緑碧料理祭典から数週間の刻が経った。
地球の日本人である犬塚勇人と、11門世界大延国の狸人である環奈の店は、
まあそこそこの黒字を出しつつ繁盛していた。
近隣の飯店に比べ品数はやや貧弱ながらも、独特の地球風味がウケているようだ。
加えて、先の料理対決で勝利した『ユーノジ炒め』と、それを元にした
いくつかの中華料理ベースのメニューが評判を呼んだ。
いまや町内の人々だけではなく、近隣の区画からも客が来るようになったのだ。
反面、味よりもその奇抜さでウケているだけだと言う辛口の評価もある。
まだまだ正当に評価されたとは言い難い状況なのである。
「ご近所じゃ奇抜なだけだなんて言う人もいるけどね。そんな事無いわよぉ
アタシら皆、ユーノジちゃんとタヌちゃんの料理が大好きなんやから。
ほんま美味しいんやから自信持ってな。
ホイ、これ今日の食材な。ぎょうさんオマケしとるさかい」
「ホンマ?オバチャンおおきにー
オバチャンとこで買うのが一番儲かるわ」
すっかり大都の生活に慣れたファンナは、もって生まれた性分なのか
愛嬌と人懐っこさと図々しさを存分に発揮して顔見知りを急速に増やしていた。
既に仕入れ値は当初の半額近くにまで圧縮されている。
勇人が求める食材もどこでどう見つけてくるのか、仕入れルートを即座に確保するという意外な才能を発揮しつつあった。
最近では勇人にまで「ファンナは料理人を目指すよりも、商人になった方が合ってる」と言われる始末だ。
ファンナは肉屋で竜肉を筆頭にいくつかの肉を買った後、魚介屋、菜類屋、薬菜屋、香辛屋と巡り、最後に刃物店に来た。
いままで使っていた包丁を研ぎに出していたのを受け取るのと、
勇人が<地球側>で使い勝手が良いと言って求めていた出刃包丁を探していたのだ。
それも大量に。
「あるやろか」
もう自分の背丈よりも大きい荷物を担ぎながら、ファンナが入店しようとして
玄関先でつっかえて入れなくなっていると、店の奥から野太い声が聞こえてきた。
「ほら、客だぞ。さっさと行け」
すると店の奥の部屋から、まだ子供の狸人がトコトコと出てきた。
「いらっしゃいませ・・・入れてませんね。お荷物お持ちいたしますです。
研ぎ師のメッサー・メッサー・シュヌルバルト様は奥にいらっしゃいますです」
子狸はファンナから荷物を預かると、店内の傍らにまとめ置いた。
「研ぎを依頼しとった包丁を受け取りに来たんや。
あとこれも依頼。っと、この図面の包丁を作れるかどうか聞いてみてんか。
『デバ包丁』言うんやて。<向こう側>のやから、無理なら無理でも仕方ないわ」
ファンナは懐にしまっていた出刃包丁の図面を子狸に手渡した。
「少々お待ちくださいです」
子狸が店の奥に行こうとしたその時、暗がりからのそりと塊が出てきた。
それはまるで、毛だらけの瓶に手足を付けたかのような人・・・
ドワーフだった。
ドワーフはまるで地の底から響くような野太い声で言った。
「お嬢さんや。
あんたぁ大延国のもんだからわかっちゃあいないようだがね。
俺ぁ生粋の
クルスベルグのドワーフよ。
それがどういう事かわかるかね。
この研ぎ師メッサー・メッサー・シュヌルバルト様に『作れないものなど無い』そういう事じゃい。
さあ、さっさとその図面を渡せ。酒瓶1本飲みあかすまでに仕上げてみしょうぞ。
ただし、お代はしっかりいただくがの」
ドワーフの研ぎ師、シュヌルバルトは若干不機嫌そうな様子でそう言った。
よほど無理なら仕方がないという一言が気に入らなかったのだろう。
だが、ファンナはそんな不機嫌そうなドワーフにも遠慮なく笑顔で話しかけた。
「おっちゃん、クルスベルグから来たんやね。
ウチはタヌコいいます。大都で店を出しとるんよ。
ウチもクルスベルグのナベとかコンロとか使うとるよ。
ユーノジもドワーフ手製のライターが使いやすいって言うとったわ。
あ、『デバ包丁』よろしうに。
ユーノジがどうしても必要なんやて」
ニコニコと語るファンナを見て多少は気が緩んだのか、シュヌルバルトはやや頬を緩ませた。
それでもいかつい雰囲気を崩さないよう、わざと乱暴に椅子に腰掛けた。
「フン!おべっかを使っても無駄じゃい。
ドワーフの作った道具が優れておるのは当たり前だしの。
ユーノジってのはお前の旦那か?しっかり伝えておけ。
おいクズリ。その図面をこっちによこせ」
クズリと呼ばれた子狸がシュヌルバルトに図面を手渡すと、老ドワーフは片眼鏡をかけなおした。
図面をじっくりと眺めたのち、フムウと一息吐き出すと、何やら金属筆でメモを走り書きして子狸に渡した。
眉間に深いシワを寄せてはいるが、何故か目尻は下がり楽しそうな様子すら思わせる。
「まあ、10日ほどじゃの。
旦那に言っておけ。依頼以上の最高級品を10本揃えてやるとの。
おい小僧。このメモの材料を倉庫から揃えてこい。
それと火をおこせ。今晩から始めるぞ。
狸人もやるもんじゃの。なかなか面白い事を考えおるわ」
老ドワーフはニヤリと口角をあげて、おそらく笑った。
「出刃包丁ってこっちでも作れるモンなんだな。
流れ着いたモンでもありゃ儲けもの程度にしか考えてなかったなァ」
店の営業も終えた夜半刻。勇人とファンナは2階の居間にいた。
勇人はいつもの長椅子でグダリとだらしない格好で寝そべっていたし、ファンナは台所でお茶と夕食の準備をしていた。
「ドワーフの研師に旦那様によろしゅうって言われたわ。
あ、水虎肉の辛辛肉饅と竜卵粥でええよね?」
意外とテキパキと調理をすすめながら、ファンナが聞く。
「作り始めてから聞くなよ・・・全部今夜のシェフに任せる。
ンで、旦那様が何だって?」
長椅子に寝そべり、大延国の書物『金羅百味』を読みながら勇人は聞いた。
<翻訳の加護>がようやく正常に発揮されたのか、勇人は最近ようやく大延国の文字を読めるようになってきた。
元々
ミズハミシマに行くつもりだったから、ゲートキーパーの許可の関連で大延国にチューナーがあってなかったとか、
そういうモンだろうと勇人は漠然と考えている。
ファンナは勇人の問いには答えず、ニヘヘヘなどとうすら笑いを浮かべて料理を続けていた。
『金羅百味』には、過去の食神祭にて特に美味とされた料理が掲載されている。
読んでもワケがわからないものもあれば、想像がつくものもある。
ただ<地球側>の料理があまり含まれないというか、影響を受けたものが少ないようにも思う。
予選の段階で足切りでもしているのだろうか。その辺りはどうにも不明だ。
勇人は『金羅百味』をカゴに放り投げ、手元にあった『神膳厨師挙書』と『三千法家』を読み始める。
「できたでー」
しっぽを振りながら、ファンナが水虎肉の辛辛肉饅と竜卵粥を持って居間に来た。
居間中に香辛料の独特の強い香りと、竜卵の優しく柔らかい香りが広がる。
「お、旨そうに出来てンな。
味はどうだか知らねェけど」
「イジワルな事言うてからにもう!味も最高や。
愛情込めて作ったから」
「とりあえずイタダキマスと。
んー・・・まあ。普通に旨いな。
水虎は初めて食ッたけど、辛みが強くて味がよくわからんなコリャ。
こンだけ香辛料使ってまだ臭みがあるッてコトは、下拵えが大変そうだ。
竜卵粥は合格。甘くていいや」
「しゃべらんと食えんのかいな。
それにもうちょっと褒めてくれたってええやん」
「褒めたら・・・ムグ・・・つけあがりそうだし・・・モグ」
「食いながらしゃべらんでもええやん。
結局褒めてへんし。むしろ酷い事言うとるし。
そや、こないだのお祭りで当たった温泉旅行、いつ出発するのん?」
「いつでもいいんだけどな。
温泉街ってミズハミシマの近くだろ?
そこそこ休みを確保しないと難しいぜ。
それに移動手段も。
竜車のレンタルしねェとな。
明日、俺が借りに行ってくるわ。
つーかいっそ明日出発すっか」
「今日食材買い込んだばっかりやないの。
ユート、ワザと言うとるやろ」
「最近、お前への甘え方がわかってきたンだ。
愛情の裏返しだから許せ」
アホ!ボケ!と言いつつも再びニヘヘ笑いをしながら、ファンナが食べ終わった食器を片付け始める。
少しからかい過ぎただろうかと思いつつも、勇人は再び長椅子に寝転がる。
「食べた後ですぐ寝とったら鉄牛になってまうで。
ほれ、起きて起きて」
えー・・・と抗議の声をあげつつ勇人が起き上がると、空いたスペースにファンナが滑り込む。
「お前が寝たかっただけじゃねェか」
「たまにはええやん。あと、その、これ」
ファンナが丸っこい手を差し出すと、そこには木で作られた小さな匙が握られていた。
「その、耳かき。
いっつもウチがユートの耳かきしとるんやから、たまにはええやん」
まあそれくらいはいいだろう。
勇人がファンナの耳かきを始めると、ウヒャアだのクヒィだのと奇声をあげて身じろぎしつつ
カリカリと耳かきされるのを楽しんでいるようだ。
狸人の耳はデカいから掃除も楽だな、と勇人はボンヤリ考えていた。
これ終わったら次は俺が耳かきされる番だよな、とも。
- あまーい!と思いつつも料理というジャンルから大延国のちゃんぽんな町の様子がファンナの特技と一緒に見れるのが楽しいですね。しっかりと生計を立てている上での夫婦生活も説得力がありました -- (名無しさん) 2013-09-23 18:01:23
最終更新:2014年08月31日 01:35