【決闘と御節介】

「マズいな・・・」
「マズいわね・・・」
「確かに、あまりこれは望ましい申し出ではございませんね」
 とある領土のとある領主の館。 領主一同は事態に窮していた。

 この領にも度々艱難辛苦の事態は訪れてきたが、それもこの領の価値を高める施作の過程で生まれた「軍資金」と巧みな「契約」により潜り抜けてきた。
 だが今度はそうも行かないかも知れない、というほどの物だ。
 経済難であれば金作で潜り抜ける見通しも建てられたであろうが、『饗宴』であれば話は別だ。
 こちらは金作だけでどうにか出来る分にも限界というものがある。

「まさか、あの『武錬子爵』に目をつけられるとはね・・・」
「ソイツはそんなに強いのか?」
「ええ、そうですね・・・流石に二つ名に『武錬』と付くだけの事はございます。 ですが、何よりも問題なのが」
「『饗宴』の申し出がストライカーデュエル一択ってこと」
 ストライカーデュエルは昨今の『饗宴』ではあまり選択されない形式である。 というのも、「1VS1」に限定されるこの形式は、領主が己が持つ全てをそこに賭けるということに等しい。
 領主たる自分自身、もしくは最強の配下に絶対の自身がなければ選択されることはない形式だが、領主の武力に由来せず領土保持を行ってきた領土にとっては、仕掛けられること自体が領土もしくは利権の喪失に直結する大問題である。

「ウチとしての最たる問題は、『領主』にも『全権代行』にも恵まれないことだよな・・・」
 明けて翌日、領主館のひとり(スラヴィアンではない)は、館下街の喫茶店で地元特産の甘味を食しつつ、悩んでいた。
 領主がスラヴィアンとして武に優れていない件については、これはもう避けようのない事実なので仕方がない。 全権代行を託せるだけの武勲に優れたスラヴィアンが居ないことも事実なので仕方がない。
 かといって第二の故郷にも近しい愛着を持つこの領土を無血開城で明け渡すことは惜しい。 だが流石に相手が『武錬子爵』とあっては、風聞調査や過去に協力を取り付けたことのある他領主の感触からするに、多少のコネや金作で動いてくれるスラヴィアンはそう居ないと見える。
「はぁ・・・どうしたもんかねぇ・・・」
「随分と深刻そうな顔して溜息ついてるが、どうしたよ?」
「ん? あ、ああ・・・ちょっと、ね」
「どう見ても『ちょっと』って感じじゃないな。 どれ、ちょいと猫のおいちゃんに話してみぃ」
「いや、観光で来ていただいた方にするような話でも」
「いーからいーから、赤の他人だから話せるってこともあるだろ? それに、実際考えて口に出してまた考える、って過程は物事を自分の中で整理するのにうってつけだって言うぜ?」
「アンタ何もんだよ、一体・・・?」
 渋々ながら、領主館の男は強引に相席してきた猫人に事情を説明することにした、というよりも説明するまで解放してくれなかった。
「ふむ・・・極限まで話を詰めれば『領土安寧が保たれる形で饗宴を終えたい』ってことだな?」
「まぁ、そういう事だが・・・それが出来ないから困ってるんだ」
「よし分かった、この旨い菓子の対価ってことで、その話オレが持とう。 で、菓子折りと引き換えに預かった全権を領主に返上すれば万事オーライ。 どうよ」
「それはいいが・・・相手は相当自身があるんだが、アンタはこの領土を背負わせるに足るだけの器なのか、俺には分からねぇ」
「何、心配すんなって。 『武錬子爵』だっけ? ソイツがどんだけのもんか知らねぇけど、幾ら何でもどっかのクソ戦神よか強えぇって事はないだろ」
 あまりに根拠に乏しい説明に、領土館の男は閉口するより他無かった。


 だがしかして他に対案もなく、その日は訪れる。
 領主館の男は他二名に対し、今日までは「全部オレに任せろ」の一言で片づけていたが、控室にて両名より鋭く白眼視される。
「はぁ・・・今回ばかりは、失敗だったかしらね」
「よりにもよって、たまたま町であったナマモノに全権代行を託すとは。 浅慮と言うものにも程があるのでは?」
「う、ぐ・・・じゃあ、他に何か手立てはあったのかよ?」
「それを考えるのがアンタの役目でしょ! あぁ、今からでも、いやでも、うん、えと・・・」
「流石に今宵ばかりは、最悪の心持で審議候の終了宣言を待つしかありませんな」
 もはや舞台を見に行く心持にすらなれない3名は、控室で只管に領土最期の宣言を待つ覚悟を決めるより他無い様子であった。

 その鎮痛極まりない控室へ、一人の女性スラヴィアンが来訪する。
「失礼いたします。 お宅様の全権代行の帰投をこちらで待たせていただいても、宜しいでしょうか?」
「え、ええ。 いいですよ」
「あ、あなた様は・・・!」
「え、何、知ってる人?」
「え、ええ、まぁ・・・お嬢様方はあまり『饗宴』のスター達にはご興味がない様子ですので、御存じないのも詮方ないでしょうが、こちらの方は」
「いえ、私の話を目の前でされましても、気後れしてしまいますし・・・何より昔の話を出されると恥ずかしいですから」
「こ、これは失礼を・・・しかし、あなた様がなぜこちらへ?」
「私の大切なお客様がこちらへ御厄介になっているとお伺いしたもので。 それにしても、先ほどから皆様、何やら重い顔をされておられますが、御体の具合でも?」
「あ、いえ、これはその・・・端的に言えば、ウチの領土がかかってて胃が痛いっつーか」
「私も、その、さっき初めて面通ししたんですけど、その、ウチの領を任せていいものかと・・・」
「あら、あの方ってば、御自分のことを何も話さずに全権代行を名乗り出たんですの? あの方らしいと言えばそうですが、人が悪いですわね。 うふふ」
「あの、失礼ですけど、あなたはあの猫の人のことを御存知なんですか?」
「ええ、よく存じておりますよ。 まぁ、あの方が『饗宴』にお出になられるのであれば、例えば・・・あ、終わりましたね」
「へ、終わった・・・? ああ・・・」
 その場に居合わせた四人中三人が下を向き一人が通路を見遣り、やがて激烈なブーイングを背に受けて、猫の人が雁首ひとつ引っさげて戻ってくる。
「な、なんと・・・!」
「それ、『武錬子爵』の!」
「ああこれ? いやだって『敗者に情けなど無用、介錯お願い仕る』って言って聞かねぇんだもんコイツ。 しまいにゃ泣き出したんで、仕方なくバッサリ切って持ってきた。 昔実家に泊まりに来た人が好きだった『ブシドー』かっつーの。 ま、どうせこの頭ダミーだし、ドクロのおっさんに頼めばくっつくからいいんだけどさ・・・ってオマエなんでいるんだ」
「お人が悪い全権代行様をお待ちしていただけですよ。 こちらで待てば確実にお会いできると思いましたので」
「ちっ、急に賢くなったよなぁお前も。 まぁいいや。 そうだそうだ、なぁ領主様よ」
「は、はいィ!?」
「ほいコレ。 全権返上のついでに、コレ子爵殿に返しといてよ。 んじゃ俺サミュラ卿に用事があるんでここで失礼。 そいじゃ菓子折りはコイツ経由で頼むわ」
「え、あ、はい」
「ウチのカミさんどもが愛してやまないお宅の菓子を、無粋な理由で食えなくなるのが惜しいと思っての申し出だったが、久々にこの空気も悪くないわな。 じゃ、また御縁があれば」
 『武錬子爵』の首を領主にアンダースローで投げ渡し、猫の人は高貴なるスラヴィアンと共に控室を後にする。


 領主館の一同が猫の人や控室を来訪した女性の素性について知るのは、翌晩の屍国新報にて饗宴記事ではなく社会面の記事の確認を待ってのことになる。


  • 相手不利自分有利な決闘申し込みとか申し出る方が避難されるのでは?と思ったけど -- (名無しさん) 2013-09-20 21:05:10
  • ディエルのパワーアップぶりがどんどん加速していきますね。反スラヴィアの機運の高いラムールとは逆にスラヴィアでは相手が何でも受け入れそうな雰囲気は楽しいです -- (名無しさん) 2013-11-16 17:40:12
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最終更新:2013年09月20日 21:03