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【鍛冶場の騎士と眠り姫】

 クルスベルグ帝立鍛冶工房第四工房長バロバッド・バルツァーは悩んでいた。我々がこれから成そうとすることが、平和を破り捨ててまで押し通るようなことなのか。暗い路地裏の中で一人、考えていた。
 今のクルスベルグの状況は惨事だと言える。技術国が技術を捨てて、他国の機嫌取りをしている。それではいけない。そのような弱気では、いつかこの国は食い潰されてしまう。阻止するためには、封印されている技術、封印指定を受け幽閉されている技術者たちを開放する他ない。そうして、唯一無二の技術大国として力を示すことが望ましい。
 話し合いでは、技術の開放は難しい。頭の堅い現議会の工房長たちは、こちらの言い草など意に介さない。ならば、血を流すしかない。しかし、本当にそれしか道はないのか。生き過ぎたこの身では、新しい道標を見つけられない。
「現議会の工房長たちのことを『頭が堅い』など、到底言えんな」
 弱気が、皮肉となって溢れる。バロバットは生粋の鍛冶屋であり、道を極めて工房長の称号を得たに過ぎない。本来、血で血を洗う戦場などとは無縁だった。己をなんとか奮い立たせ、ここにいる。現クルスベルグに、初期型のタイタンをもって攻め入るため、ここにいる。頭の堅いロートルの自分にできる、最後の責任を果たそうと、そう思って、ここにいるのだ。

■■■

「武器の臭いがする。大きくて、力強い武器の臭いだ」
 左隣を歩くヘビに似た少女がくんくん、と鼻を鳴らす。犬かなにかなのか、お前は。
「何言ってるんだろうなこのクソガキは。鍛冶国クルスベルグの武器街で、武器の臭いがしないわけないだろう。なぁ、金魚?」
 右隣を歩く真紅の鱗を持つ魚人の少女に、話かける。金魚を連想させる外見のため、普段は金魚と呼んでいる。
「武器の臭いって、そもそも何なんでしょうか?」
「ふふ、業物や一品にはね、醸し出すような気配と臭いが、まるで執念か何かのようにこびり付いているものなのさ」
 ぞくぞく、と体を震わせる人間の少女。クソガキ改めナイフ女は、どうやら本物のサイコちゃんのようだ。少し怖い。
「もしかしたら、黒鉄巨人の残骸か何かかも知れないね。知っているかい?鍛冶神セダル・ヌダが創ったタイタンに繋がるモノの一つに帝政時代に鍛冶神の炉で実際に作られた鉄巨人というモノがある。こちらはタイタンと違って、現在も各地に残骸が残っている兵器で、タイタンを模して作られたモノだって言われている」
「だからってそれで逆説的にタイタンがいることにはならんだろ」
 ヘビ少女はタイタンにとても御執着のようである。俺がタイタンの存在を少しでも否定すると、そっとナイフを取り出す手がとてもクールで洒落になってないぞ、オイ、その表情やめろ。怖い。
「あの…議論もいいですけど、そろそろお昼にした方がいいのでは?」
 金魚が仲介という名のフォローを差し出す。最近は、俺とヘビ少女のやり取りのオチ担当である。「おかしいな。私、ヒロインだったはずなのに」と一人愚痴る金魚の夢を見た。きっと夢だ。もしくは、神からの毒電波だろう。
 ふと、近くの小屋から視線を感じた。気のせいだろうか。羨望のような、悲痛の訴えのような眼差しに感じた。きっと気のせいだな。ヘビ少女によれば俺はデリカシー皆無の鈍感男らしいし。俺自身、勘がいい方だとは思っていない。
「君たちは、お昼を食べに行っていいよ。僕はちょっと、臭いの方へ行ってみる。捜索開始の初日からタイタンを見つけてしまうのは流石に拍子抜けだけど、手掛かりくらいはあるかも知れないしね」
 じゃーねー、と手を振って去っていくナイフ女。自分勝手な奴だな。
「じゃ、飯にでもするか。行くぞ金魚」
 そう言って金魚の頭を撫でる。丁度いい位置に頭があるから、ついつい撫でてしまう。金魚も、嫌な顔しないし。
「うう。やめてくださいー。歩きにくいです」
 そう言いながらも、語気は跳ねていた。天邪鬼な奴ほど苛めたくなるのは、仕方のないことだよな。

■■■

 武器の臭いがする。臭いは、気配と言ってもいい。強い気配がする。僕に振るわれることを望んでいるような臭いでは無いけれど、間違いなく業物の臭いだ。
 親方からもらった鉈も業物の臭いがあった。しかし、今追っている臭いとは少し違う。親方の鉈は、手に吸い付き、僕の機能を拡張させる相性抜群の一品だった。旅で使うような武器ならば、こういう武器がいい。相性がいい武器を振るうのは、楽しい。文字通り体の一部となる一品を使えば、切る感触、斬った者の感情が正に手に取るように分かるから、気持いい。けれど、それは一人よがりの楽しさだ。斬る者と斬る物が同じにならば、対話する楽しみがない。
 一方、今追っている臭いと言うのは、僕に振るわれることを望まない武器の臭いだ。これは旅の道具には向かない。けれど、相性が悪い武器を振るうのも、また楽しい。体の一部にならない武器には、鍛えた者の執念が宿っている。振るう者を食い殺そうとするかのような、執念だ。その一品を振るうとき、武器は僕に話かけてくる。恨みや、憎しみや、後悔や、恋心や、愛情を伝えてくる。その声と対話して、理解して、ねじ伏せ、協調し、肉を切り刻むときだけ、僕は、本当の意味で他人と分かり合うのだ。
 その臭いに近づくように、薄暗い路地裏を歩く。まだ見ぬ業物の姿を想像するだけで、空腹など感じなくなる。こういうときに視野狭窄になるのは悪い癖だと知りながらも、もはや意識は業物にしか向いていない。僕には臭いフェチの気があるのかも知れないね、ふふ。
「そこから先は、立ち入り禁止だ。チキュウ人の嬢ちゃん」
 毛むくじゃらのオジサンに話かけられた。鬱陶しいな。今僕は、臭いを堪能するのに忙し・・・じゃなくて、臭いの元を探すのに忙しいんだ。邪魔しないでくれるかな。苛立って、ナイフを振るう。自分の正義に正直に、振るう。
「いきなり鉈振るおうとするとは、ずいぶんな礼儀の嬢ちゃんだ。それとも、異世界の挨拶か何か、か?」
 驚いた。身長差があったから、足の腱を狙ったのだけど、初動前に腕を捕まれちゃった。油断し過ぎたかな。
「弱気な表情している割には、意外と腕っ節が強いんだね。油断しちゃったよ」
「弱気…か。そうだな。大仕事の前はいつも、こうだ」
「大仕事ね。業物の臭いと何か関係があるのかな?」
 図星だったのか。ドワーフのオジサンの腕に力が入った。掴まれた腕が痛い。折れたりしていないようだけど、青痣は残りそうだ。乙女の柔肌に何するのさ。
「ああ。すまん。つい、な。」
 申し訳なさそうに謝るオジサン。他人に気遣い過ぎて人生損しているタイプと見た。
「ここから先は、異世界人が入るようなとこじゃない。勘がいい人物なら尚更だ。大人しく立ち去るなら、腕を離してやる」
「そうだね。ここから先には進まないって誓ってもいいよ。だから、僕とお話しない?なんならお話の間は、僕の手を繋いでてもいいよ」
「話、か。どうせ暇な身だ。それくらいの条件ならば応じよう」
 やた。とっかかりゲット。ふふ、このオジサン良い人だ。人生損しているタイプなのは、どうやら間違いなさそう。

「僕は、、、田中花子ッテイイマス」
 本名嫌いなんだよね。明らかな偽名だけど、異世界人なら気づかないだろう。
「バロバッド・バルツァーだ」
「バロバッドさんは、こんなところで何してるの?」
「監視と管理だ。ここから先は、悪い奴らの溜まり場だからな。お前みたいな異世界人が、何も知らずに入って行くのを止めるのが主な仕事だ」
「鍛えられた体をしている割には、下っ端みたいな仕事をしているんだね。ふふ、変なの」
「士官が自ら前に出るというのは、クルスベルグじゃ定石だ。破られてはならない城門を守るのは、一騎当千の職人であるべきだろう」
「城門、ね。ってことはこの奥にあるのは、騎士が守る眠り姫ってとこかな。それも、とてつもない力を持っている、姫」
 バロバッドさんは、驚いたような顔を見せる。分かりやすいったら、ないね。
 バロバッドさんが観念したかのような愚痴をこぼす。
「私はお伽話のナイトのように、格好のいいものではないがな。城兵の騎士隊長は、封印された姫の開放を前にして、それが本当に正しいことなのか悩んでいる」
 バロバッドさんは嘘とか付けないタイプのようだね。どっかに異人そっくりだよ。そのことを自覚してないようなところも似ている。
「なんで悩んでいるんだい?」
「姫を開放すれば、この国を変えることができる。しかし、変化には痛みがつきものだ。痛みを伴って変化した後、待つのが破滅だとしたら、と考えてしまってな」
「最悪を考えていたら、動けなくなってしまうよ。変化がないものなんて詰まらないさ。変わろうとする力と保とうとする力が平衡状態のままだと、世界は止まっちゃうからね。眠り姫だって、今は眠っていたいのかもしれないけれど、起きてみたらこっちの方がいい思うかもしれない」
「ふん、旅人は無責任だな」
 実際問題、この世界が滅びようと僕には帰る世界があるわけだから、言ってしまえば他人ごとだ。
「だが少しだけ気が楽になった。礼を言おう」
「適当な助言に、礼なんていらないさ。それじゃ、約束通り僕は立ち去るよ。また、どこかで会えるといいね」
 知りたいことはだいたい掴めたし、さっさと退散しよう。バロバッドさんは、もう少し警戒心を持つほうがいいね。
 ま、僕にはこの街の行き先なんて関係ないから、バロバッドさんの秘密をバラしたりしないけどね。

 知らずの内に、鉈を貰った親方のところへ足が向かっているのは、内緒のお話さ。

■■■

 チキュウ人の少女との会話で、迷いが無くなったわけではない。しかし、自分自身の正義だけは信じているべきだろう。御伽話のナイトのように、ひたむきに。それくらいならば、ロートルの石頭にもできる。信じ続ければ開ける道もあるはずだ。
 革新を求めた結果が善となるか、悪となるか。決めるのは己一人ではない。世界がそれを選ぶのだから。

 大きく息を吸って、叫ぶ。
「諸君!!ついに我々が堕落した議会が独占する神から賜った宝物を取り返す時が来た。
我々には議会派を打倒するために鍛冶神とその御子であるタイタンの加護が付いているぞ!!
総員戦闘準備!国と技術を愛する我らの手に神の炉を取り戻せ!!」
「「「「「我らに新しき技術を!!!我らに究極の進化を!!!我らに今一度、輝かしき王冠の時代を!!!!」」」」」

 兵士たちの歓声の中、バロバットの頭に「異世界の少女は無事逃げられるだろうか」という考えがよぎった。
「まったく、女々しい奴だな。俺は」
 皮肉が洩れたのは、弱気のせいではない。己を奮い立たせるための、全てを捧げるための、儀式だ。
「頼んだぞ、眠り姫。どうか我らに、輝かしい王冠を」
 祈りのようなバロバッドの声は、しかし、鳴り響く革命の声にかき消されていった。



あとがき
一発ネタ的なifストーリーです。
裏話でこんなことあったかなもねー、みたいな。
整合性とかは考えちゃいけない。
眠り姫ってのはプロトタイタンのことです。略してプロたん。


  • 冒頭の流れは技術の求めるところと生み出すものは何なのかと考えてしまいますね。国に入った異分子や裏でのうねりがありつつもイレヴン全体の世界観を変えすぎないようになのか思い切った変化を回避もしくは待っている雰囲気を感じました -- (名無しさん) 2013-08-31 17:32:03
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最終更新:2013年08月31日 17:27