【審議候のとある一日の光景】


 夜の帳が降り、月明かりがとある館を煌煌と照らす。
 その館の主人は目覚め、地下より地上階へと姿を見せる。
「ご機嫌麗しゅう、マイロード」
「今日もお勤め御苦労様、マリアージ」
「では、本日の御食事をあちらにご用意致しております故」
「いつもありがとう、マリアージ」
「いえ、卿にお仕えすることこそ我が歓びにございますれば」
 マリアージと呼ばれた館の世話役が、主を導き広間に案内すれば、そこにはナマモノの女性がひとり。 到着した主を見るなり、ナマモノは歓喜の表情で出迎える。
「ああ・・・この日が訪れるのを、どれほど待ち焦がれた事か・・・貴方に召し上がって頂ける栄誉、家族は子々孫々まで語り継いでくれることでしょう」
「そこまで言われてしまうのも何なのですが・・・それでは、今宵の貴女に、我らが主の思し召しがあらんことを」
 ナマモノの女性は、恍惚の表情で、館の主が己の手首から血液と生命の総てを吸い上げていく様を見ながら、幸せの内に息絶えた。

「待たせたね、マリアージ。 今日の予定は」
 食後でも優雅さを忘れず書斎の自席へ着いた館の主は、マリアージへ問いかける。
「はい。 本日はまず、ガラドリー卿より先週の『饗宴』での裁定に関する異議申し立てへの対応、サミュラ様へご提出される国政書面の作成・・・は、私が代行いたしましょう。 続きまして本日の『饗宴』。 何でもローチャイルド卿の全権代行として、数年ぶりにまたナマモノが出るのだとか」
「ほう・・・また、ナマモノが」
「はい、珍しいこともあるものです。 それ以前のナマモノの参加などずいぶん前でございましたのに。 最後に、サミュラ様とラ・ムールの『壱発逆転王』殿との御会談がございますが、貴方様がいらっしゃらなければ饗宴が成り立ちませんので、こちらは私が対応いたします。 以上、本日の主な御用向きでございます」
「ありがとう、マリアージ。 して、ガラドリー卿はあとどのくらいでお越しになるかな」
「概ね、あと数刻の内には、と思われます」
「では、今の内に出迎えの準備をしてしまおうか」
「イエス、マイロード」
 言うや否や、マリアージは姿を消し、速やかに応接のセッティングを開始する。
「では、私も準備するとしようか」
 館の主、『審議候』キエム=デュエトは、異議申し立てがあるという『饗宴』の進行次第を再度確認することにした。

「我が配下がオズモートの右翼第二陣を打倒した時点で勝敗は決していたであろうに、なぜ采配を振らなんだ!」
 到着するなり激昂するガラドリー卿を涼風に舞う柳の如くいなし、キエムは応接へ客人を通す。
「数多の戦を見通してきたキエム候ならば、あの時点で大勢は決していたとお分かりであろうに!」
「・・・失礼ながら厳しい言い方をさせて頂ければ、そう思っていたのは貴方の驕り、ということですよ。 そしてオズモード卿はその驕りを見逃さなかった。 それが命運を分けた、それだけのことです」
 あくまでも冷静に、だが辛辣にキエムはガラドリーの慢心を突く。
「だがしかし! オズモートのヤツが伏兵に持たせていた、あの『ろけっとらんちゃー』なる武装を、貴殿は容認されるか!」
「『饗宴』には原則として持ち込み不可の武具防具は設けておりません。 故に、現界の法具・神具・神器・宝具の類も、異界の武具の使用も、原則として許容いたします。 異界との門が開いてより過ぎた年月はもう1年2年の話ではないのです。 新世界やクルスベルグを中心に、異界の武具が少なからずこちらにも流入して久しいのですよ。 時流に乗れず、新たな潮流を認めないのは、一領の主としては狭量ではないかと」
「ぐ、むむ・・・」
「それに、勝利を確信した時こそ最も警戒すべき時。 切り札は最後の最後まで取っておいてこそ切り札足り得る。 どちらも戦術の基礎、いえ、それ以前の『心構え』でございますよ、ガラドリー卿」
「な、ならば! ならば私はヤツにストライカーデュエルを申し出るぞ!」
「それは成りません。 今の貴方は敗者の身。 ストライカーデュエルの申請は、勝ち続ける強者のみが選びうるものであり、相対する者として選ばれうるものでございます。 そのことを御存知でない卿では御座いますまい」
 キエムは淡々と、饗宴の取り決めについて今更とも思える解説を以て、ガラドリーを説き伏せる。
「まだ、ございますか?」
「・・・ぐ、む・・・失礼させてもらう!」
 最後っ屁とばかりに卓に拳を叩き付け、ガラドリーは応接を、そしてキエムの館を後にする。
「ふむ・・・納得していればいいのですがね」
 思考の凝り固まった旧態依然の領主はいずれ新しい潮流に呑まれ消えゆく、それも定めか。 そんな事を考えつつ、キエムは応接を出て書斎へ戻る。

「御苦労様でございます、マイロード。 あの大きな音から察するに、完全にご納得頂けた、という訳ではないようですね」
「ああ・・・難しいものだよ」
「貴方がそれを言ってしまったら、誰が『饗宴』を支えていかれるのですか。 礼を失する弁ではございますが、ガラドリー卿の頭が固いだけでしょう」
「君も言うね、マリアージ。 さて、私も手が空いたので、国政書面を作ろう。 どこから手を付ければいいかな」
「いえ、もうお手を煩わせるほどの量ではございませんので。 それよりも・・・こちらへの御処遇をお願いいたします」
 マリアージが取り出したのは、おびただしい量の書簡の束。 内容は概ね「次は私を食べてください!」に集約される、スラヴィア全土のナマモノの女性からのラヴコールである。
 自ら領主へ供物となることを望む、供物となることを喜びと感じる領民はどの所領にも少なからず居るが、領土を飛び越えて供物になりたいと申し出るほどの者は、領土を預かる死徒の中でもそう居るわけではない。 しかも、ナマモノの女性からのみの熱烈な、となれば、おそらくはキエム一人しか該当しないであろう。
 彼自身、死徒としての再生の折に半永久的な詩吟の才と美麗な容姿と引き換えに、美的観念等の一部が欠落していることもあり、己がそういう見られ方をしていることに頓着はしないが、逆にその着飾らない・媚びない姿勢がウケているらしい。
 なお、手紙はごく普通にインクで書かれたものから、御丁寧に鮮血で書かれたもの、試食品とばかりに臓物や肉片を添えてあるものまで、多岐に渡る。
「ここしばらく届いていないと思っていたが、しばらく溜めていたのかい?」
「お忙しい時が続いておりましたので。 幸いお暇になったようですので、少しでも減らしていただければ助かります。 このままでは書簡入れが詰まってしまいますので」
「分かったよ、マリアージ。 国政書面のほうは、引き続き頼むよ」
「承知いたしました、マイロード」
 キエムが書簡の封を切り手紙を広げる音と、マリアージが書面の作成のためペンを走らせる音だけが、書斎に響く。
「ところでマリアージ。 異界には『ぱそこん』と呼ばれる、書面作りに役立つ道具があるそうだが、使ってみたいかい?」
「私も『ぱそこん』については聞き及んだことが御座いますが、それを扱うには、電霊との交渉による恒常的な雷撃の確保と、何よりも『いんたぁねっと』というものが不可欠だそうで。 特に後者は、どのような網なのかは存じませぬが、こちらの世界には未だ存在しないもの。 不可欠なものが用意できない以上、『ぱそこん』を御用立て頂いても、持ち腐れとなりましょう」
「なるほど。 そうなると・・・ふむ」
「何か気になることでも、おありですか?」
「以前にサミュラ様とご一緒させていただいた折に、主モルテ様がいらしてね。 その折に・・・何と言ったか、そう、『あいほん』だ。 この手のひら位の大きさの小さな箱で、異界の遊戯をご堪能されたり、太陽神殿や戦神殿らと交信されている、というのだよ」
「主モルテ様がお持ちの物ならば、神の御力によるものではないのでしょうか」
「私もそう思ってお伺いしてみたのだが、どうやら異界では同じようなものを誰しもが持っているだと仰るのだよ。 しかし、やはり神力の為せる業なのであろうな、うむ」
「それにしても、異界にはまだまだ知らぬ物が多くあるものですね」
「ああ、全くだよ」
 異界のみに存在する未知の技術に思いを馳せつつも、封を切る音とペンが走る音は鳴り止むことはなかった。

 そして、月が天の直上に至ろうかと言う頃合。
 今宵の『饗宴』の舞台となる闘技場へ赴いたキエムとマリアージは、まずは迎賓室へサミュラへ挨拶をしに向かう。
「お待たせいたしまして申し訳ございませぬ。 キエム=デュエト、ただいま御前に参じて御座います」
「いえ、充分間に合っておりますよ、キエム」
「恐れながら主サミュラ様。 本日の御会談にてお使いになられる資料にございます」
「ありがとうございます、マリアージさん。 お二人にはお世話になってばかりですね」
「滅相も御座いませぬ。 我ら、サミュラ様の御命とあらば何なりと」
 一礼の後改めて迎賓室を見回すが、本日の来客の姿が見当たらない。
「して、まだ来賓の御姿が見えないようですが」
「彼ならもうこちらには来ておりますが、こちらに見えるのはあとしばし後でしょう。 先に所用を済ませてより来られる旨、御通知頂いておりますので」
「左様でしたか」
「ええ、玉座に座してなお、太陽神様の御寵愛を存分に賜っておられるようですので」
「成程、そういう事ですか。 では、私は一度失礼いたします」
「ええ、今宵も良き采配を、期待しておりますわ」
「そのお言葉、是非も無し。 では」
 キエムは『審議候』の職責の最たる部分を全うすべく、闘技場へと赴く。 その最中、周囲を舞い踊る風精に語り掛け、本日の饗宴の舞台に上がる者たちの様子を探る。

 まずは東門側、今宵のストライカーデュエルの果たし状をローチャイルド卿へ投げて寄越した、『武錬子爵』オードリクス卿の控室を垣間見る。
 まともに立ち会うならば、余程の奇を衒った策も無く、仕掛けの仕様もないこの決闘で、ローチャイルド嬢がオードリクスに勝る可能性は極めて低い、と言わざるを得ない。
 勝利に意義を見出す性分であるはずのオードリクスがあえて武家ではなく商家のローチャイルドへ果たし状を投げ、そのあえて挑んだ挑んだ相手が偶然か必然か『彼』であることは、きっと意味のあることなのだろう。
 だがしかし、要らぬ禍根や入れ知恵が入らぬよう、どちらか一方でも全権代行の選出を表明した時点で、双方が相手方の情報を探ることは、闘技場で相見えるまで禁止されている。 オードリクスが彼と相対した時に去来する感情こそが、恐らく求めているものなのだろう、と推察する。

 一方は西門、今宵の果たし状を送り付けられたローチャイルド卿の控室。
 死すら辞さない決闘に臨むにはあまりにも軽薄すぎる全権代行の態度に、領主ら一同が閉口しているのが良く分かる。 その全権代行の選出も、宣言が3日前に為されるという異例の遅さ。 恐らくローチャルド陣営の胸に去来するのは絶望か明日からの算段の何れかであろう。
 ここスラヴィアという地においてのナマモノの有り様からすれば、まず全権代行をナマモノに任せるということ自体が異例中の異例ではある。 しかし、変装や偽装すらしていない全権代行と対面し会話を交わしてもなお、商家故に世事に賢しいローチャイルド陣営に正体を悟らせないというのも、試練という陽光の恵みが成せる業なのであろうか、とすら思える。
 全権代行が武舞台へ向かう準備で退室したとたんに、彼を選出した責任者でもある異界のナマモノのオスが、ローチャイルド卿に容赦なく足蹴にされる様を確認し、探りを終える。

 延にあれば王足り得たであろう、とすら識者に言わしめるほどに風精の扱いに長けるキエムからすれば、「風の噂」ですら真実となる。 そのキエムが居るからこそ饗宴は成り立ち体を成している、とまで賞賛するものすらいる始末だが、果たしてそれが正鵠を得ているとは限らないのもまた事実。 その根拠については「大いなる傍迷惑」の存在が示していると言えよう。

 風精より今宵開催される『饗宴』の参加者についての情報を収集し、キエムは口上を練りつつ舞台へ上がる。
<御来訪の皆様・・・長らくお待たせいたしました。 それでは・・・今宵の『饗宴』、幕開けにございます!>
 キエムの高らかな宣言と共に、怒号と嬌声と歓声が入り雑じり、渦を為し、闘技場を振るわせる。
<今宵の初戦は、己が誇りと威信、そして領土を刃に乗せて行われる、勝利に彩られた者のみが参加を許される1対1の決闘、ストライカーデュエルにございます!>
 大規模な争乱は見た目も派手で競り合いも多いため観戦としての愛好者は大変多いが、その一方、純粋な闘争の極限的な形となる1対1で競い合うストライカーデュエルも、また人気である。
<東門より入場いたしますは・・・元領主を打倒してより後、ストライカーデュエルのみにて築き上げた戦績は19戦無敗。 今宵、20勝目の祝杯は相手の血で祝うこととなりましょうか・・・冴え渡る剣技とケンタウロスならではの健脚が織りなす、苛烈にして流麗なる攻め様はまさに疾風迅雷、変幻自在。 弛まぬ修練こそが今の彼を形作る。 『武錬子爵』オードリグス、登場!>
 向上の終わりと共に東門が開き、甲冑に剣を携えたケンタウロスの死徒が姿を見せ、場内からの歓声と声援に応える。
<続いて西門よりの入場。 ローチャイルド卿の全権代行として来りまするは・・・彼の者が何者かなど、この言葉さえあれば、他に説明など不要でございましょう! 『壱発逆転王』、今再び饗宴の地に!>
 知らぬ者からすれば仰々しくも聞こえるが、知る者からすれば他に必要などないということに同意できる口上と共に、西門より猫人のナマモノが一人歩み入る。 知らぬ者からはナマモノ相手へのブーイング、知る者からは如何ともし難い表情で、猫人のナマモノは迎え入れられる。 
「さて、失礼ではございますが」
 キエムは猫人に向けて、彼だからこそ課すべき特例について説明を行おうとするが、
「いーよいーよ、言わなくても分かってるって・・・って、それでも言うのがアンタの仕事か」
 との言葉が返ってくる。
「御理解、痛み入ります。 ですが、御説明不要とあらば、今更申し上げるまでもありますまい」
 キエムの言わんとすることを言わずとも理解したと見える猫人と武錬子爵は、揃って舞台中央に歩み寄り、武錬子爵にとっては絶好の間合いと言える距離の少し手前で、お互い示し合わせたように歩みを止める。
<それでは・・・その武を魅せよ! その勇を示せ! その技で酔わせよ! その術で畏れさせよ! あらん限りの総てを尽くし、全てを賭けよ! いざ、撃滅決闘《ストライカーデュエル》、開演!>
 鳴り響く銅鑼の音すらも嬌声にかき消され、今宵の饗宴が幕を開ける。

<さぁまずは、絶好の間合いからオードリクス卿の鋭い斬撃!>
 振り下ろされる裂帛の一撃は、並大抵のナマモノならば地に伏すことであろうが、
「異界に伝わる伝説の奥儀、見せてやらぁ!」
「な、何だとォ!?」
 すぱぁん、と軽快な音と共に、叫ぶ猫人の両手に挟まれた豪剣は動きを止める。 見た目は滑稽ではあるが、為すには深い集中と卓越の技術、為すための度胸を要するその芸当に、オードリクスも驚愕せざるを得ない。
<こ、これは・・・皆々様方、ご覧になられたでしょうか! 今ご覧頂いたこれこそが、異国はセンゴクに古来より伝わる、黒き狩人『ニンジャ』の奥義、『真剣白羽取り』にございます!>
 つい興奮して出してしまったニンジャの奥儀、という言葉に観覧席は騒然とする。 さらには天覧席より、
「サミュラ見た!? ニンジャだってニンジャ! すっげ、写メ撮ろ写メ!」
「モルテ様、落ち着いて下さい」
 という声が聞こえてくるが、問題は無かろうと結論付ける。
 空前のニンジャブームに沸くスラヴィアの今を狙っての業というわけではないのは、繰り出した彼自身が「戦国は国じゃねぇよ! 時代だ時代!」と野次を飛ばしてくるあたりからも分かる。 だが、これも責務の一つ故ご容赦願いたいと会釈し、キエムは武舞台の二人の戦況を見据える。
<オードリクス卿、自慢の健脚で攪乱に出る!>
「流石は聞きしに勝る太陽の王! これほどの猛者が相手ならば、我とて技を尽くさねばなるまいな!」
 言うが早く、オードリクスの四足は速度を上げ、その足跡に、その剣に、炎が宿る。 やがて炎は道となり、渦となり、武舞台を包み込む。
「なるほど、火精付のアンチオストモスアーツか。 これだけ広けりゃ走り甲斐もあるってもんだしな」
「ほう、我が受け継ぎし技法、今なお語り継がれるか」
「残念ながら外法として、だけどな」
<皆様、今宵は伝説の技法を幾度もその目に焼き付けて頂ける、又と無い機会となりそうです! オードリクス卿が繰り出すは、イストモスにあって許され得ぬ忘れられし技法、精霊術とケンタウロス戦技の融合、アンチオストモスアーツ!>
 なおも灼熱を鎧と為し、足跡を火柱として、オードリクスは武舞台を駆ける。 蹄鉄と路面との響きあいと灼熱の火炎が逆巻く乱気流が生む協奏曲が、契約の対価として奉納され、火精の勢いを増す。
「なるほどね、その走り自体が契約の対価、そして己の力を高める儀式も兼ねる、と。 アンチオストモスアーツ使いとも何度か殺り合ったもんだが、どうにも精霊との契約っつーのがいまいちピンとこないからなぁ、俺」
 猫人の推察通り、アンチオストモスアーツはそれ自体が戦術であり、技法であり、儀式であり、契約の履行である。 忌むべき外法とされたのは、一騎当千の力を生む圧倒的なまでの効用だけでなく、その強すぎる力が忌むべきものとされたから、という側面もある。
<オードリクス卿の火炎迸る熱走に、観客席もヒートアップしております!>
「・・・涼しげな顔で言っても説得力ねぇぜ?」
「貴方を焼殺するための火炎の只中で冷静に一言添えてくる貴方も、ですが」
「違ぇねぇな」
 猫人はむしろ、その状況を楽しんですらいるように思える。
「そのすまし顔も何時まで持つかな? 覚悟してもらおう!」
 火炎の壁が猫人を完全に包囲し、火炎障壁の中をオードリクスは駆ける。 うかつに手を出せば逆にその身を焼かれることになりかねない。
「ずおりゃぁぁぁ!」
 火炎障壁の中からオードリクスが姿を現し、火炎を纏う刃を振りかざし、猫人へ迫る!
「よ、っとっと。 で、ヒットアンドアウェイの繰り返しの中で熱を浴びせて、叩き斬ればそれでよし、交わされでも熱の煽りで削ることは出来る、と」
「それが分かったところでどうする? 例え貴公であるとも、この燃え盛る火炎の中に身を投じる我の姿、捉えることは叶うまい!」
 火精との契約はなおも盛り、火炎の勢いは更に増す一方。 観客席にいる物見遊山で訪れたナマモノだけでなく、熱には弱い種族の死徒までも激しい熱に中てられて苦悶の表情を浮かべるほどだ。
<さすがにこの熱風は凄まじい。 御観覧いただいておりますナマモノの皆様、どうぞ水分の補給はお忘れなきよう、お気をつけ下さいませ!>
 風精のひとりを呼び、マリアージに飲料水の供給を指示するよう言いつけて、再び業火に包まれる武舞台に目を向ける。
 火炎の中を駆け巡り、飛び出ては切りつけにかかり、避けられてはまた業火とその身を一にする。 儀礼によりさらに加速度を増し、反撃を許さぬその剣技は、まさにアンチオストモスアーツの理想形とも言える程である。
「さすがにちぃっとばかし、熱くなってきたな。 ふぅ、そっちが儀式的なもんでやるなら、こっちも対抗してみっか」
 ただただ漂々と躱し続けるだけの所作を続けてきた猫人が、漸く構えらしい構えを取る。
「ほう、ようやくやる気になったか! だがもう遅い、我が身に宿る力はもはや地獄の業火にも等しきものよ! その身を内まで焼き尽くして」

我 無敵 也


 ある特殊な部類のヒトのみが発することのできる、神気《オーラ》によって紡がれた『力ある言葉』が場を支配する。
 その言葉は、火炎を駆けるオードリクスのみならず、彼が使役する火精までにすら浸透する。
 激しく燃え盛る火炎流が消滅するのと、オードリクスが外壁に激突する音声が響き渡るのは、ほぼ同時であった。
<これは・・・まさに『無敵』との宣言通りの力、とでも言うべきでしょうか! 先ほどまで徐々に追い詰めていくべく駆けていたオードリクス卿が、彗星の如き電光石火の掌撃を受ける!>
「まったく、よく見てやがんな。 流石はスラヴィア屈指の武侠というだけのことはある」
「これが私が預かります職分ですので」
 なるほど、と一言返した猫人は、オードリクスに向き直り、起き上がるのを待つ。
「ぐ、ぬ・・・我が死してなお磨き上げた、唯一生前より受け継ぎしアンチオストモスアーツ、通じぬばかりかここまでとゴファ!?」
「立ったなら戦意あり、だよな?」
 オードリクスが立ち上がるや否や、猫人はまずオードリクスの下半身の腹部に一撃居れて浮かせた後、腹部に一撃、顔面に一撃、後腰部に一撃を叩き込み、後脚を掴み投げ飛ばす!
<滅多打ちとは正にこの事! 一瞬にして形成が逆転、さて双方、ここからどう動くか?>
 甲冑が衝撃で拉げる音と、幾らかの骨が折れる音が響くと、状況の変化にようやく追いついた観客席からは歓声が上がる。
「が、ぐ・・・」
「これにてチェックメイト。 まだ、続けるかい」
 猫人は右手から眩く輝く翆玉の如き光刃を抜き放ち、オードリクスの首筋に突き付ける。 うずくまったまま身動きひとつ取れないまま、オードリクスはがくりと項垂れる。
「敗者に情けなど無用、介錯お願い仕る。 さぁ、斬るがよい・・・!」
「ちょ、おま、マジ哭きってどうなのよ!? ・・・やれやれ、生半可な燻りが残るような負け方じゃアンタも納得しないだろうから徹底的にやったが、そこまでは」
「どうか、どうか・・・貴公も武人ならば、武人に生き恥を晒させてくれるな・・・!」
「へいへい、分かりましたよ、と。 でだ、どてっ腹に一物抱えてるほう、ダミー斬らせて油断したところを後ろから狙い撃ちとか考えてるならやめとけ? 原型残る程度じゃ済まさないからな?」
 猫人は遠慮なくオードリクスの首を刎ね、勝どきの代わりに高々と掲げる。
<勝敗はここに決した! 流石は弱卒ながらも群神《レギオン》すら打倒せしめた『壱発逆転王』、その力は噂に違わぬと、今ここに証明された!>
 勝者は通例ならば喝采と共に栄誉を称えられるが、そうは言ってもナマモノはナマモノ、ブーイングの嵐が鳴り止むことはなく、オードリクスの首を戦利品代わりに猫人は西門へと引き返す。
<さて皆様、続きましての饗宴に移ります前に、ここでしばしの御休憩の時間となります。死徒の皆様、ナマモノの皆様、それぞれにご利用いただける休憩所をご用意しておりますので、どうぞご利用下さいませ!>
 キエムの締めの挨拶と共に、武舞台整備担当が即座に武舞台の補修を始め、キエムはそれを確認し引き上げる。

「これはこれは、ようこそいらっしゃいました、『壱発逆転王』殿。 美死姫《フロイライン》嬢も、ご機嫌麗しゅう」
 武舞台の整備が終わるまでの間の休憩にて、キエムは通路にて見かけた本日の主賓と、彼の後を追う饗宴の華へ声をかける。
「ご機嫌よう、審議候様」
「さっきはどーも。 にしても、アンタも良く見てんな。 ヤツの頭が飾りだって分かってたから、脅しつけてから首チョンパするまで黙ってたんだろ?」
「御明察。 私とて、公平かつ確実な審議裁定のために、あらゆる情報を網羅する必要が御座いますので」
「なるほどね。 ウチにもアンタくらいに情報収集能力が高いヒトがいると助かるんだがな。 ほれ、ウチ広いからさ」
「誉めて頂いても、何も出ませんが?」
「言ってみただけだよ。 アンタがどれだけこの地の平穏に尽力してるかを知れば、ヘッドハンティングなんて考えられんさ」
「御理解痛み入ります。 それはそうとフロイライン、マリアージが機会があればまた貴女に会いたいと言っていました。 迎賓室にて主サミュラ様の接待をさせておりますので、迎賓室に向かわれるなら是非声をかけてあげてください」
「分かりました。 ありがとうございます」
 フロイラインと呼ばれた死徒の会釈を最後に、『壱発逆転王』らは迎賓室へと向かう。

 話し込む間にも武舞台の整備は進み、続く饗宴の舞台は整う。
「さて、そろそろ準備も整う頃合ですね。 では、次の出演者は・・・」
 風精を双方の控室と、迎賓室へ飛ばす。 迎賓室についてはマリアージに任せてしまえば何も問題はないのだが、話の内容は予め把握しておきたい、というだけのこと。
 次の出演者に使う口上を練るのが先となるので、そちらの情報収集を主としよう。 そう考えたキエムは、早速収集した情報の整理に取り掛かる。


 今宵の饗宴も、キエムの進行と采配の下、順風満帆に進行する。
 夜明けが迫る少し前まで、この狂乱は続く。 狂乱の終わりと共に、キエムの一日も粛々と終わるのであった。


  • スラヴィアの他にはない食物連鎖と饗宴に腐心する姿が分かりやすい。ディエルの行動にもう少し政治意図が欲しいかな?と思ったりも -- (名無しさん) 2014-01-04 06:24:04
  • 真面目で自分の役目からスラヴィアを真剣に考えているようなキエム。情報は命と同じくらい大切なもの -- (名無しさん) 2014-06-24 22:29:33
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最終更新:2014年01月04日 06:15