【レシエ卿のある憂鬱な日】

 傀儡侯女、レシエ・バーバルディア卿は今宵も不機嫌であった。

 発端の一つは過日の饗宴の折、お気に入りのマインゴーシュが欠けてしまったことである。
勿論己の不覚故と理解はしているものの、遥々クルスベルグまで足を運んで買い入れたという
思い入れのある品だっただけにそうたやすく割り切れるものではない。
「あの豚貴族め、今度仕合った時はヒールでもっと念入りに穴開けてやる…」
 主の淑女にあるまじき独り言をさらりと聞き流し、赤銅色の執事は本日の予定を読み上げる。
<本日はレシエ様の再誕記念日でございますので、日中に多数の贈り物が届いております>
「あー、そうだったわね」
 もう一つの憂鬱の種に言及され、レシエは静かにため息をこぼす。
 我が愛しの主君、屍姫サミュラ様に見初められし記念すべき日…であるのだが、此度は何か
重要な案件があるとかでせっかくご招待した姫姉様はご欠席されるとのこと。どんな輝かしい
日であれその喜びも半減以下というものである。
 だいたい、もう記憶にも残ってない生前の誕生日のかわりに祝うにしても、百回越えなんて
誰がめでたがるのよ誰が…と憂鬱まかせのマイナス思考が渦巻いて、ため息がまた一つ。

 気分直しにと贈り物の品定めをしていくものの、やはりどうにも興が乗らない。
<こちら、アデーレ・パルファンドゥール女伯爵様よりの品でございます>
「ああ、この前の仕合を見ていたのね…ほんと、こういうところでもまめな子だわ」
 アデーレから届いた、装飾は控えめながらつくりの堅牢さと持ちやすさが光るレフトハンド
ダガーを手の中でもてあそぶ。弟子だけに師の好みやクセをよくわかってるアデーレが選んで
くれた一振り、実際いい品なのは間違いない。我ながら何故これにときめかないのかまったく
不可解だった。
 いや、何故かはとっくに分かっていることだ。ああ、姫姉様…。

 ところで、さっきから視界の隅に引っかかっているものがあった。
「そこの不恰好な包みは何かしら?」
<は、海運侯のご息女、アニー・デルタ・クリストファー様よりの物です>
 その名を聞いて、憂鬱モードからぴきっと青筋が立つ不機嫌モードに移行する。誰あろう、
最近愛しの姫姉様の寵愛を受け、地球留学という大命まで授かった泥棒猫の名前だったのだ。
「ふん、物で懐柔しようというのかしらね…開けてみなさい」
 ろくでもないものだったら即窓から投げ捨ててやる、という形相で出された指示に、執事は
ただ粛々と従った。
 そして、出てきたものに主従は唖然とした。
 どう形容したものか、ものすごく乙女補正が入ったというかカリカチュアライズされすぎた
という印象の勇ましいポーズをとったレシエらしき女性の立像が立っていた。
 これを作成した人物はレシエをものすごく好きすぎて盲目の愛ゆえに本質を見失っているか、
もしくは悪意あるバイアス全開の冒涜的なパロディ物を以って全力でレシエを嘲笑せんとする
目論見だったに違いない。
 正直、その場の二人にはこの物品がそのどちらの意図で作られた品なのか判断つけかねたが、
いずれにせよそこに込められた情熱は並々ならぬものが感じられ……ぶっちゃけ超重かった。
手編みのマフラーやセーターの約十倍は重い物品であった。勿論質量的な話ではない。
 暫し無言の時が流れたのち、執事セバスは沈黙のままその立像に布をかけたという。

 その後のこの像の処遇については明らかになっていない。


  • それぞれの想いのすれ違いが悲痛ですね。サミュラ様がこれなかった用事も気になります -- (名無しさん) 2013-08-11 18:30:35
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最終更新:2013年08月11日 18:28