【ゼプトの恋人】

 月に二回。第二と第四日曜日。学業に支障が出ない範囲で十津那学園の裏庭でバザーが開かれる。
 鬱蒼とした林を貫く二キロほどの遊歩道両側に露店が並び、まるで異世界が出張してきたような光景となる。人混みは異世界人と地球人が混じり合い、学生だけでなく近隣住民や観光客の姿まで見受けられる。
 人種のサラダボールといった様相を呈しており、活気あるバザーは成功を納めていると一見して分かる。
 ティータ・ローチャイルドは腰に下げたサーベルをチャラチャラと鳴らしながら、このバザーを見回っていた。金髪碧眼ツインテールの女子小学生が紛れ込んだようであり、ただでさえ異質な空間に可憐ながら奇妙な雰囲気を振りまいていた。
 彼女はスラヴィアからの留学生でありながら、地球側にも書類上に人間としても存在している稀有な学生である。
 一時行方不明となっていたが、スラヴィアで屍人として生存……いや、死存だろうか? ……しており、三年前に無事帰還した。今では微妙な存在であることから、イギリスから留学生として十津那学園として通っている。
 中等部では生徒会長を勤め、高校一年生の現在は生徒会執行部員としてこの日曜バザーを取り仕切る才女である。提案者は彼女であり、また管理も彼女が責任者だ。
 ティータの思惑通り、バザーは多くの副次効果を生み出していた。
 まず周辺住民との交流。もの珍しいと思われるだけの異世界人との接点を生み出す。
 そして異世界人がバザーに出店することにより、彼らの文化を人々に理解してもらえる効果。留学生たちの学費や生活費の足し、さらには交流によって日本の風習などを肌で感じる場を得る。
 重ねてバザーが話題になるにつれ、周辺住民だけでなく本土からの観光客や定期的に訪れるお得意さんを生み出す結果にもなり、島全体の経済活性化も結果が出てきている。
 特に交流が広がることにより連帯感や親近感が増し、異世界人もここでの生活を大切にしようとする精神的変化まで表れ始めた。
 人は「流石は財閥ローチャイルド家のご息女」と噂するが、彼女は実のところ青図面を引いただけである。
 実務や数字を実際に切り盛りするのは、彼女の脇に控える七井 清浄である。黒髪散切り頭で野卑さがありながら、ティータに負けない洗練された物腰で半歩後ろを歩く。近年稀に見る野武士のような学生だ。ティータと同じ執行部所属であるが、れっきとした地球人である。
 彼は不機嫌そうに棒付き飴……ロリポップと呼ばれるそれをガリガリと齧りながらバザーの様子に睨みを利かせていた。どこか悠然としながら気楽そうなティータと違い、清浄はバザーを監視する緊張感を持っている。
 ティータたちの見廻りに守られ、時には注意をされながらバザーはいつも滞りなく進行する。
 もちろん小さなトラブルはある。迷子から落し物に出品品目の違法性など多岐にわたり、ティータと清浄の苦労の種は尽きない。
 たとえばケンタウロスの少年が手作りの弓矢を販売するなど、異世界現地では極普通な事でも逐一注意をして修正して貰わないといけない。現在、ケンタウルスの彼は弓で的を射る遊戯を提供している。もちろん矢尻のかぶせは危険が無いよう加工されている。
 ……板に描かれた的の絵が、ポッケェモンだったりキュアしてしまう魔法少女だったりするのを突っ込むのは執行部の仕事ではないだろう。ティータたちは子供たちがキャッキャと喜んで的を撃つ脇をしれっと通り過ぎる。
 ふと行く先にニニギ食堂の出店があった。
 ニニギ食堂は学園前の営業する古い店で、学食とならんで人気がある。食べ物の出店は衛生上や許可の問題があり、既存の食品店に任せていた。ニニギ食堂はその一つだ。
 バザー店はアルバイトの猫人と看板娘の二々木 陽子(20)が切り盛りしているのだが、どうやらその彼女が問題児に絡まれているらしい。
 問題児は地球人二人の不良学生。そしてリーダー格の留学生。オーガーのグレオ・グレタである。
 グレオは頭にザルソバを載せ、いきり立って陽子の腕を掴んで釣り上げていた。
「この……ソバを俺様の頭に配膳するたぁいい度胸だ!」
「い、いきなり人のお尻触るからいけないんです! し、しかもあんな力いっぱい! あなた女性の扱いかた最低です!」
 どうやらグレオが陽子にちょっかいを出して、誤ったか故意か彼女がザルソバを彼の頭にぶちまけたらしい。
「この野郎……俺様に楯突くたぁ生意気な野郎だ」 
 頭に血が昇った様子のグレオが、筋肉を隆起させて椅子から立ち上がる。と、後ろに控えていた舎弟Aが諌めるようにグレオの腕を取った。
「兄貴! 女相手は蔑称は野郎じゃありませんぜ!」
 どうやら突っ込みだったらしい。
「え? じゃあなんだ? 野女? 野子?」
 逆ギレなどすることなく宙に視線をさ迷わせ、律儀に言葉を探すグレオ。
「ああ! 兄貴が女と接点がなさすぎて女性相手の語彙が少ない!」と、舎弟A。
「いやだー! こんな兄貴見たくない!」と、舎弟B。
 どうやら言葉を探り当てる事が出来ず、固まった様子のグレオが声を絞り出す。
「あ、うあ……おお……オレサマ オマエ マルカジリ」
「ああ! 兄貴が邪鬼族から獣族に!」
「いやだー! こんな知恵のパラメーター下がった兄貴を見たくない!」
「そこまでよ馬鹿者たち!」
 しゃらんとサーベルを抜き放ち、ティータは野次馬を追い払って剣先をグレオへと向けた。
「婦女子への暴行及び騒乱。早々に立ち去らぬならば執行部の御仕置き部屋に引っ立てるわよ!」
 舌足らずなティータの口上がバザー会場に響きわたる。
 異世界人は余り銃を知らないため、サーベルなどのような異世界にも有り触れた刃物が威嚇に向く。しかしサーベルを持って勇ましいティータでも二メートル半もあるオーガーを前にすると、あまりの身長差に誰もが心配を隠せない。
「兄貴! 執行部のティータですぜ」
「あの野郎……じゃない。あの女め! 目障りだと前々から思っていたところだ」
 グレオは陽子を放り出すと、指の関節をパキパキと鳴らしながら悠然とティータへと足を向けた。

 と、がくりとグレオの足が傾き、もんどり打ちながら周囲の椅子を薙ぎ払いつつ転んでしまった。
「あ、兄貴? だ、大丈夫ですか?」
 駆け寄る舎弟を払いながら、グレオは再び立ち上がろうと膝を付く。と、再び彼の足がガクンと横に流れ、ずてんと仰向けに倒れてしまった。
 そこへ悠然と歩みよったティータがサーベルを突きつけ、
「わ、分かった。降参だ」
 グレオは素直に両手を上げて観念した。
「分かればよろしい。次は無いぞ」
 ティータはサーベルを納めてると、グレオが立ち去るのを見届けた。グレオは足を痛めたらしく、少しフラフラしながらバザーから姿を消した。舎弟たちも口々に「流石、ティータだぜ。饗宴少年少女の部を勝ち抜いた話、嘘じゃねーな」と畏れおののきながらグレオの後を追った。
「ありがとにゃー!」
「ありがとう! ティータちゃん」
 ニニギ食堂の面々にお礼を言われ、照れた様子のティータは赤い顔をそっぽに向けた。
「べ、別にあんたたちを助けたわけじゃないわ。バ、バザーの治安維持よ」
「そんなツンデレみたいな発言してファンでも増やす気かよ」
 テンプレ発言をするティータの頭を撫でながら、棒付き飴を齧る清浄がニニギ食堂に耐熱レンガを返した。
 実はグレオの足を掬ったのは彼である。
 ティータは威嚇しただけに過ぎない。
 清浄は騒動の最中にニニギ食堂の窯場から耐熱レンガを拝借すると、足元に並べて配置してグレオが足をつく先にレンガを蹴り出したのだ。しかも踏み外すように斜めに傾けてレンガを立てた状態で。
「セイジョー。あ、あんたのフォローもまあまあだったわ。忍者の末裔だけあるわね」
「忍者っていうなよ。いや、そりゃ忍者っぽいけどさ」
 清浄の家系は戦国時代まで遡ると、名のある兵法家である。もっとも忍者の様に策や道具を利用して、勝ちをもぎ取る信条であるため武士とはかけ離れたイメージだ。
 ティータはふてぶてしく両手を拱き、清浄の視線から顔を逸らすと。
「そ、そうだ。あ、あたしがスラヴィアに帰って所領をもらえたら、あんたを代官にしてあげる。ゾンビニンジャにしてあげるわよ!」
 などと妙なラブコールを贈る。
「そんな忍者嫌だから断る」
「にゃなな! なんでよ! こ、このと、唐変木」
 申し出を断られショックなのか、ティータは驚きと怒りで顔を紅潮させてながら両手を振り上げ清浄に飛びかかる。それを軽くあしらいながら、清浄はガリガリと棒付き飴を噛み砕いた。
「ま、今どき兵法家なんざ役に立たないから、お前がどうしてもってなら高給条件で面倒みてやってもいいぜ」
「べ、別にあんたの面倒なんていらないわよ! き、来たかったらきたらいいじゃない! こ、高給とかそんなのどうでもいいからどうでもなるしそうにかする……から……」

「ああああっ! なんなのこのツンデレ二乗のカップルはぁっ!」

 突如、甘い雰囲気を突き破って沢村 彪が現れた。
 彪は目を輝かせてティータに襲いかかろうとしたが、割って入った清浄が襲撃者の腕を払いつつ捻り上げた。しかし彪も去る者で、清浄の捕縛術から逃れるため半身を返して地面を転がり関節技から逃れる。
 盛大に周囲へ透けパンツを見せびらかせた彪は、清浄の引手を払ってピアスだらけの顔でアカンベーをしてみせた。
「寝技の彪ちゃんを押し倒そうとしても無駄無駄。年季と経験が違いますよー」
 野獣の目を見せる彪を見て、ティータはすっかり萎縮していた。実はティータの天敵は彪だ。すっかり怯える子犬のように身を竦め、清浄の背に隠れてしまった。
「なんでしたらセイジョーくんもティータちゃんも一緒にアタシと夜を快楽で過ごしてって危な!」
 欲情する彪に容赦無く清浄の前蹴りが飛ぶ。
「ちょ、ちょっと今のマジじゃない? 痛いの好きだけど破壊系はヤバいって!」
 低い連撃を躱しながら、彪はじりじりと追いやられていく。
「ちょっと持ってろ」
 噛み砕かれ半分になった棒付きキャンディーをティータに手渡し、清浄は制服の上着を脱ぎ捨てた。
 彼は制服より棒付き飴の方が大切らしい。
 ティータは手渡された棒付き飴を凝視し「……セイジョーの。だ、えき……関節キス」と赤面しながらうなされたような呟きを漏らしていた。
 一方、猛激から一時逃れた彪はスカートの汚れを払い(ついでにパンチラサービスしながら)「じゃん、これなんだ?」と小さな黒い玉を見せつけた。
 途端、清浄の顔色が変わり、自分の腰をまさぐった。
「セイジョーくん、いつも同じ所に隠してちゃダメだよ。喰らえ、煙玉!」
 目標は清浄でも足元でもない。ティータに向けてだ。
 ツンデレとはいえ、ティータを第一に考えている清浄である。咄嗟にティータを庇い、胸で煙玉を受け止めた。
 バフンと弱い炸裂音がなり、黒色火薬特有の大げさな煙が清浄を包んだ。
「やっりー! ティータちゃんお持ち帰りぃ! さあお姉ちゃんとぐふふふ」
 肉食獣が子うさぎを攫うように、一瞬のうちにティータは林の中に連れ去られた。
「いやぁあああ! セイジョー! 助けてー!」
 煙から飛び出した清浄は見失ったティータの声を頼りに、林へと駆け出した。右手には何処から取り出したのか怒りを込めた三段式特殊警棒が握られている。
 彪とティータと清浄。
 この三人の関係は中学一年の頃から続いているのだが、それはまた今度のお話で……。 


  • 長い間三人の関係が続いていたという説明にちょっと驚きと興味が出ました。やっぱりお祭りは言葉や感情を越えて交流が生まれる良策ですね。ところでティータのサーベルは銃刀法に引っかからないのでしょうか? -- (名無しさん) 2013-08-30 19:16:36
  • スラヴィアから出て日本にやってきてたんだ。彪って底が知れない人物だね -- (名無しさん) 2014-07-15 01:12:25
  • ちゃんとした経済と結びつくイベントって大人になる前からどんどんやらせるべきだよなって思うわ。見た目で強さが測れないのがスラヴィアンの特徴でもあるか。エロキャラって大体強キャラだな -- (名無しさん) 2014-11-21 23:31:55
  • ポートアイランドでは多少の銃刀法違反も大目に見てもらえそう -- (名無しさん) 2014-12-26 20:02:46
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最終更新:2013年08月30日 19:13