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【外典-二律背反のロッソ・ストラーダ- 前篇】

「待て! 子供に罪は無い」
「しかし、生かしておいては禍根が残る」
 瓦礫と炎の中、三人のケンタウロスが一人の幼女を前に話し合っていた。
 周囲に幼女の両親と手伝いの狗人、屋敷に仕えていた多くのケンタウロス達はいない。いや、正確にはもういないと言うべきか。
 今や見る影も無く瓦礫の山となってしまった屋敷に住んでいた者達は、たった一人、この家の一人娘である幼女を残して屋敷と運命を共にしてしまっていたのだ。
 瓦礫の下に眠る彼らをそうしたのは三人のケンタウロス。
 陸上で最強を誇る重騎兵の如き彼らケンタウロスには珍しく、三人の装備、武装は軽装だ。
 高機動、重装備をよしとする彼らの中において、三人の使う技は特別な任務の為だけに編み出された特殊なものだった。
 彼らはその為だけに鍛えられ、そしてその為だけに生き、そしてその為だけに最後このような運命へと身を投じる事になってしまったのだった。
「それに女とは言えストラーダ家の者は……」
「……」
 気を失い眠る幼女の前で二人は幼女も他の者達と同じ所に送るべきであると提案していた。
 それは彼らが襲撃し滅ぼしたイストモスの名門、ストラーダ家を根絶やしにすると言う当初の目的に沿ったものだ。
 だが三人の内一人はそれに反対した。
 三人の軽装のケンタウロス達は、かつて多くの仲間と共に戦っていた。しかし時代は変わり、彼らは次第に祖国にとって邪魔者となって行ったのだ。
 時代は彼らの生み出された目的とは正反対の方向へと進んだ。彼らの存在自体が、ここ西側にとって都合の悪いものになってしまったのだった。
 歴史の徒花として散り逝く仲間達の無念を晴らす為、三人はこうして最後の戦いを起こした。
 例えそれが、彼ら生み出された目的とは正反対の戦いになっていたとして……。
「すまないな娘よ。悪く思わないでくれ」
 そうして西イストモスの名門騎士の家系、ストラーダ家はその長い歴史に終止符を打ったのだった。



「プレセア、また一人で本を読んでいるのですか?」
「マリアンヌ様」
 マリアンヌが声をかけたのは三つ編みの髪を肩にかける、大人しそうなケンタウロスの少女だった。
 場所はイストモス王立騎士学校の図書室の中、時は窓から夕日が差し込み始める放課後の日暮れ前。
 開けられた窓から優しく吹き込む風が揺らす、レースのカーテンを避けるように机に座って本を読んでいるのは、マリアンヌと同じクラスのプレセアと言う少女だ。
「他のみんなは向こうでスポーツをしていますよ。プレセアもたまにはどうですか?」
「私はああ言うの、あまり得意ではありませんから……」
 放課後になり付き人の狗人を従えるマリアンヌに対して、プレセアに付き人の影は無い。
 王立騎士学校に通う騎士の卵達は、大抵が騎士の家に生まれた身分の高い生徒達だ。しかし中には少数ながら付き人を持てない身分の者も混じっている。
 常に優秀な血を求める王立騎士団は世襲制と併せて才能ある一般人の発掘にも余念がない。
 プレセアもそのお眼鏡に適って入学出来たのだが、いかんせん何の血筋も無い貧しい彼女は、ただ騎士学校時入れたと言うだけで、成績はいつも下から何番目と言う劣等生ぶりだった。
 それは彼女の大人しい性格にも大きく起因しているのだが、成績が悪い事実はプレセアをますます内気で気の弱い、引っ込み思案な女の子へと変えていった。
「私のような下々の者に話しかけるのはお止め下さい」
「プレセアは足は一番速いのに、勿体無いです」
「ですが力は一番弱いです。ケンタウロスなのに……こんなでは将来マリアンヌ様のお役に立てません」
 プレセアは足の速さを買われて騎士学校に入った。それだけが彼女の唯一自慢できる事。
 しかし重装甲、突進突撃を旨とするイストモス騎士の訓練では、彼女の非力さはマイナスにしか働かない。
 重い鎧を纏っては彼女の足は鉛のように重く遅い。軽装で突撃しても重装甲の騎士はビクともしない。
 イストモスの戦術理論において、プレセアは早くも完全に役立たずの烙印を押されていたのだった。
「そんな事関係ありませんよ。だってプレセアは私の大切な友達ですから」
「マリアンヌ様……」
 そんな彼女にマリアンヌは事ある毎に声をかけていた。
 優しさ、或いは同情心からだろう。いつも一人で寂しくしているプレセアを、マリアンヌは放っておけなかったのである。
 プレセアはそんなマリアンヌの気持ちが分かっていたが、それでも自分のような身分違いの者を構ってくれるマリアンヌの事が大好きだった。
 しかし……。
「姫様~」
 図書室の入り口から明るい声が聞こえる。
 見るとクラスメイトのいつも明るいパトリシアと、学年でも一二の成績を誇る優等生のアンジェリカだった。
 二人とも名門士族の優秀な騎士見習いである。
 彼女らはいつも積極的にマリアンヌに声をかけ、学校でも一目置かれる目だった存在だ。
「姫様探しましたよ。さぁ、今日も一緒に訓練に励みましょう」
「さぁさ、皆あちらで待ってございます。さあさぁ」
「で、でも」
 是非も無く連れて行かれるマリアンヌの後姿を見て、プレセアは机に座ったまま本を握り締めて見送るだけである。
 身分も成績も、彼女らに敵うものなど何も無いプレセアは、自分よりずっとマリアンヌの友達として相応しい彼女らの行動を、ただこうして見ている事しか出来なかったのだ。
「行ってらっしゃいませ姫様。お気をつけて」
「プレセア……」
 マリアンヌの悲しそうな目を見ても、プレセアはただグッと、何か言いたくなる気持ちを堪えるしかなかった。



「姫様は何故あんなどんくさい娘を構うのかしら」
 時は夜。
 学生寮のアンジェリカの部屋には三人のケンタウロスの姿があった。
 何故アンジェリカが学生寮に部屋など借りる必要があるのかと言うと、普通家が遠かったり身分の低い学生が泊まる所を、彼女の場合「学校近くの自由に出来る別荘」と言う目的で部屋を借りているのだ。
 それ程までにアンジェリカの家は別格だった。
 そんな彼女の部屋に今夜も集まるのは彼女の無二の親友二人。いつも冷静沈着なユリシーヌと明るく元気なパトリシアだ。
「姫様はお優しくていらっしゃるから、きっと同情して声をかけてらっしゃるんですわ」
「きっとそうです。でなければあんな出来の悪い娘に声をかける筈無いですよ」
 アンジェリカの疑問にユリシーヌとパトリシアが返事を返す。
 この三人は友人同士だが、アンジェリカが一番成績も家柄も良い。その為、二人はいつもアンジェリカのご機嫌をとるように話すようになっていた。
 アンジェリカはその才能と家柄のおかげで、他人にそういった態度で接っしられる事が半ば当然のようになっており、二人の態度に疑問を持った事はない。
 それでも若い二人はアンジェリカを自分達より上の人間と認めつつも、本当の友人として思っており、アンジェリカもこの二人だけは本当の親友として立場を気にせず考えていた。
「同情で姫様の気を引こうだなんて……生意気だと思わない?」
「全く、自分の努力でもなく姫様のお情けにすがろうだなんて図々しいですわ」
「そうですよね~。ずるいですよね~」
 女三人寄れば何とやら。
 夜中までこんな調子で愚にもつかない話に耽るのが三人の日課となっている。
 しかし今夜は一味違った。
「姫様の隣に並ぶに相応しいのは、文武両道・容姿端麗なアンジェリカさんですわよね」
「そうですそうです! 家も名門だし、あんな平民の娘よりアンジェリカ様ですよ!」
「貴女達もそう思うかしら?」
 二人に煽てられ気分を良くしたアンジェリカは日中考えていた作戦を二人に話す事に決めた。
 普通の騎士ならば卑怯だと断る可能性もあるだろうが、アンジェリカには二人が話に乗ってくる自信があった。
 こう見えて長い付き合いの三人である。お互いの考えている事など、大体察しがついてしまうのだ。ユリシーヌもパトリシアもアンジェリカの悪口に付き合っている。だから行けると思ったのだ。
「そこで私考えたの。姫様があの娘に愛想をつかす作戦を」
「え、どんなのですか? 教えて下さいよ~」
「それは興味ありますわね。ぜひお力添えさせて下さらない?」
 二人の予想通りの反応を見て、アンジェリカはほくそ笑んだ。
 その笑いはアンジェリカが何か悪い事や意地悪な事を考えている時にする顔だ。二人は今度はどんな悪巧みをアンジェリカが思いついたのか、彼女の言葉を固唾を呑んで待った。
「ウフフ、来週から始まる騎馬戦の授業で……ゴニョゴニョ……」
 二人はアンジェリカの話を聞きながら、敵じゃなくて良かったと思ったと言う。



「重い……」
 騎士学校の基礎訓練も終わり、体育の授業はいよいよ寄り実践的な訓練へと移行していく。
 その一つが鎧兜と模擬槍を装備しての『騎馬戦』だった。
 イストモスの授業で行う騎馬戦は、校庭の両端に字郡の陣地を作り、そこに立てた旗を守りつつ相手の旗を先に奪うフラッグ戦が第一段階としてある。
 と言っても実際に装甲を纏っての戦いとなる為、地球で言うアメフトのようなスポーツと言うより格闘技、いや、模擬戦の様相をていする授業となる。
 気を抜けば怪我や失神が待っている危険な授業なのである。
「あら、どうしましたの? プレセアさん」
「あ、アンジェリカさん」
 そんな中、次の騎馬戦の為にプレセアは鎧を着ながら考えていた。この重い鎧を纏って戦っても自分は何も出来ないのではないか?と。
 プレセアの自慢は足の速さだけである。
 普通なら突撃で敵の防御をこじ開けて敵陣に突入するのがオーソドックスな戦法だが、自分にはそれは出来そうもない。
 ならば、いっそ鎧は最小限に、動き回ってかく乱戦法をとった方が良いのではないか?と考えていたのだ。
 だがそこにアンジェリカが余計な横槍を入れ始めた。
「鎧がちょっと重いから、少し外そうと思っていたの」
「あらそうなの? でもそれって危ないと思うわ」
 アンジェリカはクラス委員長でもある。装備をちゃんとしない者には注意する権限がある。
 他の者は従者である狗人に鎧を着させているから身支度が早いが、プレセアは自分自身で着替えねばならないのでどうしても他の人より着替えが送れる。
 まして考え事をしながら着替えていたのではなおの事である。
 だからアンジェリカが先に着替え終わり、プレセアの所にちょっかいを出しに来れたのだ。
「騎馬戦の授業は模擬槍で行うと言っても危険の伴うものよ? それを鎧を外して行うって良いのかしら……」
 プレセアの足の速さはアンジェリカも分かっている。
 軽装で自由に動かれては、折角仲間と話した作戦の実行が難しくなってしまうのだ。
 それ故に、アンジェリカはプレセアの動きを事前に封じる為、こうして釘を刺しに着たと言う訳だった。
「それにイストモスの騎士たる者、完全武装の状態で走れなくてどうするの?」
「う、うん……そうだよね。ごめんねアンジェリカさん」
 プレセアはそこまで言われては勝手に軽装にはなれないと思い、残りの鎧も纏い始めた。
 これでプレセアの足は死んだ。
 この時、アンジェリカはこれから起こるであろう自分主催の楽しいパーティに、思わず笑いがこみ上げるのを我慢するのに必死だったと言う。



「どうしたんだプレセア? その怪我は」
「き、騎馬戦の授業でちょっと転んじゃったの。エヘヘ、あたしってドジだね」
 街の外れにある家に帰ってきたプレセアは、その時何故かぼろぼろの姿で隠れるように入ってきた。
 家が遠くとも学生寮に部屋を借りるようなお金は無い。
 プレセアはそんな家の事情と、頑張って学費を払ってくれている叔父さんの事が分かっていたから、文句も言わず毎日遠い道を通っていた。
 叔父さんには心配をかけたくない。そんな健気な気持ちが、プレセアにそんな行動を取らせたのだが、狭い家である。どうしたって見えてしまうのだ。
 プレセアが隠す顔の傷は相手が失敗した時の一箇所だけ。服で隠れて見えない所に、プレセアは何箇所も打撲やアザを負っていた。
 陰湿にも、自分達がプレセアを「いじめた」事を大人に悟られないようにと言う、子供の悪知恵である。
「そうか……これからは気をつけなさい」
「うん、わかった。ごめんね叔父さん」
 そんな卑怯な手に、プレセアはこの時ばかりは感謝していた。
 服で見えない所をやってくれたお陰で、叔父さんを誤魔化せそうと思ったからだ。
 だが、叔父さんの目にはちゃんと見えていた。いや、見なくとも我が子のように育ててきたから分かったのだ。
 プレセアの様子がおかしいと言う事に
(ごめんね……か)
 プレセアは何か隠している。そう思いながらも年頃の娘だから言いたくない事もあるのだろうと納得した男は、プレセアが話したくなるまで待とうと持った。



「プレセア。プレセア」
 翌朝、いつも早起きのプレセアがなかなか起きてこない事を疑問に思った叔父さんは、プレセアが学校に入ってから初めて彼女を起こしに行った。
「もう学校の時間だよ。起きなさい、プレセア」
 毛布を頭まで被っているプレセアに優しく声をかける男。
 だがプレセアの返事は無い。
 最初の呼びかけから少し間をおいてもう一度呼びかけるが、やはり返事が無いままだ。
 そうして男がプレセアの肩と思われる場所を叩いた時、初めて少女から小さな声で返事が返ってきたのだ。
「……体調悪い……」
 男は昨夜から様子のおかしい少女が、きっと何かあったのだと思い心配だった。
 だが相変わらず布団から顔を出さないプレセアからは、これ以上何の情報も読み取れない。
 それでも叔父さんは我が子同然に大切に育ててきたプレセアが、何か苦しんでいるのを助けてあげたかった。
 だから何とかプレセアが顔を見せてくれるように声をかけたのだが……。
「風邪でもひいたのか? どれ、診せてみなさい」
「いい。自分で寝て治すから」
「ちゃんと診てみないと駄目だよ。ほら、プレセア」
「いいっ!!」
 肩に優しく触れながら、子供をあやすように説得しようとした叔父さんだったが、返ってきた言葉は今まで聞いた事がなかったプレセアの怒鳴り声だったのだ。
 優しくて気の弱い少女からそんな声が出るなんて、男は思ってもみなかった。
「プレセア……」
「家お金ないんでしょ!? お医者さんとか薬とかいらないよ! 良いから放っておいてよ! もう放っといて!」
「……」
 プレセアは男の実の子供ではない。
 どんなに家族として優しく接しようと、どこか壁のようなものが心のどこかに残っている。
 過去の後悔から男はその心の壁を、プレセアより強く感じていた。
 だがそれでも育てると決めた以上、このまま少女から逃げる事は出来ない。男は今はプレセアをそっとしておくべきだと思い、一旦身を引く事にした。
「無理しちゃ駄目だよ。叔父さんはいつでもプレセアの味方だからね」
 そう言って叔父さんが部屋を出て行った音がした後、プレセアはベッドの中で枕を抱えた。
「うっ……うっ、うぅ……」
 プレセアは泣いた。
 自分が学校でいじめられて、それが恐くて学校に行けない事など叔父さんは知らない。
 実の子ではないのに、収入も少なく生活だって苦しいのに、それでも自分を育ててくれる叔父さんに、どうして真実を打ち明けられよう。
 無理して学校に通わせてもらっている事を知っていたプレセアは、叔父さんを心配させたくない思いと、学校が恐い思い。
 学校に通わせてもらっているのに恐くて行けない申し訳ない思い、優しい叔父さんに八つ当たりして酷い事を言ってしまった後悔。
 それらの感情がない交ぜとなり、思春期の少女は自然と涙が出てきてしまったのだ。
「私……悪い子だ……。ごめんなさい、叔父さん……ごめんなさい……」
 それからプレセアが叔父さんの呼びかけに答え部屋を出てきたのは、次の日の朝の事だった。



「プレセア、ご飯だよ」
「……ありがとう」
 初めて学校を休んだ日から三日目。プレセアは不登校となっていた。
 プレセアは登校しようとすると勝手に体が震え、それでも無理に行こうとすると嘔吐してしまったのだ。
 少女のただ事で無い事態に、男は心配を募らせていた。募らせてはいたが、地球と違いインターネットも精神科もない異世界では、男に出来る事など何一つ無い。
 プレセアがこうなった理由も解決する手立ても分からないまま、男は今日も少女と二人きりの夕食を食べる。
「美味しいかい?」
「うん」
 それだけの会話の後、二人は無言のまま食事が続く。静かな家に食器を扱う時のカチャカチャと言う音だけが響いた。
 イストモスと言う国家はケンタウロスと狗人の国家である。武力に秀でたケンタウロスに狗人が仕える事で成り立っている。
 しかし必ずしも全てのケンタウロスに狗人が仕えているとは限らない。
 プレセアの家のように貧しい、狗人を養う事が出来ない家庭には狗人がいない事がある。
 そんな場合ケンタウロスの生活はとても苦しいものとなる事は容易に想像がつくだろう。
 二人はそんな苦しい不便な生活の中、互いを支えあって生きてきた。例え本当の、血のつながった親子ではなくても……。
「……叔父さん」
 そんな中、プレセアはポツリポツリと自分の事を話し始めた。
 プレセア自身、このままではいけないと真剣に考えていたのだ。だがどうして良いか分からない。
 叔父さんに心配をかけたくないと言う思いから話せなかった事だが、このままではもっと心配をかけてしまう。
 それに学校には友達の……。



「そうか、そんな事が……」
 プレセアは初めての騎馬戦でアンジェリカ達三人に執拗に狙われコテンパンにやられたのだった。
 力の弱いプレセアは重い鎧兜を付けてまともに動けなかった。そこを集中的に狙われたのだ。それも惨めで、恥ずかしく、無様になるように陰湿に。
 あまりの羞恥と手も足も出なかった絶望感から、プレセアは学校に行く事が恐くなってしまったのだ。
 しかし男は女の子を優しく慰める方法も、心の傷を癒してあげる方法も知らなかった。知っているのはかつて戦士として身に付けた技の数々だけ。
 その技の数々なら、力の弱いプレセアでもきっと騎馬戦で活躍する事が出来るだろう。
「……プレセア。叔父さんが特訓してあげよう」
「特訓?」
 力の弱い、しかし足の速い優しいプレセアに相応しい技。かつて封印された忌むべき力。西イストモスの黒歴史。
「力が弱くても、そのいじめっ子に勝てる方法を教えてあげる」
「本当!? 私でもアンジェリカに勝てるの? 姫様のお役に立てるの?」
「あぁ、出来るとも。叔父さんが保証する」
「叔父さんに話して良かった」
 この技が人に知られれば男は只では済まないだろう。だがそれでも男は少女に技を教えようと思った。
 それがプレセアを守る事に繋がるなら。あの日誓った約束を果たせるなら。残り少ない自分の命を賭けてでも……。
「じゃあ特訓は明日からだ。今日はもう早く寝なさい」
「はーい」
 かつて東西に分かれていたとは言え、多くの同族の命を奪った呪わしき技で、自分が生み出してしまった可哀想な子を助ける事になるとは。
 だがその技は本当にプレセアを守ってくれるのか?本当に……。
「プレセア、お前は私が守ってあげるよ……たとえ私が死んだとしても、ずっと……」
 親は自分が居なくなっても子が生きていけるように育て上げるもの。
 子供を授からなかった男だが、我が子同然のプレセアを自分が居なくても生きていけるように、守る為に、『アンチオストモスアーツ』を教える事に決めたのだった。



 プレセアが学校を休み始めてから一ヶ月の時が過ぎた。
 男は学が無かったが、プレセアは自分で本を読み独学で学校の勉強に遅れないよう努力をしていた。それは特訓に勉強に、人の何倍も大変な日々だった。
 そんな日々の中、プレセアは驚異的な飲み込みの良さで叔父さんの技を習得して行ったのだ。
 プレセアの秘めたる才能が成せる業なのか。アンチオストモスアーツがプレセアと相性が良かったからなのか。土の精霊がプレセアを愛したからなのか。
 或いはその全てが一つとなり、一流の騎士の家系の子供のように、プレセアは一ヶ月と言う極短期間内に、全ての基礎を体に身につけてしまった。
 後は実戦の中で磨いた方が早い、その段階に至って男はやっと安心して、プレセアを勇気付ける言葉を見つける事が出来たのだった。
「プレセア」
「何? 叔父さん」
 そう言って振り向いた少女の目には、もう怯えた色をしていない。
 自分の信じる叔父さんとの特訓が、少女の中から恐怖を取り払ったのだ。
 これでもうアンジェリカを恐れず学校に通う事が出来る。プレセアの目がそれを物語っていた。
「プレセアとは異世界の言葉で宝石を意味する言葉なんだ」
「宝石?」
 異世界と地球間にゲートが開き、様々な人や物が行き来し合うようになって十数年。地球側の言葉も僅かながら異世界に入ってきていた。
 プレセア。それは男がかつて宝石商人から聞いた地球語で宝石を意味すると言う言葉。
 何とも美しく可愛い響きのこの言葉を、男はプレセアを引き取った際に付けたのだ。
「プレセアは私の大切な、かけがえの無い宝だからその名を付けたんだよ」
 嘘偽りの無い真実の言葉であった。
 男はプレセアを育てる内、優しく可愛いこの少女を、本当の娘と思うようになっていたのだ。
 最初は罪滅ぼしのつもりだった。だが今は本当にこの少女に幸せになってほしい。男の願いはただそれだけだった。
「私は例え何があっても、ずっとお前の味方だよ」
「私も例え何があっても叔父さんの事大好きだよ。本当に、ありがとう叔父さん」
 次の日の朝、プレセアは一ヶ月ぶりに学校に行ったのだった。



「はぁ、はぁ……おかしい……わね……はぁ、突然……はぁ」
 5回目の騎馬戦の日、プレセアは突然の躍進を遂げていた。
「アンジェリカ……ぜぇ、様~……ぜぇ、ぜぇ」
「プレセア……はっ、はぁ、はぁ……あの娘絶対……はぁ」
 プレセアはマリアンヌの軍で一番の働きをした。アンジェリカの言葉を無視し軽装で挑んだ騎馬戦の授業。
 まさに疾風迅雷と言うべき速力で縦横無尽に駆け巡るプレセアを、アンジェリカを始め誰も止める事が出来なかったのだ。
 それは一対多を想定して作られた、アンチオストモスアーツ独特の走り方が成し得る神秘の走術だった。
 それは加速も減速も変幻自在で止まらぬ事。それにより後ろを取られる危険を無くし、常に先の先、後の先を取り得る走術であった事が理由だろう。
「プレセア」
「姫様」
 フラッグを取ったプレセアに一番に声をかけたのはマリアンヌだった。
 それまで一ヶ月と言う長期に渡り休んでいたプレセアを心配していたのはマリアンヌだけだった。
 久しぶりに学校に来た地味で何の取柄も無いと思っていた娘が、急に活躍してクラスメイト達は大いに驚いたが、元々仲が良かった訳ではなく話しかけられなかったのだ。
 だが唯一友達として交流を持っていたマリアンヌが話しかけた事で、状況は一変する事となる。
「さっきの目にも止まらぬ走り、本当に凄かったですね。休んでいた間に秘密の特訓でもしていたのですか?」
「そ、そんな……姫様に褒めて頂ける程のものでは……」
 特訓の成果が出てマリアンヌにも褒められて、照れくさそうに笑うプレセアの元にさっきまで戸惑いの色が見られたクラスメイト達が集まってきていた。
「あの、さっきプレセアさん凄かったね。おめでとう」
「さっきの走りどこで習ったんだよ? 俺にも教えてくれよな」
「こんな軽装で恐くなかった? 結構勇気あるね」
「休んでた間何があったの? まさか修行の旅に出てたとか?」
 二人を取り囲んで質問攻めにするクラスメイト達。マリアンヌは慣れていたがプレセアは今まで一度も味わった事のない賞賛の嵐に、戸惑い困惑した。
 人に認められた事、叔父さんの教えが正しかった事が嬉しくて、ついみんなの質問に答えてしまいそうになりハッと息を飲む。
(私に教えられている事を誰にも言ってはいけないよ。そして、魔法だけは絶対に使ってはいけない。約束だ)
 登校を再開した日の朝、叔父さんと約束した事を思い出す。
 理由は教えてはくれなかったものの、それがとても大切な約束である事は分かった。プレセアは喉から出かかった言葉を飲み込みこう答えた。
「ひ、一人で特訓してたの。走る練習を、ずっと……」
 特訓は叔父さんに教えてもらいながらだが、あながち嘘とは言えない。事実、プレセアが一ヶ月間していた特訓の殆どは走術と魔法の特訓だったからだ。
 自分を認めてくれた仲間に嘘をつく事は心が痛んだが、プレセアは大切な叔父さんとの約束を守る為嘘を言った。
 それでも嘘はバレずにクラスメイト達の注目はプレセアとマリアンヌに注がれ続ける。
 だがその光景を見て面白くない者が居た。
「みんなあっちに行っちゃいましたね~アンジェリカ様ぁ」
「お黙り!」
「痛っ!?」
 アンジェリカとパトリシアとユリシーヌだ。
「完全に潰したと思ったのに……一体何があったのかしら」
「でも、どうしますの? このままでは……」
「う~~~ん」
 アンジェリカは騎馬戦最初の授業でパトリシアとユリシーヌ二人と結託してプレセアをいじめ抜いた。
 皇女マリアンヌに相応しいのは自分だと自負してやまなかったアンジェリカは、何の取柄も無いのにマリアンヌと仲の良いプレセアの事が前から気に食わなかったからだ。
 それは彼女自身が才能だけでなく努力によって、学年トップクラスの成績を維持していた事も大きな理由としてあるのだが、その気持ちが行き過ぎた形となって現れてしまったのは悲しい事としか言いようが無い。
 かくして三人の手によって不登校となったプレセアを見てアンジェリカは高らかに勝利の笑いを挙げたのだったが、目論見は完全に成功したとは言えなかったのだ。
 優しい性格だったマリアンヌはプレセアが居なくなったからと言って友達をすぐ忘れて、他の友達と仲良くするような薄情な人ではなかったのだ。
 結果、プレセア打倒に成功したものの、ここ一ヶ月でアンジェリカとマリアンヌの距離はさして縮まったとは言いがたかったのである。
 そんな中突然のプレセアの復学。そして敗北。
 アンジェリカは自分の努力とは裏腹に、思い通りにならないこの世界に憤っていた。
「もうこうなったら手段は選ばないわ。全力で……潰す!!」
 こうして今、アンジェリカ――天使の名を持つ騎士の心に『狂』の字が宿ったのだった。



  • まずケンタウロスの学校や寮というのを想像するのが楽しかったです。王道とも言える学舎の生徒模様もマリアンヌやアンジエリカ達の性格を前面に出して素直に組み立てられていてするすると読んでいけました。プレセアの家の事情とアーツの習得までの流れも重みがあってよかったです -- (名無しさん) 2013-12-01 17:46:56
  • 本編最後の下から五行目の >結果、プレセア妥当に成功したものの の「妥当」は「打倒」でしょうか?ちょっと目に入ったので老婆心ながらお伝えを -- (名無しさん) 2013-12-01 17:49:10
  • 誤字報告ありがとうございます、おかげで直せました。読んでくれてる人が居るととても励みになります。 -- (名無しさん) 2013-12-02 02:54:11
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最終更新:2013年12月02日 02:51
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