――SHRINE――
と、ディスプレイは表示して音声のみで何者かと繋がっている。
場所はとある研究施設。コンピューターはシュラインという人物に向けてヴァイタルデータと音声データを送り続けていた。
コンピューターの前にはツールマンが背を向けて立ち、軽自動車ほどの大きさのカプセルを見上げる。
『だいたいの報告には満足が出来たわ。そろそろあなたはそれを持って戻るのかしら?』
シュラインは数日間かかって送られたデータに目を通してから、ツールマンと通信をしている。膨大なデータを理解した上でツールマンを会話が出来るという事は、それだけで傑出した人物である事を窺わせる。
「満足……ですか? フロリダ州ほどの面積に設置する機器と五万人の管理者、さらには十年の調整機関を得てやっと小
ゲートを特定の場所に繋げる試算結果が?」
ツールマンは自嘲気味に肩を震わせてシュラインに答えた。
シュラインはサウンドオンリーなので反応は分からない。かまわずツールマンは言葉を続ける。
「それともアレでしょうか? 記憶伝達の成果がお気に召しましたか? 人格の混濁を解決する手段を探すつもりはないんですがね」
『ゲートの構成にある程度研究成果出た事に満足してるのよ。ゲートを造る事は不可能でも、構成が分かれば一時的に不安定にさせたり、攻撃そのものに使う方法を研究できるから』
「と、いうのは暴れん坊への言い分ですね?」
『まあそうね。そういう事も出来るかもしれない。これが彼らに対しては十分交渉のカードになるわ。そちらからの資金と協力を引き出す算段が増えたわ』
「それは良かった」
ツールマンはカプセルのブラインド機能を解除させる操作を、手元のコンソールで行う。
「ところでシュライン。あなたのお気に入りであるこの眠り姫。当初の予定通り空輸で良いのですか?」
『そうね……。目立つからまず陸路を経て海路に変更してもらえるかしら? 護衛に電気屋を送るわ』
「分かりました。手配します」
カプセルの硝子素子に流れていた電気が途絶え、ブラインド機能がゆっくりと消えて中身がぼんやりと見え始めた。小さな子供のシルエットが浮かび上がる。
『ところであの子が面倒ごとを引き込んだそうだけど、近くに葬儀屋と花火師がいるから応援に送りましょうか?』
「お心遣い結構。そろそろ彼もこの施設も廃棄でしょう。少々、趣味の研究に手間を割きすぎたので整理しないといけないので。心残りですがね」
ツールマンの見上げるカプセルには、イスティが裸で収まっていた。
赤い服も赤い靴も赤い傘も身につけていない。
生まれたままの少女が眠りについている。
「彼はこの赤い少女を連れてきた功績あるんですがね……。一事に囚われすぎてるし、あの射出システムも彼くらいしか使いこなせませんしねぇ……」
『あら? 面白いと思うけど。ドライアイスのニードルガンなんて』
「射程がせいぜい一〇メートルではねぇ……。命中させられるのも彼個人の特技みたいなものですし。高圧カプセルの先端を解放するだけで、射出する単純な機構は異世界でいい武器になると思ったのですが冗長性が余りにもない」
ツールマンはなんとも残念そうに首を振る。
『銃の形にすれば結局、あちらでは動作不良。ままなりませんわね』
シュラインも同意した。
「おっとそろそろおいでになる時間です。ではログも消さないといけないのでそろそろ」
『ええ、また今度イスティといっしょに会いましょう』
ディスプレイが幾つものデータを並べて、シュラインという文字が消えうせる。
「さあ玩具の配置をして私も帰りましょうか」
ツールマンはイスティの入ったカプセルの移動を助手たちに任せて、研究室を後にした。
「まず注意を逸らす事だな」
ディリゲントはラグビーボールを地面にセットしながら言った。
「なにその卵みたいなの?」
アニーは自分の足元にセットされたラグビーボールを怪訝な顔で指差した。
「蹴ってください」
「蹴ったら中からピギャーとか何か生まれない?」
「そういう小細工をしてる暇はなかったので」
ラグビーボールはロケバスの中にあったものである。
彼ら「セリオツ救出部隊」は、六儀が逃げ込んだ施設を探り当てる事が出来た。これは宗徳の功績が大きい。
六義のストーカーから京都で良く出入りしてる施設のいくつかを、宗徳知り合いのコミュニティ総出張り込んで当たりを引いたのだ。変態でも役に立つものである。
そして今は闇に身を潜めて研究施設に近づいているが、防犯システムは多少誤魔化せても正面ゲートにいる警備員を誤魔化す事はできない。
警備員は施設に入る車を見張るように、正面ゲートに設置された詰所の中で職務を全うしている最中である。
ここで彼ら救出部隊は一旦、警備員の注意を逸らす作戦に出た。
ラグビーボールを蹴りこんで、視線をそらせてその隙に制圧する作戦である。
乱暴ではあるが、誰も代案を出せなかったので決行ということになった。
蹴るのはアニーである。これはボールを蹴るのに向いた人間体型で、なおかつスラヴィアンのパワーを当て込んでの事だ。純粋なパワーではアニーはディリゲントに勝る。
「だからってこの形はないんじゃない?」
「ボールを用意してる時間はない。いいか、お前は今からベッケンバウアーだ。間違いなくこいつをたたき込める。世界を狙える足なんだ」
ベッケンバウアーはサッカー選手である。ラグビーボール相手じゃ分が悪いだろう。
覚悟を決めたアニーは、迷いを振り切ってラグビーボールに蹴りを叩き込む!
しかし誰が見てもミスキックであった。
ボールは錐揉みしながら水平に飛んでいく。放物線を描いて施設内に蹴り込む予定が大外れだ。
しかし奇跡が起きた。
警備員は外の空気を吸いに来たのか、ゲート施設を出て背伸びをしていた。
そのあくびする顔面に錐揉みするラグビーボールが減り込んだ。
「マラドーッナ!」
サッカー選手の名前に似た悲鳴を上げ、警備員は地面に突っ伏した。
ディリゲントは口元を抑えて肩を震わせる。
「け、結果オーライだ。オーライってドイツ人の私が言う言葉じゃない……な、お前ら笑うな」
救出部隊は余りの事態に笑いを抑えられない。
「ゆくぞ、今しかチャンスはない。宗徳。施設の警備解除は任せたぞ」
一人冷静だったシテが、宗徳の頭を軽く小突いた。
「わ、分かりました」
宗徳は盗撮に利用しる潜入工作機器を抱えてシテの後に続く。
遅れてアニーを始めとする笑っていた異世界人たちも、それを追いかけた。
施設はやけに静かだった。
施設正面入口に張り付いた総勢二十名は、周囲を警戒しながら散開する。
「協力してくれてるハッカーの友人がカメラの目を誤魔化すのは五分が限界です……。全員、物陰に隠れてください」
宗徳が扉を開ける間、せめて見つからないようにと闇に身を隠す。
一方、ドアの開閉システムを見た宗徳は
「やった、ツイてる。学園女子寮の警備システムの上位互換だ。これなら最新ヴァージョンにしてなければセキュリティに穴がある」
などと呟く。
シテはなぜ女子寮の警備システムに詳しいのか問いただしたかったが、救出が先なのでぐっと堪えた。
やがて扉は解放され、アニーが考えなしに飛び込んだ。頑丈なスラヴィアンが一番乗りはいいのだが、警戒を怠っている。さらに施設の内部を警備している奴らは、無慈悲で合理的であった。
侵入に気がついた彼らは身を潜め、突入してくると同時に無警告で拳銃を撃った。その内の二発がアニーの右目に飛び込んだ。
バン! キュン! カラカラカラカラッ!
「アギャギャギャギャァ!」
アニーの頭部が激しくシェイクする。
と、彼女の口から何かが飛び出し、警備員の二人に向かっていく。
信じられない事だが、眼球のない右目から入った弾丸が頭蓋骨内を跳弾し合い、口から飛び出して撃った警備員に当たったのだ。
「え? 何? 何が起きたの?」
銃を撃ってきた警備員が何故か倒れている。アニーは何が起きたか理解できないようだ。
それをディリゲントは可哀想な目で見下ろした。
「そうか……。前から無いのではないか? 無いだろうと思っていたが……。入ってなかったのか」
「うわ、すげー馬鹿にされてる感じ! いっぱい詰まってるわよ! なんだか分かんないけど満載のぎゅーぎゅーよ!」
アニーは何となく自分が同情されている事を悟り、涙目で講義した。
緊張感のかけらもないが、救出部隊はいよいよ施設内部突入に成功することができた。もう後戻りは出来ないと覚悟を決めた者たちである。
災厄と不協和音の才能が少々暴走気味であるが、一同の緊張を解き良い結果を出している。
シテはアニーと共に先頭にたち、施設内部に深く侵入を始めた。
ツールマンが実験成果を試したくて仕方無いと、待ち焦がれている施設の中へ……。
- 緊迫感と学生のゆるい空気の温度差は相変わらずですがアニーだけで一気にお笑い度合いが上がっていくのは凄いですね。この先でどんなことが待ち構えていてもアニーがいれば何とかなりそうな -- (名無しさん) 2013-09-29 17:49:12
最終更新:2013年09月29日 17:46