むかしむかし、ある
イストモスの騎士の家に生まれた一人の若者がいた。
名をトールスという。
父の教えを実直に守るまじめさはあったが、若さゆえの思慮の足りなさもあるごく普通の若者であった。
ある日、その尊敬する父が決闘に敗れて死んだという知らせを受けたトールスは、父の仇討ちのため直ちに旅支度を整えた。
星の夜、幼き日からの友であり従者ウーフを従えて意気揚々と旅立ったトールスは、星空を仰ぎ叫んだ。
「星海におわす我らが主
テミランよ、我を仇敵の喉元まで導きたまえ!」
輝く星々のひとつがそれに応え、トールスに南方を指し示した。
「お父上が討たれたのは東の都です、なにかの間違いなのでは?」
ウーフのいぶかしむ声に、トールスは動じることなく言った。
「テミランの導きに誤りなどあるはずがない。彼奴め、私に追われると知り南に逃げたのだ。すわ、逃がしてなるものか!」
我に続けとばかりにトールスは猛然と南に向けて突き進み、ウーフは慌てて付き従った。
やがて二人はイストモス南端にある山地まで辿り着き、そこを根城にする山賊に捕らえられた。
「ここを私の仇が通らなかったか」
「バカ言うな、ここしばらく誰も通らなくて日干しになるところだったのよ。まったく天の助けたぁこのことだ、お礼にてめえらの命はとらないでおいてやるよ」
トールスの豪華な武具と荷物を取り上げてほくほく顔の山賊は、彼らを放って足取り軽くねぐらに帰っていった。
「だから申しましたのに、やはり何かの間違いだったのですよ」
自分のことも差し置いて主の怪我を手当てするウーフに、トールスは哀しそうに首を振った。
「いいや、これは正しき道だったのだ。山賊ごときに負けてしまうような腕では到底仇などとれようはずもないと、私は身をもって思い知った。急ぎ帰り、己を鍛えなおさねば」
武具も荷物も失ったトールスは、悔しさだけを胸に家路についた。
数年の後、己を厳しく鍛え続けたトールスは立派な従騎士となっていた。
師である騎士の教えを実直に守る姿は下々や同僚からも尊敬のまなざしを集めたが、口さがない者には堅物などといわれ敬遠されることもあった。
ある日、師からもはや教えることはないとお墨付きをいただいたトールスは、いよいよ仇討ちの時がきたと、師の許しを受けてふたたび旅支度を整えた。
「騎士の叙任を受ければもはや私事では動けぬ、これをおいて機はなし。我らが主テミランよ、今こそ仇敵との決着の地に導きたまえ!」
トールスの決意の声を受け取った星々は、彼に北を指し示した。
「お父上の仇は西の領土で城代になったと聞き及んでおりますが…」
ウーフの不安げな面持ちに、トールスはきっぱりと返した。
「テミランのお導きである、北に向かえというのならばそこには必ずや意味があるのだ」
かくて主従は北へ北へと進み、ついにイストモス北端の大海を臨む浜辺へと辿り着いた。
「これより先は船がないと進めぬな」
「いえ、さすがに海原の果てに彼奴はおりますまい」
どうしたものかと思案に暮れていると、一台の馬車がいななきとともに主従の傍らに停まった。
「おう、だれかと思えばいつぞやの若武者さんとその子分じゃねえか」
「む、何奴」
「覚えてねえかな。ほれ、南の国境で手前さん方を追いはぎしたもんだよ」
「なんと、言われてみればそのふてぶてしいかおばせ、たしかに! おのれ、ここであったが百年目!」
いきり立つウーフを、トールスはどうどうとなだめた。
「まあ待てウーフ、どうやら此度は追いはぎというわけではなさそうだぞ」
「わかってくれたかい。いや、あの時は本当にすまなかった。お詫びになるとも思わねえが、宿がないならちょいとうちに寄っていってくんな」
「面白い、では世話になるとしよう」
トールスが承知した以上、ウーフはしぶしぶながら付き従う他なかった。
トールスの屋敷に比べれば粗末であるが山賊あがりとは思えぬ立派な家に通され、二人は思わぬ歓待を受けた。
「食うに困っての山賊稼業だったが、手前さん方の鎧具足が
クルスベルグで思わぬ高値で売れたもんでな。これならいけると元々の稼業を再開したら、今度は前のすかんぴんが嘘のように軌道に乗りやがる。まったくお二人は俺の救い主だぜ」
からからと笑う元山賊にウーフは憤懣やるかたない様子だったが、トールスは気にせず振舞われた酒を飲み干した。
「それもまたテミランのお導きであろう。さて、ならば貸したものは返していただけるのかな」
堂々と言い放ったトールスに、元山賊はにやりと笑った。
「いつぞやの生っちろい小僧殿がすっかり立派になられたもんだ、さすがに今のあんたにゃ敵いそうにねえ。ああ、勿論お返しするともさ」
元山賊が手を叩くと、はたしてあの日トールスが奪い取られた武具一式が運ばれてきた。
「なんと、売り払ったのではなかったのか」
「おう売ったとも、そのあとで金をためて買い戻したのさ。なにせ幸運を呼ぶお道具だからな、手前さん方と今日出会わなければそのまま家宝にするつもりだったが、やはり持ち主に返すのが筋ってもんだ」
武具は売り渡された先でも随分大切に手入れされていたと見え、その艶・輝きはトールスの家にあった時のままであった。
「返ってきたのだから、もはや過去の蛮行は問うまい。そも、お前がいなければ私は己の無鉄砲に気づかぬままであったのだしな」
「寛大なお言葉、痛み入るぜ」
「ところで、我が仇についてなにか知らぬか」
「なんだあんた、まだ仇討ちの旅をしてたのか。あいにく知ら…いや待てよ」
元山賊は歯切れ悪く言って悩みこむと、使用人に地図を持って来させた。
「この鎧の売り買いがきっかけで、あんたんとこの決闘騒動も多少は耳に入ってな。ここから少し東の港町あたりは、たしか元はあんたの仇の領地だったはずだぜ。もう別の領主に変わったって言うが、なにかあるとしたらそっちじゃねえかな」
「港町か…やはり船旅の予感がするな」
「主様がおっしゃると冗談に聞こえません」
元山賊の家を後にしたトールスとウーフは、そのまま海岸沿いに東に進み港町へとやってきた。
東イストモスとの国境に程近いこともあって、物々しい装備をした衛兵たちが街の囲いを固めており、なにやら戦の前のようなピリピリとした空気が立ち込めていた。
「あまり長居したい雰囲気ではありませんね」
「そうだな…む?」
トールスはなにやら騒がしい一角を見つけ、何事かと様子を見に近づいた。
「追いつめたぞ、このガキ! おとなしくしろ!」
武器を持った数人の兵士が旅装束の小柄な人影を壁際に追いつめていた。
「相手は丸腰ではないか、何の騒ぎだこれは」
「なんだお前、口出しするな!」
「なるほど、戦場で数を頼みにするのは策として正しい。だが、丸腰の相手を寄ってたかっていたぶるなど、もはや男として認めぬ!」
「どこの遍歴騎士か知らねえが知ったような口叩きやがって! 野郎ども、たたんじまいな!」
トールスはそばに立てかけてあった竿をひょいと取り上げると、殺気立って振り上げられた兵士たちの得物をただの一振りで残らず弾き飛ばした。
「続けるなら拾うがいい、その程度は許そう。だが次は首が飛ぶぞ?」
ただの竿がトールスの手にあると研ぎ澄まされた槍の如し。兵士たちは泡を食って逃げ出した。
「ウーフ、その子の怪我を見てやってくれ」
「はい、ただいま。…むっ?」
手当てをしようと少年に近寄ったウーフは、思わぬことに気づいた。
「主様、こやつ女です」
「そうか、早く手当てせよ」
トールスは動じなかった。
手当てのため外套を脱がせてみると、少女は東イストモスの装束をまとっていた。
「なるほど、東からの間者と疑って捕まえようとしていたのだな」
「あの兵士たちには悪いことをしましたね」
「いや、根拠もなく疑いだけで痛めつけようなど、やはり道理にもとる行いであることに変わりない。怪我はさせず追い払っただけなのだから問題あるまい」
「だといいのですが…」
軽い手当てが済んだところで、口を噤んでいた少女がようやく口を開いた。
「お前も西のやつだ、礼は言わない」
「気にはしない。だが、この細腕で単身敵地に飛び込むような無茶をした理由くらいは聞かせてもらえような?」
「なぜ訊く?」
「二度目も助けられるとはかぎらぬからな」
少女はしばし黙った後、観念したように言った。
「仇を探しているのだ」
「ほう」
「戦場でわが父を討った西の騎士だ。名をたしか…」
続いた言葉に、トールスは頭を殴られたような衝撃を受けた。
少女の口にした名は、トールスの父のものであった。
その夜、トールスは少女を匿って町外れの宿に泊まった。
少女を別室に休ませると、トールスは深くため息をついた。
「父や師の仰っていた戦場に立つ覚悟とは、矢面に立ち敵と切り結ぶ勇気ばかりではなかったのだな。我が尊敬する父も、ひとたび戦に臨めば誰かの良き父、良き夫を殺めるさだめを背負っていたのだ」
「どうなさるおつもりですか?」
ウーフの問いに、珍しく思い悩む様子のトールスは顔を上げた。
「案ずるなウーフ。これもまたテミランのお導きであるならば、この苦悩こそ私のすべきことなのだ。それよりお前はこれらの服の丈を急ぎ直してくれ」
「かしこまりました」
翌日、目を覚ました少女にウーフは眠い目をこすりながら急ごしらえで丈をあわせた着替えを手渡した。
「これを着るのか?」
「東の装束のままだとまた疑われましょう」
「む…たしかに。しかし何故私にここまでしてくれるのだ?」
「我が主も仇を追っております故、あなたを他人とは思えぬのでしょう」
嘘は言っていないものの、ウーフは内心冷や汗を流した。
「そうか、あいつも。テミランのお導きだな」
少女が得心した様子で服を受け取ったので、ウーフは着替えを待つ体で部屋を出るとほっと胸を撫で下ろした。
徹夜の疲れを抱えたまま供をするよりは体を休めよとウーフを説き伏せて宿に残し、トールスは装束を変えた少女とともに街へと散策に出ることにした。
「変にひらひらして落ち着かん」
「なに、それならどこから見ても西の淑女、よく似合っているぞ」
西の装束に困惑気味の少女に、トールスは事も無げに返した。
少女の頬が紅をさしたように赤く染まったが、ふと道のそばにあるものに気づき歩みを止めた。
「…ここは墓場ではないのか?」
それはずらりと立ち並ぶ墓標であった。
「いかにも」
「私を謀ったのか! ここで始末しようという算段であれば…」
いきりたつ少女に、トールスは不思議そうに首をひねった。
「もし私がお前を陥れようと思うならば、決してここには連れてこぬ」
「なんだと?」
「後ろをみよ」
少女が振り向いた先には、街のほぼ全景がひろがっていた。
その墓地は街のすべてが見渡せる小高い丘の上にあったのである。
「東ではどうか知らぬのだが、西の墓は眺めがよく星神様にも近いこうした丘の上がよく選ばれる」
トールスの説明に、少女は街の眺望に目を奪われながらただ頷いて返す。
「故に、まず向かうべきはここだと思ったのだが…うむ、こうして女性をエスコートするのははじめてゆえに、何ぞ不備があったなら申し訳ない」
照れたように鼻をかいてみせるトールス。
墓地を巡る道はその眺望ゆえに男女の逢引の場としてもよく利用されるのであるが、西の文化に暗い少女はそれを知らない。それだけがトールスにとって救いであった。
さて、こうした調子でトールスと東の少女による港町の探索は三日間続けられた。
勿論なんの手がかりもなく行われるそれは散策以上の意味を持たなかったが、当のトールスがそれらの無為な行いを「実に有意義であった」と夕餉の席でいつになく楽しげに語るとあっては、ウーフも主の振舞いを黙して見守るほかに術を持たなかったのである。
そうして港町に滞在して四日目のこと、事態は思わぬ展開をみた。
「主様、一大事にございます!」
早朝、扉を破らんばかりの勢いで寝所に飛び込んできたウーフに、寝床から起き上がったばかりのトールスは何事かと目を白黒させた。
「突然どうしたウーフ、わけを話せ」
「あのお嬢様が、星教会の宝物庫に侵入したかどで捕縛されたとのことです!」
「なんと!」
トールスはすっくと立ち上がり、押っ取り刀で星教会まで駆け出した。
星教会の警備兵の詰め所にわけを話し押し通ると、少女は牢の中で騒ぎ続けていた。
「おのれ、わが父祖の星武具をどこに隠したのだ! 星神に奉ずる日までここに安置するのではなかったのか、われらを謀ったか卑怯者ども!」
「先ほどからあの調子でまったく話にならんのです」
ほとほと手を焼いたという様子の兵士がトールスにこぼした。
トールスはひとつ深呼吸をし、気持ちを落ち着けると牢の前へと足を進めた。
牢を覗くと、憔悴した少女がぎろりとこちらを睨んだ。兵ともみ合いにでもなったのか、あの美しい衣装はすっかりボロ衣となっていた。
「トールス! トールス! 仇の子め! よくも私を謀ってくれた!」
ここの兵のだれかが、彼女とここ三日間ともにあった自分の名を話してしまったのだと察して、トールスはため息をついた。
「騙すつもりはなかったのだ。ただ、わが父も誰かの仇であったと知って混乱したのだ。私にとって尊敬する父だった」
「尊敬だと! 笑わせる、星神に誓った言葉を反故にする男を尊敬など!」
「神に誓った言葉を反故とは穏やかではない、どういうことなのだ」
「白々しいことを! 一騎打ちでわが父を下したお前の父は、わが父の手にしていた星武具を自分の物にはせず、必ずやここから神へと返すと誓ったのだ。星神に誓って! だが、神に返す前に最後に一目だけでもと未練から星教会に足を運んだ私は、ここにその武具がないことを知った! 貴様の父が! おのれ恥知らずにも、神への誓いも忘れ星武具をわがものとしたに違いないのだっ!!」
「ありえぬ」
「おのれ、まだ言うか!」
トールスは尚も激昂のままに叫び続ける少女を見つめ、静かに断言した。
「わが父は神に誓った言葉を違えたことなど一度としてない。誇りある一騎打ちの末であれば尚更あり得ぬ」
あまりにも当然の顔で断言されたので、少女は思わず勢いを削がれた。
「だ、だが…事実として、奉納されたはずのこの教会に武具がないのはどう説明をつける?」
「うむ、そこだ」
「主様、その件に関しましては私に考えが」
「そうか、私もおそらく同じことを考えていた」
互いに目配せしあう主従に、少女は混乱を深めた。
「おい、一体なんの話をしてるんだ」
「お嬢様、目当ての星武具のありかについて星神様に尋ねられたことは?」
「い、いや、てっきりここにあるとばかり思っていたから…」
「では、今ここで尋ねてみるとしようか」
「は?」
「ちょうどすぐそばには星教会の大伽藍があるのだ、場所としては申し分ない」
「そうですね、それでは…」
主従は星神テミランへの聖句を唱え、そして星神の導きは……ぴったりと西の彼方、仇敵の棲む地を指していた。
時は、今まさに満ちたのである。
港町から急ぎ船で西に向かった主従は、数日の航海の後、遂に仇敵の居城に辿り着いた。
「やはり船旅になったな」
「案の定でございましたね」
ごく普通の客人として応接間に通された主従は、仇敵の現れるのをゆったりと待った。
「やあトールス、久しいな」
「お久しぶりです、『叔父貴』」
トールスは、仇敵であり叔父にあたる男にそっと頭を垂れた。
「すっかり立派な若者になったな。君の父上の面影がある」
叔父といっても、トールスの父の妹…つまり叔母の夫であるから義理の叔父にあたる。
その叔母も若くして亡くなったが、父とはその後も親友と言っていい間柄であったと、トールスは伝え聞いている。
「本日は、少々尋ねたき儀があって参りました」
「ほう、何かな」
「星武具の行方について、ご存知ないかと思いまして」
叔父という名の仇敵が、ぴくりとその言葉に反応した。
「誰からそれを…いや、星神に導かれてであれば隠し立ては無意味か」
「当時の戦場に立った兵士を探すのは骨が折れました。なにせ、無事生き残った幾人かも『不慮の事故』で亡くなっておりましたので」
「見つけたのかね」
「ええ、なんとか。それで知ったのですよ、『父は叔父貴に星武具の移送を頼んだ』と」
仇敵は、深く深く、ため息をついた。
「必中の星槍を以てしても、打ち洩らしとは避けられぬものなのだな」
「深手で満足に歩けぬ体となっても執念で生き延びていたのです、おそらくこの時のために」
「この時? 親友の子をも手にかけざるを得ないこの時かね?」
仇敵は取り繕いを捨て、星槍をその手に呼び出していた。
「君の父上は愚かだった。大きな力を手にしながら、それをむざむざ死蔵する道を選ぼうとしたのだ。戦の趨勢を変えうる力だ、揮わずしてなんとする」
「私の父は尊敬すべき人だが、あなたに星武具の移送を託した点ではたしかに底抜けの愚か者でした」
「互いに背中を預けあった戦友だ、信用があった」
「そしてあなたはそれを裏切った、最悪のかたちで」
低い下衆な笑い声が響いた。トールスはもはや軽蔑の目を隠さない。
「気づいたあいつが何をしたと思う? その槍はお前の物ではない、神にお返しせよと説教にきたのだ。バカめ、大馬鹿者め! 必中の槍を持った者に諫言など! 自滅以外のなんだというのだ!」
ゆるりと、槍先がトールスに向けられた。
「迷われたか、叔父貴」
「何を馬鹿な。迷うはずがない、この槍の指す先にわが道は開くのだ」
「真に迷うた迷い子はそれを自覚せぬ。一度つまづき、足を止めねば道を違えたことに気づけぬのだ。私がこの旅路で最初に学んだことよ」
トールスが目配せすると、ウーフは頷いて窓の側へと下がった。
「『つまづいて』もらうぞ、叔父貴殿!」
「丸腰で何ができるか! 死ねい!」
仇敵の手中、必中の星槍が死の一撃を放とうとしたその時、
「わが父祖の槍よ、きたれ!」
窓の外から、少女の叫びが轟いた。
途端、槍がトールスを逸れ、仇敵の手をも離れて飛び出し、ウーフの控えていた窓から外へと消えた。
「あ……え…?」
一瞬ぽかんと口を開けた仇敵の顎下を、全力で加速したトールスの豪腕が刈り取った。がぼんっという音とともに男の体が縦に一回転し、どうっと倒れた男はそのままぴくりとも動かなくなった。
「あの槍と彼女の一族の長き蜜月にくらぶれば、あなたとの関係など所詮吹けば飛ぶようなものだったのだ」
もはや聴くこともかなわぬ仇敵に向け、トールスはそう吐き捨てた。
幸か不幸か命だけは助かったトールスの仇敵は、星槍の着服を暴かれたため王から厳しい沙汰を受けることとなった。
満足に動かなくなった体を荷車に乗せられ引っ立てられる男を、主従はもう見向きもすることはなかった。
「よろしいのですか、お嬢様」
「いいんだ、お前たち親子は約束を守ってくれた。なら安心して預けられる」
星槍をあらためて星教会に奉納することについて、少女はそういって微笑んだ。
「ふむ。長い旅になったが、これでようやく心置きなく騎士になることができる」
トールスは満足げに呟いたが、ウーフは対照的にため息をついた。
「まだ問題は残っておりますよ、お嬢様の宝物庫侵入の罪がまだ解決されていません。中央で審議するといって牢から半ば強引に連れてきてしまいましたし…」
「なに、彼女がいなければ今回の一件の解決はなかったのだ。言った通りしっかり審議してもらえば、情状酌量の余地ありとお歴々も判断なさるだろう」
「それだけじゃありませんよ、東の人間をこんなに内地まで連れ込んでしまって…」
「すまない、私のために」
頭を悩ませる従者と少女に、
「ん、それもじきに問題なくなるぞ」
トールスはそうしれっと言った。
「…は?」
「どういうことでしょう、主様?」
二人の疑問に、トールスはいつもの調子でこう言った。
「西の人間であれば問題ないのだから、私の妻になればいいのだ。さ、帰るぞ」
凍りついた二人を後目に、トールスはぱっからぱっからと我が家への帰途についたのだった。
トールスと従者ウーフ、そして未来の妻の旅は続く。
- 主軸のキャラがしっかりしてるので物語全体の雰囲気を感じ取りやすい。 この先の展開があるとしたら教訓とかハウツー本みたいな童話や伝承とは違うものもできそう -- (tosy) 2012-07-07 12:37:31
- 単純に立派な騎士や貴族の様に成長しているというわけじゃないのが面白い。 あくまでトールスという人間味を持ったままで成長しているのが物語の支持や人気の要因なのかも? -- (名無しさん) 2013-05-05 20:15:36
- 完璧な騎士じゃなくてそれまでの道も果てしなく遠いと思わせる。けれどそれがトールスの魅力でもあり人気の秘密なんじゃないかなーと思った -- (名無しさん) 2013-10-09 02:55:40
- ドンキホーテ?というには青い若さにあふれるトールス。少々谷の多い行脚ではありますがしっかりと成長が見て取れるのは楽しいです。しかし何といってもウーフあってのトールスと実感させる二人で一つの物語になっているのがよかったです -- (名無しさん) 2013-12-07 18:02:40
- 完璧というよりは不完全未完成もいいところのトールスが事を解決するのがなんとなく納得できる前向きな純粋さがすごく童話風だった。ここまで童話っぽいのに異世界の生活や風習が現実味あるのもよかった -- (名無しさん) 2014-08-01 21:45:38
- 徹底して童話物語風なのに時代劇を見ているような起承転結に微笑ましさの味付けが上手い -- (名無しさん) 2017-12-30 00:20:56
- 最強無敵というわけでもないトールスとウーフの話運びのバランスと精神的には出発時に自己の中で極まっているように思えるトールスが旅の体験の中で成長していく様子は楽しい。冒頭の南と東のズレというもので物語の方向性を表現できてる気がした -- (名無しさん) 2018-05-12 07:19:49
最終更新:2013年03月27日 20:15