【甲冑の中に小鳥の巣をみつけた】

蟲人の死霊貴族が豪奢な椅子に腰掛けており、横には狗人のスケルトンが儀礼剣を帯びて侍っている。
階下には鷦鷯人の少女が平服していた。足を折りたたみ、額を冷たい床に押し着けている。

蟲人死霊貴族が腕を振ると、狗人スケルトンがカタカタと口を動かした。
「おもてをあげよ用件を申せ、と主はおっしゃっている」

少女はおずおずと口を動かす。嘴から漏れるのは、金楽器が奏でるような。
「えっと拝謁恐縮ですがええとわたしはクリューラと申しましてあのぅ
 本日はよいお天気でってああ御貴族様方にはよろしくないんですよね失礼しまして
 それは置いときまして先日の水害のときですね領主様方のご尽力がほんとうにありがたくて
 えっとそれでわたしはじゃなくて領民一同がですね領民一同達でお礼を捧げようと相談しましてはい
 結構話し合ったんですけどそういえば御領主様はお声がなくて大変そうだなってそういう話になりまして
 ならなら声を御領主様に捧げましょうってそういうことでして領内で一番の歌声を決めようと喉自慢コンテストを」

少女は美しい声で語り続ける。語って語って語りまくった。
語るうちに気分が乗ってきたのか、言葉に詰まることもなくなっていき、
喉自慢コンテストの準備段階から悲喜交々をもらさず、というか、無駄に水増しして語り、
語って語って、仕舞いには歌い出してしまった。
ふう、と息をついてようやく終わったかと思えば、コホン、と咳をひとつして、次の歌を歌い出した。

狗人スケルトンが、止めなくてもいいんですか、と目線(※)で訴える。(※目玉はない)
蟲人死霊貴族は、よいよい、と手(※)を振った。(※手はたくさんある)

夕闇に始まった少女の語りは、ついに朝を越えてしまっていた。
ここがもし地下でなかったとしたら、蟲人死霊貴族も狗人スケルトンも灰と消滅してしまったことだろう。
疲れを知らぬはずのアンデッドが、不思議と疲労感を漂わせていた。
しかし、少女は元気だった。
歌だけにとどまらず踊りまではじめ、
どこからか集まってきた精霊を演出として、一人でミュージカルを演じていた。

狗人スケルトンが、本当に止めなくてもいいんですか、と必死(※)に目線(※)で訴える。(※もう死んでる)(※目玉はない)
蟲人死霊貴族は、……よいよい、と緩慢に手(※)を振った。(※やはり手はたくさんある)

ものごとに必ず終わりがある。
アンデッドも永遠ではないし、少女の語りも例外にはなりえなかった。
永遠(※)とも見紛うばかりの時間はついに終焉を迎えたのだ。(※すこし大げさ、一週間と経っていない)
「、というわけでわたしの嘴を捧げようということになったんです」
精霊の協力があったとはいえ、枯れることを知らなかった少女の喉は驚異的だ。

蟲人死霊貴族が重々しそうに立ち上がる。
狗人スケルトンが「大儀(※)であった、と主はおっしゃっている」
と万感の思いを込めて頭蓋を揺らした。(※日本語との一致は不思議な偶然)

蟲人死霊貴族が大理石の階段を下りていく。
空っぽの体内に反響して、足音がやけに大きく響いた。(※タップダンスが趣味である)

蟲人死霊貴族が少女の眼前に降り立った。
狗人スケルトンが歯を打ち鳴らす。
「最期に何か望みを申せ、と主はおっしゃっている」

少女はしばし黙考して
「お名前を、誰も知らない御領主様のお名前を」

蟲人死霊貴族はゆっくりとうなずき、少女の頭を優しく掴む。
そして電光石火正確無比に少女の嘴を魂ごともぎ取り、からっぽのカラダの中へ投げ入れる。
カランと澄んだ音が響き、
「「クリューラと名乗ろう」」
「「コロニーを捨てた私に、かつての名前は相応しからず」」
「「嘴と付随する声の魂の縁をもって、なにより私が望むが故に」」

クリューラの声は空っぽのカラダに反響して、美妙な響きを奏でていた。
少女は嬉しそうに涙を流し、そのまま動きを止めた。
わずかばかり少女が軽くなったのをクリューラは腕に感じた。


さて、玄妙な声を手に入れたクリューラではあったが、一つ思いもよらぬことがあった。
ときたま、カラダの中の嘴が勝手に歌い出してしまうのだ。
そんなときはいつも、困惑あるいはもっと別の何ともいえない雰囲気で、
クリューラは耳(※)を澄ませているのである。(※ちなみに耳は脚の節にある)



  • 特徴的な表現にニヤリとさせられる。お話もまとまっていて面白い。タグ付けされてない? -- (名無しさん) 2013-01-26 00:53:44
  • 蟲人スラヴィアンというのがまずはっとする意外性でした。外見説明も色がでていて面白いです。スラヴィアンとしての幸福のあり様は哀しさ以上の美しさを感じた -- (名無しさん) 2014-01-26 20:45:46
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最終更新:2013年08月11日 10:39