チャポン・・・と湯の音が響く。
どんな技術を使っているのかわからないが、20層の楼閣の最上階にまで
温泉の湯は汲み上げられて、それが各室備え付けの湯殿にまわされている。
贅沢な作りだな、と湯につかりながら勇人はボンヤリと考えていた。
湯温は適度。造りは総木。静けさの中、目の前には満天の星空。
ここ数日、散々に飲んで食って騒いで湯につかって観光して食って・・・と、
温泉ライフを満喫し尽くした感のある彼だが、逆に疲れても仕方ないなと
今日一日は自粛ぎみにのんびりと過ごしているのである。
ぽちゃん・・・また湯の音が響く。
思えば日本に居た頃に、こんなにゆっくり温泉につかった事など無かった。
フウと深いため息が漏れる。
「ただひたすらに料理、料理の毎日だったからなぁ」
誰に話しかけるでもなく、一人つぶやく。
「今だって料理ばっかりやん。
温泉に来てるのに味の研究ばかりしよるんやもん」
後ろからファンナの声がした。
勇人が驚いて後ろを振り返ると、湯着(まあ水着のようなものだ)を着けた
ファンナが、ぽちゃん・・・と足だけ湯につけていた。
「お前なぁ・・・一応風呂なンだからさ」
普段は大延北方系の民族衣装を着ているからか、酷く着膨れている印象のあるファンナだけに、
薄手の湯着のような体の線がはっきりわかる姿は珍しい。
明かりも火精霊が気まぐれに調整する精霊籠が2つしかなく、湯気も満ちているため
はっきりとは見えないまでも、それゆえ妙な艶かしさすら感じられる。
「湯着を着とるから恥ずかしく無いもん」
チャポ・・・と音を鳴らし、ファンナが肩まで湯につかりつつ、
ちゃぱちゃぱと湯を掻き分け、勇人の隣まで擦り寄ってきた。
恥ずかしくないとは言いつつも、湯に体を隠すあたり照れてはいるのだろう。
「あったかいね」
頬をわずかに赤く上気させ、ファンナが言う。
「そうだな」
湯気の向こう、深々と黒い夜空を見上げて勇人が言う。
「そや。せっかくやから勇人に星宿の話をしたるわ。
どーせ料理の本ばっかり読んで、そういうの知らんやろ?」
気の抜けたコーラのような甘ったるい声でファンナが言う。
勇人も、幾らなんでも料理の本だけじゃねェよ・・・と思いつつも、確かに星宿の話は興味があった。
ファンナはフフンと鼻を鳴らしてから、やっぱり甘ったるい声で話し始めた。
大延国において星宿とは、かつての神々の物語を綴った歴史書であると同時に、
今なお世に残る神や亜神の心が反映する鏡のようなものだという。
その中の2つ、狗宿と商宿の話は、とりわけ不思議な物語だ。
それは、遠い昔の話だ。
大延国がまだ誕生したばかりの頃、旅の詩人がとある町に立ち寄った。
彼が言うには、世界は一つではなく、無数の世界で成り立っている。
そして、そこでは大延と同じように人々が暮らしている。
詩人は古い友を探して『龍の世界』から旅を続けて、大延へたどり着いたのだという。
一人は勇敢で狡猾でひどくお人好しな魔導商人。
もう一人は自由奔放で、反面一途なダークエルフの少女。
彼らもまた、幾層にも重なる世界を渡り旅を続けているのだという。
詩人は語る。
かつて神より砂糖の秘を継ぎ、大延の全てに商売網を築いた大商人甘公こと
亜神・商天大帝甘聖帝君を綴った星宿である『商宿』と、
星天大聖と幾度にも渡り争い、時には捕縛し神の座に引っ立てた亜神・犬狼真君を
綴った星宿である『狗宿』を指さして、
いつか大延に古き友が訪れるその時に、2つの星宿は輝きを増すだろうと。
いかに世界が二人を隔てようとも、二人は必ず出会う定めなのだと。
そう言い残して、再び旅立ったのだという。
「・・・という話やね。
異界で離れ離れになった恋人同士が、いつか大延で出会うんやって。
なんやえらい浪漫溢れる話やって思わん?」
訥々と語り終え、チャポンと湯音を鳴らしてファンナは勇人の方を向く。
勇人はすっかりとウトウトしていた。
「あ、ああ。大丈夫。聞いてた。
けど、地球にはダークエルフも魔導士も居ねェからなぁ
どっかほかの世界とつながってた時代もあったンだろうかね」
「ホンマに聞いてたのん?
そんでな、あっちに見えるのが商宿で、ずーっときてそっちにあるのが狗宿なんやね。
どっちもキラキラしとるやろ?もしかしたら運命の二人は出会うてるのかもね」
「どうせなら商売繁盛大会勝利な運命がいいなァ
帰り道の途中で甘帝廟にお参りにでも行ってみるか。
多少は御利益ありかもしれんよ?」
「浪漫が無い~けど、なんや面白そうやから行こか」
「それはそうと、なんか眠くてしょうがねェや。
ガキの頃から子守唄ってよりは、お話聞いて寝てたからなァ・・・俺。
ファンナ、子供の寝かしつけの才能あるかもしれねェぞ」
「あの・・・何匹産めば・・・ええのん?」
「え?」
夜はどっぷり更けていく。
ぽちゃり・・・と水の落ちる音が響いた。
- 精霊が作る高層スパが壮大爽快です。昔話も真にあるかの様な自然さと異世界加減がよかったです。しかしこの湯より熱い二人の仲にこちらが湯立ちます -- (名無しさん) 2013-12-22 19:04:46
最終更新:2014年08月31日 01:40