自宅2階でグッタリとして過ごしていた。
<地球側>で言うソファベッドのようなものを居間に持ち込んでいるので、
そこで二人でゴロゴロとするのが最近の日課になりつつある。
一応、2日目夜と3日目の屋台で、そこそこ稼げたのも事実だ。
特に3日目は、『ユーノジ炒め』の評判からか、お好み焼きもそこそこ売れた。
「肩の力の抜きすぎな街だよなァ・・・ここ」
勇人は呆れながらも、まんざらでもなさそうな様子である。
ただ、雷実の汁の中にある酵素を用いて肉を柔らかくするような工夫や、
『酢』の無い<こちら側>の調味料のなかで最も近い存在である瓶香を試して
それを用いた工夫などを本当にみんな評価してんのか?という不満が無い訳ではない。
「副賞って何やったん?」
ヒクヒクと鼻を鳴らしながらファンナが勇人に擦り寄ってくる。
この辺り、小動物的と言えなくもない。
「温泉旅行ペア旅行券だってサ。
何か既視感あると思ったら、この街って日本の中小商店街のノリなンだな」
「ええやんええやん!ウチ、温泉行くの初めてや!」
「テンション高ぇなー。オレもう眠いから今日はもう寝るぞ」
言うが早いか、勇人は眠りに落ちていた。
「あーもう、そんなトコで寝たら風邪ひいてまうやん。
ま、ええわ。添い寝したらそうそう風邪もひかんですむし」
そう言うとファンナは掛け布団を引っ張り出して勇人の上にかけ、自分も隣に滑り込んだ。
「やっぱりユートに作れない料理なんて無かったんやね。
また一歩二人の夢に近づいたん・・・むにゃ」
勇人にとっては疲労の溜まるだけの祭りだったかもしれないが、
環奈にとっては大きく夢に近づいた記念すべき日だった。
そんな3日間だった。
- 年に4度でまず吹いてしまいました。食をどれだけ楽しみにしている国民性なのかが伺えました。徹底した料理展開とボキャブラリには感心するばかりなのにオチは極めてシンプルでした。それにしても料理が出てくるのが早い屋台は素晴らしいですね -- (名無しさん) 2013-07-17 17:42:11
最終更新:2014年08月31日 01:34