【教員室のドラゴン】

「ふむ、たとえば……そう、たとえばの話なのだが」
 火乃先生はそういって、尻尾をくるりと回す。考え事をしてる時のクセで、生徒からは
なんとも可愛らしいと評判だが、勿論先生としては不本意な評価だろう。
「たとえば、お前たちの文明が今よりも随分進んで、一個人が出来る事もそれこそどこぞ
の青狸が出す道具のように限りなく万能に近づいたとしても。それでも万物は滅びる事を
免れない。それは戦争かも知れないし、事故や天災かもしれないし、まあ理由はどうでも
よかろう。ともかく、お前を含むごく少数を残し、みな死んでしまったとする」
 いきなり随分と世紀末的な仮定をぶってくれる。が、とりあえず頷いて先をうながす。
「快適なシェルターから外に出れば、世界はすっかり様変わりしてそこら中異常繁殖した
『猫』の縄張りになり、そいつらが好き勝手に縄張り争いを繰り返してるわけだ。そんな
場所に、引きこもってても普通に暮らせるような連中がわざわざ出て行って面倒な思いを
しようなんて思うかね?」
 しばらく考えてから、静かに首を横に振る。
「…どうせ自分たちにもう未来などないというのに、『猫』と関わりあうのも面倒なら、
わざわざ仲間を探すのも億劫。そうして大体のやつが、巣に引きこもり自分の趣味に没頭
するようになる。それを誰が責められようか」
 遠い目をしながら先生が煙管をくわえると、先生の吐息で先端にぽっと火が灯る。中に
煙草は入ってない、学内は禁煙だ。
「まあそれでもな、生き物というやつは孤独に耐えられるようには出来ておらぬのだよ。
狂って暴れるモノもおれば、往時の繁栄を取り戻そうと試みた挙句挫折するモノもある。
しまいには酔狂から『猫』に混ざってみようかと考えるやつも出てくるのよ」
「それで、猫人の姿をしてるんですか?」
 私の言葉に、先生はきょとんと耳を立たせた後、すぐ後ろにぺたっと倒して苦笑した。
「たとえだよ、たとえ。『猫』はあくまでたとえだ。わしの姿が猫人なのは、単純に巣が
ラ・ムールにあっただけの話。鼻っ柱が強いくせに弱くて寂しがりですぐ死んでしまう、
ニンゲンとは我らにしてみればお前たちにとっての猫と変わらん存在よ。好きなやつも、
嫌いなやつもいること含めてな」
「はあ、猫…ですか」
 わかるようなわからないような。

《火乃先生、火乃タツヤ先生 至急資料室までおいでください》

 学内放送が先生を呼び出していた。
 しかしまあ、火竜の化身だから名前もそのまま「火乃龍也(ひのりゅうなり)」とは、
いつ聞いても安直にすぎる名前だと思う。
「む、もうこんな時間か。では少々『猫の手』を貸していただけるかな、この書類の山は
わしひとりで運ぶにはちと多すぎてなあ」
「えー」
 見るからに重そうな紙束に不服を申し立てると、先生はがばっと八割ほどを抱え上げ、
「残りを運んでくれたら昼メシは奢るぞ」
 そういってウインクした。


  • 見た目猫人だけど龍というギャップと醸し出すダンディオーラが素晴らしい火乃先生にワンパンKO! 人生という土台の上で語る“まるで見て来たかのような昔話”とか楽しそうだ -- (名無しさん) 2012-04-05 01:57:27
  • ドラゴン種の心情が描かれてて参考になりますね。六属性ドラゴンと何か関係あるのかなぁ。 -- (名無しさん) 2012-05-06 07:22:18
  • 嫌味のない気の回し方とケアで生徒の信頼がありそうな雰囲気の火乃先生。遠くから見ると可愛らしい猫人なんでしょうが -- (名無しさん) 2013-07-21 18:48:30
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

b B
+ タグ編集
  • タグ:
  • b
  • B
最終更新:2013年08月04日 23:52