異世界人たちの連合は士気は高かったが、所詮寄せ集めである。
作業の分担はおろか、しっかりと位置確認をしながら施設内を進む事すら出来なかった。
セリオツを救出するために潜入したメンバーたちをツールマンは分断する計画であったが、わざわざ手を出さなくても孤立する者もいた。
誰とは言わないが具体的には当然のごとく書かなくても分かると思うがアニーの事である。
意図に反して離脱したアニーを誘導する事を断念し、ツールマンは施設内部の隔壁や扉を開閉してシテたちを分断する。
ディリゲントを中心とする最大人数グループは警備システムや人員を利用して足止めをする。
ウーススとマヌなんとかの二人は、因縁のある人物の元へと誘導する。
時よりアニーが防犯カメラの端にウロチョロと写ったり、無駄に警報を鳴らしているがツールマンは面倒くさそうにコンソールを操作してその度に警備システムを切る。
そしてシテと宗徳の二人は、ツールマン自慢の研究結果を待機させた部屋へと招かれた。
シテは宗徳を庇うように立ち、室内の中心にいる人物をギラギラとした双眸で睨み見る。
研究室とは思えないほど光溢れる室内は温室のように暖かく、空気も驚くほど澄んでいた。天井は太陽でも引きずり降ろしたようにギラギラと輝き直視することが出来ない。
そして水と緑の匂いが立ち込める部屋の中央に、
エルフの少女がふらふらと背を向けて立っていた。
エルフの少女は背が縦に開いた手術に使われる患者衣を着せられている。小さめなお尻が丸見えだが、どこか異様な立ち姿に流石の宗徳も騒ぎ立てない。
彼女を中心として足元には、つる植物が所狭しと繁茂しており、水と清浄な空気の原因がこれであるとシテたちは理解した。
ノロノロとエルフの少女は振り返る。
ヘッドギアで頭部は鼻から上が隠れており表情は垣間見えない。しかし、だらしなく開けられた口元からはヨダレが垂れ落ち、患者衣の胸元を濡らしている。
患者衣の裾に隠れているが、少女は失禁してるようして内股も濡らしている。一目見て正気を保っている様子はない。
シテはセリオツが似たような目に会っていないかと、寒気を覚えながらカズラのようなツルが蔓延る室内中央に歩み出た。
「き、気を付けてくださいよ」
宗徳は潜入ツールを抱えながら、部屋の隅へと移動した。
――パキリと白い何かを踏み割る。
シテは顔面蒼白になっている宗徳に気がつかず、危険と知りつつエルフの少女を助けるため、ひどく纏わりつくカズラを振り払いながら突き進む。
体格のいいシテなので膝ほどまで済むが、これが小柄な人間ならば股下まで足を取られた事だろう。
「大丈夫かえ? わらわはお主らを助けに来た者である。……痛む所は無いかえ?」
シテはフラフラと上半身が揺れるエルフの肩を掴む。意外と足元はしっかりとしているらしく、下半身は揺らついていない。
少女は言葉にならない呻き声を洩らしながら、そっとシテの二の腕を取る。
チクリとざわつくような痛みが、少女に掴まれた腕の皮膚を走った。
「シ、シシシテさん! ここは死体だらけだ!」
踏みつけた頭蓋骨のショックから立ち直った宗徳が叫んだ。
しかしもう遅い。
シテの筋肉を押し分けて、少女の手の平から何かが侵入する。
『植物の因子を持つ?』
遠距離から状況を確認しているシュラインが、ツールマンに問う。
「ええ、調べたらエルフは染色体数の違う遺伝子を内包することが出来てましてね。しかもDNAは二重螺旋だけでなく三重螺旋へと組み替える事ができます。ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックが見たら大喜びしたでしょうね。ちょっといじったら三目や三本腕のエルフなど作れそうですが、まあこれは失敗しました」
ツールマンは鬼族の娘を侵食する少女の様子をデータに取りながら、同時進行で転送と数値の整理を行う。激しい勢いでキーボードが叩かれ、データがあらゆる部署に拡散されていく。
「結果的に、三つ目の螺旋には植物の遺伝子を組み込む事ができました。これは塩基配列に利用された物質の手が……」
シュラインも多少は科学の知識があるが、経済が専門であるため門外漢である。ツールマンの説明を大筋で理解するのも難しい。
『つまりエルフは植物にもなれると?』
「ええ、誰かがそういうふうにでも作ったのでしょう。まったく酷い仕掛けですね。人間味を感じない作品ですね。エルフを作ったモノは何を考えてるのでしょうね?」
ユーディコッツ・エングラー。
彼が植えられた植木鉢が宙に舞う。
パカン!
と、小気味いい音と共に植木鉢が四散した。
「きゃあああ! しょ、所長ー!!」
マヌなんとかの悲鳴が研究室に木霊する。
「大騒ぎすんない! 植木野郎はこっちだ」
ウーススは左手に持った剥き出しのエングラー所長を、マヌなんとかに返した。ウーススは植木鉢からエングラーを抜き出し、攻撃の盾に鉢を投げたのだ。
「蜂の代わりに鉢の盾か」
不意打ちに失敗した六義が、呆れ顔でウーススを見下ろす。
六義はいくつもの実験プールが床に点在する研究室のタンクの上に潜み、潜入してきたウーススを最大限まで引き寄せてアモルファス・カーボニアの大砲を打ち込んだ。
六義は気体である二酸化炭素を高圧で個体化させたアモルファス・カーボニアの弾丸を、ムカデ砲という電子制御で段階的に空気圧で加速させる銃を左腕の服に仕込んでいる。
射程距離は短いが、命中すると対象の体内で急激に気体へと昇華するアモルファス・カーボニア弾は、とてつもない威力を持っている。
しかし貫通力は皆無であり、少し硬い物質だと貫く前に爆散してしまう。それでも十分な威力だが植木鉢のような適当な物体でも盾になる。
ドミヌラの推測はことごとく当たっていた。
「ありがとよ。蜂公」
ドミヌラの遺言に感謝しつつ、ウーススは爪を伸ばして低く唸った。
「所長の鉢にも感謝してください! ああ所長、なんてセクシーなお姿に……。女性の服を剥ぎ取るなんて酷い熊です」
エングラー所長は女性らしい。
さて不意打ちに失敗した六義は、戦いをすっぱりと諦めて隣のタンクに飛び移りながら撤退を始めた。
逃がしても嗅覚が鋭いウーススは不意打ちに強く、あまり不利ではない。しかし不意打ちの心配がないとはいえ、アモルファス・カーボニアの大砲を補充されたら厄介である。
熊は驚くほど身軽である。貯蔵タンクのようにしっかりとした作りならば、足元も気にせず追うことができる。
スルスルと異様な速さでタンクの排水管を伝い登るウーススに、牽制で六義は輪ゴムを撃ち放つ。
「タネはバレてんだよ!」
輪ゴムは攻撃の手段を隠すダミー。そして弾道を誤魔化す手段である。輪ゴムからわずかにずれるアモルファス・カーボニア弾を防御しながら、ウーススは自慢の爪を六義に叩き付けた。
ウーススの爪が六義の制服を捉える。
服を引き裂かれながらくるくると宙を器用に回り、六義は上着を脱ぎ捨てた。
静かに階段中二階の手すりに着地した六義の上半身には、ベルトや複雑な機械がまとわれていた。背中には小型の静音コンプレッサー。アモルファス・カーボニア・ニードルの弾倉、給弾ベルト。肩や肘、手首などに設置された発射口の数々。
「そいつがお前のタネって奴かい!? 武器で身を固めた上に隠してりゃお天道様も呆れ返るぜってんだい!」
六義はウーススの挑発を無視して輪ゴムの束を投げ捨てると、懐から小さな容器を取り出した。
カラカラと容器を軽く振り、中身があること確認する。そして容器を開くと一つのカプセルを取り出し、前歯で軽く加える。
身体を震わせながら上を向いてカプセルを噛み砕く。カリッという音ともに六義の震えは止まり、ゆっくりと視線を下へと戻す。
赤い目。
血走った六義の目は、常人とは思えない。大分前から人間を止めていたとでも思わせる狂気が滲み出ている。
両腕がウーススに向けられる。
ウーススは頭部を庇い、アモルファス・カーボニア弾を自慢の毛皮で耐えながら突き進む。
ウーススの巨体が宙を舞い、太い腕が手すりごと六義がいた場所を薙ぎ払う。
流石の六義も強力な攻撃に戸惑いながら、床を転がり回避した
「こちとら熊の宿敵……蜂が味方についてんでい! 勝てぬ道理がねーってもんだ!」
- どんどん話が進んでいく中で意外と鉄板の両展開が混ざるのが面白いです。エルフあたりは描写も急展開も目を引きました -- (名無しさん) 2013-10-13 19:03:27
最終更新:2013年10月13日 19:00