ティータは不満であった。
「よ、欲求不満じゃないわよ! さかりのついた犬じゃないんだから私! なな、何言ってるのよ!」
誰に言ってるのか分からないが、ティータは水着を振り回しながら何かに向けて怒鳴る。
「……疲れてんのかしら、私」
ツインテールを解いた長い髪がティータの肢体を隠す。
ティータは衣装部屋で散らばる水着の中央に立ち、裸体を余すところなく晒している。どこか憮然とした彼女は、饗宴を無事に終えた領主の姿に見えない。
先日の対アト卿戦は大勝利に終わった。
彼の領地と財産を手に入れ、大幅な力を受け取る事が出来た。とは言っても一度には自分の十分の一しか力を吸収出来ないため、今のティータは前の時より一割増ししか強くなっていない。残りは全て臣下の屍人を作るために放出してしまった。
これによってアト卿が引き連れていた軍勢の一部と独自の軍勢を擁することでき、ティータの領地は一夜にして盤石な物となった。
清浄はいい仕事をした。文句のつけようもない。
援軍を取り付けた上に、損害ゼロでアト卿の軍勢を退けた。しかも後日には援軍を出した投資者と一同に会し、一人言いがかりを付けてきた貴族を上手く丸め込んだ。
その貴族は清浄を金の無心と援軍の要請を卑しいと詰りながら誠意を見せろと迫ってきた。清浄は冷静に「では契約書にある通り違約金として一年分の利子を付けて即座に金子をお返ししましょう」と申し出た。これを快く受け取った貴族は、周囲の貴族が素知らぬ振りをしていることにも気づかず、金だけ受け取って手勢と共に帰っていった。
後で彼が気がついたかどうか知らないが、これでは「僅か一年分の利子という破格の金額で軍勢を貸し付けた」だけである。
しかも投資から脱退したことにより、他の貴族たちは彼が受け取るべきだった五年後の利益を配分できる。他の貴族たちが口を挟まなかったのは、こういった理由だ。
何しろ最低限の五年分の利子は、アト卿の財産を見れば約束されたも同然だ。後はティータが破産せずに清浄の領地運営が多くの利益を出せば、それに応じてより大きな配当を得られる。
出資した貴族たちの清浄を見る目も段階的に変わった。
金を借りに行ったときは地球から来た呆気者と軽んじ、軍勢の要望を出したときは厚かましく抜け目ない男と扱われ、アト卿を撃退した後はティータにいい婿さんが来たと称揚し始めた。
清浄はどこまで見越していたのか、ティータには図りかねるがそれらの事は満足していた。
だが許せない不満がティータにはある。
清浄が領地運営にかかりっきりで、ティータを構わないと言う事だ。
領地に無理矢理連れてきたのはいいが、余りにも清浄が水を得た魚状態でティータの事を余り顧みない。普段からお互いツンツンとして距離を置いていたが、今はより酷くなっていた。
「……ミズハの宿じゃ、私の事を一生……ごにょごにょ……って言った癖に」
やっぱり欲求不満のようである。
「悔しい……。絶対、見返すんだから」
ティータは清浄を虜にするべく、水着を選定に熱を入れた。
本人は見返すというつもりだが、実際のところは見つめて欲しいだけだろう。素直じゃない彼女は独り言も強気だ。
困ったもんである。
「テッカテカだな」
清浄はやたらテッカテカなカーターを見て呟いた。
「シースルーですよ、シースルー。これなら海に入っても濡れません。まあ浮きますけどね。私、紙ですから」
「等身大の紙をラミネート出来るラミネータがあることにびっくりしたぜ」
カーターは人の形をした紙である。彼は透明なフィルムで挟まれ、完璧に防水処理されていた。
「しかしそれがシースルーなら普段は全裸か?」
「……ああ、そうなりますね。これからはパンツを描きます」
カーターは油性マジックを片手に軽口を叩いた。
「パンツだけかよ」
清浄はげんなりして、砂浜にしゃがみこんだ。
ティータが無理矢理海水浴に誘ったのだが、今の日本が夏でも海水浴に向くほど
スラヴィアの気温は高くない。屍人ならば少し肌寒いくらいでも問題ないが、夜という事もあって清浄が泳ぐには体調不良を起こしかねず些かの覚悟がいる。
ここはアト卿が持っていた領地にして景勝地。ガラスの海岸である。
現在はティータの領地となり、地球にないこの景色は全て彼女のものだ。
ガラスの海岸の名が指すように、ここはガラス玉とガラスの島で入江が出来上がっている。かつての戦役で大熱量戦が行われ、大地を溶かして出来上がったという。
入江の抉られた崖は鏡面となっており、海から乱反射される月明かりと星明かりを映し出して全天球を泳いでいるかのような錯覚を起こさせる。打ち寄せられた色とりどりのガラスは長年の漣で磨きあげられ、鈍い光を放つガラス玉となって砂浜を星空のように飾り上げていた。
夜に抱かれる海という別名もあり、ティータはアト卿に勝った事よりこの海岸を手に入れたことを特に喜んだ。やはり情感的なところは女の子である。
だが清浄はそんな海岸でもくもくとガラス玉を拾い集めていた。
「そんなもの集めてどうするんですか? ゼプトさん」
テッカテカなカーターが問いかける。
「うーん、ちょっとなぁ」
清浄は言葉を濁した。
「拾ってるそれはガラス玉ですよ。……ゼプト、それ飴玉やない。ガラス玉や」
「舐めねーよ! てかお前はなんで日本やらアニメやら特撮に詳しいんだよ!」
「……にやり」
清浄の反応に満足したのか、カーターは油性マジックで自分の顔の部分にニヒルな笑みを浮かべる口を描いた。
「ていうかですね、ゼプトさん。海から人を殺せそうなすっごい熱い視線をこちらに向けてる方がいらっしゃるのですが……」
カーターはゼプトの後方……波打ち際に立ち尽くす女の子を指さした。
熱視線で人を殺せればいいのに……。
そんな事でも思っていそうなティータがイルカさん(ド○キホーテにて購入)を抱えて、清浄の背中を睨んでいた。
際どいほど布地が少ないセパレート水着で悩ましいほど白い肌を晒すティータは、気温のせいもあるが、一人で波打ち際に立つ姿は可哀想なほど酷く寒々しく思える。
これが激しい陽光の下ならば少しは映えるのだろうが、残念ながら柔らかい月明かりとガラスで全天球とかした入江の中では宇宙にたった一人ぼっちで取り残された迷子のようだ。
ティータは先程まで清浄の気を引くためにイルカさんに飛び乗ったり、波に逆らって転んだりとはしゃいでいたのだが……
最後の方は「水着がズレた」とか「水着が流された」とか嘘を言って注意を向けさせようと、涙ぐましい努力までしていた。真っ赤になって本当に水着をずらしていたりしたのだが、清浄は最初から最後までガンスルーである。
作戦失敗を重ねたティータは不機嫌そうに、カーターにも視線を向け……、
「あんたはどっか行け」
という威圧感を放っている。
サミュラ直属とは言え、文官であるカーターはとかくヤワである。紙だからとかそんな単純な理由ではない。怖い物は怖いのだ。
「で、では私はここで。ごゆっくり」
「帰るならついでにゴウガシャで……ほら、お菓子作りで独創的なデザインを作った女の子たちがいたろ? あいつらをここに呼んでくれないか?」
立ち去ろうとするカーターを呼び止め、清浄は女の子をここに連れてこいと地雷埋設即ダイヴみたいな要望を発した。
「そ、それはティータ様がどう思われるか……」
「勘違いすんじゃねーよ! 工芸品のアイデアが纏まりそうなんだよ」
清浄は拾い集めたガラス玉を並べ重ねて弁明する。
その彼の後頭部にイルカさんが吶喊した。
「清浄のばかー!」
スラヴィアンの馬力で放たれたイルカさんは、清浄を突き転がしただけでは飽き足らず、カーターのテッカテカボディまで吹き飛ばした。
ティータは本当に泣きながら、ガラスの砂浜を駆けて去っていく。
「いいんですか? ゼプトさん」
防砂林に引っかかったカーターが、突っ伏す清浄に問いかける。
「……まだ流石にあいつの身体を……。胸を直視できるほど覚悟完了してないんだよ」
珍しく清浄は本音をカーターに語る。
ティータの死の原因。それは彼女の右胸に深く刻み込まれていた。走り去る背中まで貫通する傷は、テロによる爆弾事件によるものだ。
直接の死の原因になった傷を維持したまま、屍人は黄泉返る。これを消すには身体を丸ごと変える必要があり、それは生前の肉体を捨てる事に等しい。
ティータは敢えてそれを晒していた。
清浄はまだ彼女が死んでいる事に向き合えない。これは屍人を恐れたり気味悪がったりしているからなどではない。
「あの爆弾事件を防げなかったのは貴方のせいではありませんよ」
「……なんだよ。知ってんのかよ」
カーターの慰めの言葉に、清浄は苛立たしげに反応した。
「まあ……調べないわけにはいきませんからね。地球出身の領主とその恋人となれば……」
「なんでだろうな……」
清浄は懐から瞬間接着剤を取り出して、拾い集めたガラスの玉を積み上げる。それらを無言で組み上げ、接着剤で止めながら何度も何度も溜息を付く。
カーターは「ひとつつんでは親の為~……低空ドロップキック!」と叫びながら突き壊したかったが、流石に接着剤が付いてしまうことと空気を読んで衝動を押し堪えた。
やがて月が傾き始めた頃、そのガラス玉は膝丈ほどの歪んだ筒のように積み上げられて完成した。この中にマセバ産蜜蝋燭を収める。
なんとも幻想的なランプシェードだ。
鈍い光を通すガラス玉はそれぞれが自然に歪んだ球形であり、気まぐれな明かりで周囲を照らす。揺れる蜜蝋燭が生きてるかのようで、ランプシェードの中で艶かしく踊っているかのようだ。
「すげー器用だろ? 俺?」
清浄の声は暗い。
「その癖、爆弾解体には失敗してんだぜ。笑うだろ? 下手な正義感出して爆弾に手を出して失敗して、あまつさえ一人でさっさと逃げ出してるんだ。どんだけハッピーな生き方してんだよ……俺様はよ」
「……報告は聞いてます。しかし、貴方が避難誘導したことにより多くの人が助かってます。手を出さなければ被害者は多く……」
「正直、どこの誰が死のうと関係ねーよ」
カーターの慰めを遮り、怒りに任せて砂浜を殴り付けた。
「どうしてアイツだけを死なせたのか……。アイツが死ななければどこの誰が死のうと関係無い。どうしてアイツだけを助けられなかったのか……」
ああ、病んでるな。
多くの病んでる屍人を見てきたカーターにとって、清浄の病み方は比較的分かりやすくて気持ちいい。
むしろ好意に値するほどだ。
「よし、お姉さんが一肌脱いでやりましょう」
「っ! お前! 女だったのかよ! あとラミネートを剥くな!」
しんみりと空気が塗り変わる。
そんなぶち壊しの雰囲気のところへ、ティータが申し訳なさそうな顔……視線も向けず口を曲げて……帰ってきた。
「セイジョー! あ、あんたなんで追って来ないのよ! この砂浜、すごい広いのよ! さ、寂しかった……り、しないんだから! 逃げる女の子を追いかけるのは男のマナーよ!」
何を言ってるのか分からない。
「ああ、悪い」
清浄は至極簡単に謝った。
「くっ!」
いよいよ堪えきれなくなりそうになったティータの眼前に、清浄は完成したばかりのランプシェードを差し出した。
「特産になるかどうかわからんが、工芸品の試作品だ。べ、別にお前のために作ったわけじゃないが、試しに作っただけだからな。初めて作ったもんだからデキが悪いけど、欲しいってなら……」
「貰う!」「やる……」
くれてやると言われる前に、ティータは真摯な顔で受け取った。
「べ、別にほ、欲しいわけじゃないわよ。そ、そう。ちょっと今の明かりだとお部屋が明るいかなーっと思ってたとこなの。あ、アンタのなんか欲しいわけじゃないけど、せっかくだから貰って上げる!」 ティータは妙にソワソワとしながらランプシェードを抱きしめて、ツンデレセリフを散りばめた。
「……なんだこのツンデレカップル」
途中まで剥いたラミネートを戻しながらカーターは呆れたように呟いた。
- 毎回の領地運営と饗宴や神力のシステムが分かりやすくて面白いです。カーターは性格も見た目も本当に味のあるキャラで楽しい。ティータの水着では勝つのは無理だろうと思っていましたが最後に大逆転勝利でした -- (名無しさん) 2014-01-26 20:57:43
最終更新:2012年04月06日 23:10