ありきたりに学び、ありきたりな就職をして、ありきたりに数年付き合った彼女と、つい最近ごくありきたりにお別れした僕は、やはりごくごくありきたりに傷心の旅に出た。
誰も自分を知ることのない土地にいって静かに過ごしたいと思った僕の足が異世界に引き寄せられたのも、多分ありきたりな選択だったのだろう。
それなのに、どうしてこうなった。
「やあやあ、傷心旅行中のサノ・トオルくんじゃないか。どうした、宿探しかい?」
とぼとぼと田舎道を歩いていると、突然道端で野良仕事をしていた狗人のおじさんに話しかけられる。
まただ…思わずため息が口をつく。自己紹介した覚えもないのに、なぜか行く先々で僕の名前が知れ渡っているようなのだ。なんの嫌がらせなんだこれ。
「おや、女にフラれたトールくんじゃないか。そういう時は肉だよ、もっと肉を食べるんだ」
「いやいや従者よ、ここはサラダバー殲滅戦であろう」
「すみません、おなかいっぱいなんで」
「あなたがサノトルさんですね。連れ合いがおられないそうで、よろしければサービスしますよ」
「え、え、えっと……さよならっ」
「女だけがすべてじゃないぞサノくん、どうだい今夜あたり私と…」
「折角ですが遠慮します」
幸いと言うのも変な話だが、話を聞くかぎり顔と名前と「傷心旅行中」という情報しかリークされてないようだった。
いや十分だこれ、そんな負け犬一直線の情報知られて普通に顔をあわせられるわけないじゃないか!
そんなわけで、妙に親切そうに話しかけてくるそういった手合いから僕は可能なかぎり全力で逃走を繰り返しているのだった。
で、そうして逃げ込んできた場所に限って…
「おにいちゃん、サノトールっていうの?」
狙ったようにまた「リークされた人」が待ち構えているのだ。
「なんだよもう! 僕が何したっていうんだ、ほっといてくれ!」
ついに僕はその女の子の前で座り込んでしまった。ぐすぐす鼻を鳴らした情けない姿でも見て、笑うか呆れるかしてとっととどこかに行ってくれと捨て鉢な気分でいると、
「…おぼえてないの?」
女の子は近寄るでも立ち去るでもなくそう言った。
「おにいちゃんはね、
ゲートで神様の前に立ったときなんて言ったかおぼえてない?」
「え、ゲート…で…?」
そう言われて記憶をたどる。でも、なんでかその部分がよく思い出せない。ゲートに入って目を開けたらすぐ異世界に立ってたんじゃなかったっけ…あれ?
「お兄ちゃんはね、こう言ったんだよ。誰も知らない場所で静かに消えてしまいたいって」
そう言われて、記憶の空白に色が戻る。
『この地に何を求めるの?』
--…何も…
『では何故ここにきたの?』
--生きているのがつらいから
『死にたいの?』
--わからない…ただ、
「…誰も知らない場所で静かに消えてしまいたい」
自分の口に出して言ってみると、その感触に覚えがあった。僕は、そんな…そこまで思いつめてたんだ。自分でびっくりだが、なんとなく異世界に足が向いた理由にこれで納得がいった。
地球のように誰かが数日いないだけで騒ぎになったりしないここでなら、行方不明者に混じるくらい簡単なことだと思ったんだ、きっと。
「誰にも関わらず生きるなんて不可能なんだよ、お兄ちゃん」
女の子が、どこか聞き覚えのある声で諭すように話す。
「地球でもそうだし、ここでは尚更そう。たまたまとはいえ、私の管轄のときにお兄ちゃんが来てよかった。貴方は孤独に消えたつもりでも、私はずっと貴方が空しく朽ちる姿を見ていくところだったのよ」
哀しげに微笑む姿に胸が痛む。ああ、この人は…そうなのか。
「貴方はたった一人になったわけじゃない。まわりを見れば、貴方を見ている人は必ずいるのよ。孤独に甘えないで顔を上げて」
「どうしても不安になったら、私が見ているから」
僕は地球に戻った。
ありきたりの日々に埋没しながらも、生きていく。
地球には「彼女」の目が届かないじゃないかって声もあるかもしれない。でも、僕はたしかに感じるのだ。
ひとりでいる時も、人の中にいる時も、あの優しい目をたしかに感じるのだ。
- 国と相手次第では本当に消えてしまっていたかも。まわりで見ている人は地球よりも異世界の方が多かったりして -- (としあき) 2013-07-05 23:24:55
- 従者とサラダヴバーからイストモスを予想。そして女の子は星神の神霊か亜神なのではと諭す物言いから感じました -- (名無しさん) 2013-11-16 17:22:23
- 神様サービスよすぎるってことよー。イストモスって優しい国だな -- (名無しさん) 2014-08-27 02:52:51
- 異世界の神々の中で星神様は最も人へ気配りしている神だなぁ -- (名無しさん) 2018-05-12 07:12:27
最終更新:2013年08月05日 00:52